第6話 三日目
チャイムが鳴ったので玄関の扉を開けると、いかつい顔をした男と坂本さんがいた。
「紹介する。野原さんだ」
坂本さんの言葉に野原は軽く頭を下げて、「金があるのか?」と訊いた。彼を部屋に入れると、札束の山に圧倒されたのか目を見開いて唸った。
「こいつはすげえな」
野原はいくつか札束を掴み、紙幣の通し番号を確認していた。
「間違いない。こいつは本物だ。あんた、田中と言ったな? 一体どこからこんな金を?」
その言葉を待っていたかのように死神少女が登場し、野原もそれに対して別段驚くことなく説明を聞いた。
「なあ、田中のあんちゃん。あんた、死神に魅入られるの早すぎじゃねえかい」
「死ぬことに対して別に抵抗はないですよ。死にぞこなったことが一回ありますからね。まあ、苦しむことなく死ねたら本望です」
野原はスーツの胸ポケットから名刺を取り出して僕に渡した。
「俺がこんなこと言うのもなんだけどよ、こう見えてもまっとうな会社を一つ持っているんだ。そこは万年人手不足で猫の手も借りたいくらいだ。あんちゃん、ここで働いてみないかい?」
僕は名刺を受け取り、内容を見てからそれを机に置いた。
「僕の後輩でよければ紹介しますよ」
野原は少し残念そうな顔をして頷いた。
野原とその部下五人が僕の部屋に入って、手分けして札束の山を崩していく。鞄やスーツケースに詰めては入れの繰り返しで、満杯になれば運び出して外に停めてある大型のバンに積み込んでいく。
二時間ほどで作業が終わり、僕は野原とその部下たちに礼を言う。
「こんな金を渡されちゃ、俺らも世の中のためになるような使い方をしねえとな」
「医療機関に寄付すれば、野原さんは英雄ですよ」
野原は鼻で笑い、「まあ、時が来たらそうするぜ」と言って部下を引き連れて帰っていく。坂本さんと共に残った金を持って近くのラーメン屋で食事をとって別れ、僕はアパートの部屋で寂しく掃除を始め、気が付けば夜になっていた。
深夜十二時を迎える五分前になって、死神少女が僕を呼ぶ。
「お疲れさまでした。あなたは百億円という大金を三日間で使い切りました。ここにそれを証明します」
僕はむき出しに置いてある五十万円を見て言った。
「まだここに五十万円残っている。これを使わなければ僕は死ぬ。そして残り時間はあと四分。僕はここで生涯を終えるんだ」
死神少女がきょとんとしたように僕を見る。
「勘違いをされているようなのでお伝えしておきます。今そこにあるお金は厳密に言えば三日前に用意していたお金ではありません」
「一体どういうことだ?」
僕の返答に死神少女は笑みを浮かべる。
「このお金は坂本さんが今日来た時に自分のものとすり替えていたお金です。つまり、このお金は坂本さんのもの。あなたが言っていた『九十九億とちょっとの金額』は全て野原さんの手に渡りました。よって、このお金は自由に使えますし、あなたが死ぬことはなくなりました」
僕は坂本さんの顔を思い浮かべ、それから力なく崩れ落ちた。
「そうか。俺はこんな腐敗した世界を生きなければならないのか」
死神少女はにっこり笑った。
「これは運命だったのです。全ては最初から仕組まれていたのですよ」
「君みたいな人間臭さを持った死神がいることが一番の驚きだ」
「あら、死神が皆骸骨で黒いローブを纏って大鎌を持っているイメージだとお思いですか? 私のように可愛い死神だっているんですよ?」
「明日からは牛丼といいチョコレートパフェといい、この世界で食べることを覚えてブクブク太っていく死神のことが頭をよぎるよ」
「それは誉め言葉として、受け取っておきます」
死神少女の身体が透けていく。それと共に僕は眠気に襲われ、フローリングに転がるように寝込んだ。
翌朝、僕は机の上に置いてあった野原からの名刺を見て彼に電話をかける。
「その様子だと生きているみてえだな」
「おかげさまでね。この世界は醜いが、戦う価値があるだろうな」
「まあ、坂本の旦那に感謝しろよな。元はといえば旦那が計画したことなんだ。上手くいって俺も安心してる」
僕は電話を切り、ハッピー・ディスタンスアビリティを口ずさみながら、坂本さんと出会ったときのことを思い出していた。
ハッピー・ディスタンスアビリティ ~僕と死神の三日間について~ 天野行隆 @amano_yukitaka
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