―考察―
「リヒト様……!」
不安げな声を上げる番兵に、今度は振り返った。
「心配するな。もしお叱りを受けるとしたら僕だ。もう一度言っておく。部屋にいるのも書庫にいるのもそう変わりはない」
自分の言い分を念押しして前に向き直り、再び歩き始めた。
それにしても、昨日の父上とシーラの狼狽えぶりはどうしたことだったのだろう。あの二人の慌てる姿など一度も見たことがなかった。あの子に対してだったような気がする。
あの子のことは何もわからないし……まずは月食がなぜこんなに忌みなものとされているかを調べてみよう。
陽の光が入らないように窓がない書庫は暗い。中へ入って指を鳴らした。書庫内がふわっと明るくなる。光の加護を受けている僕に照明はいらない。こんなときには便利だと思うが、それだけだ。
書庫に来たはいいものの、月食について何をどう調べるか膨大な量の書物を目の前にして途方に暮れた。
当てもなく棚の間を縫うように歩く。ライ・マーナ教の聖典の背表紙に押された太陽の箔押しが僕の光をキラリと反射させた。
ライ・マーナ教……
太陽神、ライ・マーナ。そして月の女神ロナ……この二柱がこの世界を創ったという神話から始まる。そもそも月は穀物や樹木、水を司る女神とされている。月自体が忌まわしいのではなくて、月食が忌まわしいのか。
ライ・マーナ教の聖典はそもそも、いろいろな伝承の寄せ集めのようなものだ。おとぎ話のような神話も多い。
そういえばウィレシェトが「この残された伝承の中から何が真実かを見極めることが大切です」 と言ってたな。
聖典を読み進めたところで、内容は頭に入ってるし、部屋にもあるからここでなくても読むことはできる、そう思い棚に戻した。
明るくても窓がない空間というのはそれだけでなんとなく息苦しい……
周りの棚を見渡して諦めたくなってきたけど、まだ何も調べちゃいない。
気を取り直して、マハナティアレ史に関する書物を集めている棚に移動する。
そもそも、革命はどうしてなされたのか。通いの教師は、現皇帝であり革命の立役者である父上の息子である僕の顔色を伺ってか、耳障りの良い歴史しか教えてくれない。果たしてそれは真実なのだろうか。
「残された伝承の中から何が真実かを見極めることが大切です」
ウィレシェトの言葉が頭の中で繰り返される。
今からでも初等学校に通いたいと父上にお願いしてみようか……?
皇族は中等学校までは通いの教師によって教育される決まりだ。中等学校への進学は来年、10歳から。
たった1年だとしても、平民も同じように通う学び舎で、平民たちがどのようにあの革命を捉えているのか感じることくらいはできるのではないかと思ったが、今さら初等学校に通うのは意味があるか?
初等学校での教育範囲はもう既に終わっている。あまり収穫は大きくなさそうな気がする。
ただ、自分が本当に通いの教師たちが褒め称えるように勉学に優秀なのかどうか、それは気になる。身近な同じ年頃の子どもと言ったら、シーラのとこの3兄弟と弟のケイトくらいしかいない。
ケイトは2年前から教師がついているけど、あまり勉学には向いていないらしく担当の教師が嘆いて僕のところに相談しに来たくらいだ。
シーラのとこの上の二人は中等学生だったな……今度中等学校の話を聞いてみようか。
完全に思考が脱線していることは分かっているが、どう修正したらいいかもわからなくなっている。
このままでは埒が明かない。とりあえず壁際の机に向かい、紙に書いてまとめてみることにした。
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・あの女の子
→月が赤くなって、また元に戻ったとき足元が光った
→足元の光を見て、顔を上げたらそこにいた
→青白い光で覆われているような感じ
→月の女神?その子ども?
→黒いモヤが迫ってきた
→女の子の手を引いてこちらに寄せたらモヤは地面に消えていった
→黒いモヤはなにかとても嫌なものだった
・月食
あの女の子が現れた
革命のときも月食だった、らしい
月食は忌みなもの
月は穀物や樹木、水を司る女神、ロナ
→太陽神ライ・マーナと共にこの世界を創った(ライ・マーナ教)
・革命
ライ・マーナ暦348年の閏月末日
月食がおこった
祈祷師ロスマモン討伐
父上の両親である前皇帝夫妻、父上の弟が死亡
祈祷師ロスマモン……国史でもただ祈祷師ロスマモンっていか出てこないんだよな……祈祷師ってことは教会の所属ではない?そんな一人の人間がこの国を揺るがすほどの存在で恐れられた……?
なんだか腑に落ちない。でも、今の僕ではこれ以上のことを知るのも調べるのも難しそうだということは分かる。国史にはロスマモンに関する情報は祈祷師ということだけだ。
国史とかじゃなくて、何かもっと大衆的な情報があれば……
あっ!
一つ思いついて、その書架の前へ急いだ。
革命の日から1日ずつ遡ってみよう。
太陽と月の狭間で愛を知る 川瀬 鮎 @ayu_kawase
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