エピローグ 転校生ヒロインはアザトカワイイだけじゃない

「……匠……師匠……彦師匠……輝彦師匠!」

「ん~~?」

 なんだうるさいなぁ。つーかあれ、どこだっけここ。

 顔を持ち上げて目をこすると、見慣れた光景があった。


「ああ、教室か」

 教卓では山崎先生がけだるそうに短いチョークを持って、教鞭をとってる最中みたいだ。

「輝彦師匠、そんなに寝てると先生に怒られるよ?」

 隣を見ると、美月がシャーペンを片手に俺の肩をゆすっていた。

「ああ起きた起きた。たった今起きたよ。…………ふぁ~あ」

「まだ眠たそうだね。でもここは絶対テスト出ると思うからちゃんと聞いてた方がいいよ」

 振り返った遥香が、欠伸をする俺の顔を見てくすっと笑う。

 おっと、テストに出るなら、起きとかなきゃな。

 窓際に位置する俺の席は、いい感じに木漏れ日が差し込んでくるから眠たくなるんだよねぇ。


「ねえ、輝彦くん。シャーペンの芯持ってる?」

「ん? シャー芯なら多分……」

 後ろの席から声を掛けられて、筆箱を漁る。後ろの席の人から声を掛けられるなんて珍しい。つーか誰が座ってたっけ。

「あいよ」

 振り返って、シャー芯をケースごと渡す。

「ありがとう。今日沢山準備するものがあって忘れちゃったからさ」

 後ろの席に座る女の子は、短い髪を片耳に掛けていて、可愛らしい耳をちょんと出している。

 鼻筋が綺麗に通っていて、薄い唇に、前髪から覗かせるくっきりとした目が、カッコよさと可愛さを兼ね備えた演出をしていて、見ていると引き込まれてしまいそうな魅力が溢れだしている……。


「輝彦くん、どうした?」


「充希くん……?」


「違うってば、充希くんじゃなくて、充希ちゃんね」


「ああそっか」


「ほんとは、充希って呼んでほしいけど?」


「じゃあ、充希で……」


「うん」

 充希は顔を赤らめて、下のノートに目線を落とす。

 うんうん、とってもかわいいじゃないか。見過ぎると俺も顔が赤くなりそうだから、早めに前をむこーっと。

  


 ってちっがーう‼ 違う違う違う違うちっがーうぅ‼



「待て! み、充希! なんでここに居るっ⁉」


 おかしい……。

 だって俺の後ろの席の人は……あれいたっけ? 

 いなかったっけ?


「なんでって転校してきたから?」

「て、転校⁉」

「輝彦くんに言ってなかったけ。あそっか、公園で久しぶりに会った時、輝彦くんなぜか倒れちゃったもんね」

「なんか倒れちゃった記憶はあるけど、それよりも倒れてから今日までの記憶が一切ない方が怖いな (^^♪」

 しかし、転校生って……。

 あ、そういえば……山崎先生が新しい転校生が来るって……。

 ちょ待てい! だれが「つみき」じゃ! 「みつき」じゃねーか…どあほう!!


「おい、夏目。遥香姫、美月姫に加えて、充希姫まで手を出しているとは……」「許せない事態だなぁ 地獄行き決定ってわけだ」

「ナツメコロス……コンドハホンキ」

 漆黒の闇を纏ったクラスの連中がゴォォォォォという効果音と共に立ち上がる。

 いつの間に美月と充希は姫に昇格したんだ!


「待て! 殺さないで! お願いだから! ちょ、誰か助けて! まず今授業中だぞ!」

 やばい……全然聞いてない! 今回は本気で殺されるぅ!

 視線の隅で頭を掻きながら山崎先生が無言で教室から出ていくのが見えた……。

 あの人! こんな状況なのによく毎回普通に出ていけるよな!


「遥香! 助けてくれ! 誤解だって言ってくれ!」

「え~何が誤解なの? 実際、最後になってヒロイン1人増やしたわけでしょ?」

「なっ――」

 くそっ、次だ!


「菫乃! 助けてくれ! お前だけが望みなんだ!」

「テルくんそれは無理だよ。私はこの状況が一番楽しいんだからさっ」

 つ、次っ!


「充希! お、お前こそは助けてくれるよな……?」

「でも今、奏のことだけが望みだって……私は全然お望みじゃないってことでしょ……」

「待て待て! 急にメンヘラキャラに転身か!?」

 次だ! 行くぞ切り札!


「涼太ぁぁぁ! もうお前でいい! 何でも奢るからぁぁ!」

「うーん無理だ。クラス全体を敵に回したくない」


「くっそぉぉぉ! 美月! 本当に一生のお願いだ! 助けてくれっ!」

「無理だぁよぉ。観月か弱い女の子だもん。怖いよぉ男の子たち」

 嘘つけぇ! お前が一番こえーよコラ!


「もういい! 誰でもいいから助けてくれぇぇぇ!!!!!!」


「「「「「え~~」」」」」


「ハモるなぁぁぁ! もういい!」


 だめだここにはもういられない!

 俺はクラスメイト――いや、殺人鬼たちを潜り抜けて教室を飛び出した。


「「「待てぇぇぇ夏目ぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ‼」」」


 俺はどこで階段を踏み外したのだろう。


 公園に血だらけで倒れている美月を見つけた時だろうか。


 ただ一つ言えるのは、闇路美月――アザトカワイイだけじゃない、計り知れぬ怪力を持った女の子は、確かにこの先の俺の高校生活を変えることになるだろう。


「どうして最後だっていうのに俺は逃亡で終わるんだよぉぉぉ!」


 ただ、俺はこんな日々を駆けまわって過ごしてゆくしかないらしい。

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アザトカワイイ転校生ヒロインが、実は喧嘩最強少女なんて俺は望んでいない。 しのぐ @sinogu

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