第三十一話 輝彦くん!
「…………へ? 何の話って、だから散々美月に助けてもらったお礼を……」
「輝彦くん!」
背中の方から俺の名前を呼ぶ大きな声が聞こえた。
俺は誰だろうと思う前に、反射的に体を声が聞こえた方へ反転させた。
「えっと、充希くん……?」
そこに立っていたのは、水無瀬充希くんだった。河川敷で、美月を呼んで俺を助けてくれた子だ。走ってきたのだろうか充希くんは額にほんのりと汗をかいて、細かく呼吸をしている。
充希くんは、タイトな細いジーンズに、ベージュの可愛らしいシャツを着ている。髪は前に出会った時より若干伸びていてまるで女の子みたいだ。まずスタイルが良すぎる。足の細さなんて女の子だ。いや、女の子でも可愛すぎるレベル……。
あれ……。今俺なんて言った?
女の子みたいだ……?
「女の子……?」
「輝彦師匠って、前からなーんかおかしいと思ってたけど、水無瀬充希くんじゃなくて、水無瀬充希ちゃんだからね?」
後ろから覗く美月が何かを納得するように手を叩いた。
「ほぇ⁉」
ちょっと待て。一旦、落ち着こう……。えっと、ということはだな……う~ん。
なるほど、水無瀬充希は男の子ではなくて…………女の子ぉぉぉ⁉
「あのね……輝彦くん」
「な、なにかな……」
「前にコンビニで会った時、一瞬で輝彦くんだって分かったの。でも輝彦くんは充希のこと気づいて無かったから、男の子の振りしてた……。でもさっき、奏に言われて決心した」
充希く……じゃなくて充希ちゃんがキリッとした表情に変わる。
「あの時は、何も言わずにいなくなってごめんなさい! 親の出張が決まってからずっと輝彦くんには言おう言おうって思ってたのに、何も言えずにいなくなって本当にごめん!」
「…………」
「奏から聞いた。輝彦くんが保育園に通ってた頃、仲が良かったショートカットの女の子を探してるって」
整理する。
俺が初恋のショートカットの女の子だと思ってた美月は全く無関係で、
「そう、充希が、私がそのショートカットの女の子だよ」
俺の初恋の、尊敬する元気で明るいショートカットの女の子の正体は――
水無瀬充希ちゃん⁉
「じゃ、じゃあさ……なんで美月は電車で俺の昔の話を聞きたがったんだ?」
俺は首だけをカクカク動かして、美月の顔を見る。
「え? 普通に興味があったってのもあるけど、ほら美月が公園で不良に絡まれてる充希を助けたでしょ? あの輝彦師匠と出会う前日にさ」
「そ、そうだな……終業式の日の前日か」
美月は不良たちを成敗した後、そのまま公園で寝て朝を迎えた。ということは、俺が美月を発見した終業式の日の前日が、美月が充希くん――じゃなくて充希ちゃんを助けた日。
「それをきっかけに充希と連絡を取り合っててね、輝彦師匠のことを話したら充希が輝彦師匠のこと知ってるって話になって、あの時は奏から聞いたって嘘ついちゃったんだけど、本当は充希から輝彦師匠のこと色々聞いてたんだよね。それで本当に輝彦師匠が充希の友達か知りたくなったの」
「な、なんで、ショートカットの女の子は充希ちゃんだって教えてくれなかったのかなぁ?」
「だって充希が黙っててほしいって、自分で言いたいからって言うもん!」
美月が拗ねたように頬を膨らませる。俺の額からは正体不明の汗が流れ落ちた。
「じゃあじゃあ! 美月はなんで竹内の教室の前で俺に『弱くても戦えるよ』って言った?」
「あー、それは河川敷で、充希が輝彦師匠に叫んだから、輝彦師匠それを言ったら励ませるかなーって」
「じゃあじゃあじゃあ、なんで竹内にビンタした? 私だよっていう俺へのヒントじゃなかったのか?」
「あれは何となくビンタしちゃおーって感じだね」
「じゃあじゃあじゃあじゃあ! なんで俺の学校に転校してきた⁉」
「だからそれは輝彦師匠から優しさを学ぶためだって言ったでしょ?」
「……そ、そうか」
俺が棒立ち状態のままでいると、ピロン。とスマホからラインの通知音が鳴った。
『どう? 楽しめた? あ、テルくん先に言っとくけど、美月ちゃんは君の初恋相手ではないよ~ってもう遅いかな? 今回は遥香にも協力頂いて、テルくんを勘違いさせることにしました~。遥香もテルくんが浮気したお返しだってさっ』
「……………………」
総括すると、俺は全部勘違いしてたってことになるのか?
いや、違う。俺は、あの菫乃奏という女に振り回されていたんだ。
わざとだ。わざとショートカットの女の子の正体が、闇路美月であるかのように仕立て上げたんだ。
「でもさ、輝彦師匠」
「…………?」
「美月、言ったはずだよ。ほら河川敷でさ、私が助けに行ったとき」
「え?」
えっと、確か美月はウサギみたいにぴょこんと現れて……。
『輝彦師匠~、美月を一人で置いていくなんてそんなことしていいのかな?』
って言って……。
そんで次に……。
『いやー、輝彦師匠を探してたら久しぶりの再会をしてさ。そしたら、輝彦くんを助けてほしいって言うから来たんだけど、もしかしてお邪魔だった?』
「…………あ」
「わかった? 美月はちゃーんと『輝彦くんを助けてほしい』って言われたから来たって言ったよね?」
そうか……。美月は俺のことを輝彦師匠と呼ぶ。じゃあ、あの時にしっかり聞いていれば。
なぜだ。普通なら、俺の初恋で尊敬するショートカットの女の子の正体は、実は美月でしたってパターンじゃないのか⁉
ラブコメってそういうものじゃないのか⁉
「あ、でもね輝彦師匠」
「うん?」
「美月はずっと輝彦師匠のこと愛してるよ?」
美月は動揺しきった俺の顔を見つめながら、小悪魔のような笑顔でにやっと口角を上げた。それが本心なのか、からかっているだけなのか俺には分からない。
ああ、なんかふらふらする。
おっと、めまいが……。
「輝彦師匠……?」
「輝彦くん⁉」
だんだん目が閉じて、視界がぼやけてゆく。
二人の声が遠い……。
あぁ、俺はもうだめかもしれない……。
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