―所感―
「あるのか!?」
陛下の勢いにたじろいだ。
「いえ……覚えはないのですが……知っているような、気も、します」
驚愕の表情を浮かべる陛下の瞳が揺れている。強い視線に見つめられ、つい俯いた。
「すまない、驚かせてしまったね。ちょっとこのまま休んでいてくれ」
陛下はそう私に言ってシーラを伴って部屋を出た。
扉を閉まるのを見届けてそっとため息を吐いた。もう一度部屋を見渡しても、見覚えがあるような気はしない。かと言って、絶対に知らない見たことないとも言い切れない。なぜこんなに曖昧なのだろうか。
ロナ……
その名前は知っているような気がした。でもそれが自分のことなのか、知っている誰かのことなのかはわからない。私は一体何者なのだろう。
陛下は、ロナという人を知っていて、私だと思ってる……?
いや、そんな感じではなかった。ロナという人を探してる?そして、もしかしたら私がロナという人じゃないかと思ってる、そんなところだろうか。
目覚める前に何か夢を見ていたなとも思うが、何か嫌なものからやさしい光が私を包んでくれたところしか思い出せない。曖昧模糊とした全てに苛立ってくる。
分かることから考えてみよう……
なぜ自分の名をサクだと思ったのか。なんとなく、としか言えない。サクとはどんな字を書いたのだろう。自分の性別は分かる。女だ。だとしたら……咲?佐久?沙来?組合わせなんて無限に近いと思って漢字を考えることはやめにした。漢字で書くとも限らない。
夢の中のあの光はなんだったのか……それこそよくわからない。でも、あたたかくてやさしく感じた。嫌と思った何かから守ってくれるような光だった。
埒が明かないと思い目を閉じると、再び夢の中に引きずられるように落ちていった。
*****
「どう思われますか?」
シーラに問われ、私は唸った。
「……シーラは?」
「私がお聞きしてるのですが」
同じ質問で返した私にシーラが苦笑いする。
「でも、そうですね……。あの姿はロナ様と瓜二つのように思いますが、お姿を見たのはもう20年近く前に一度きりのことですし。それに、当時のロナ様とあの娘は同じ年頃に見見えますが……」
「あのときロナは4才。あの娘は5,6才くらいだろうか?それにしてもあれはその年齢の子供の受け答えではないぞ」
5,6才の娘が『曖昧』とか『違和感』などという言葉を使うだろうか。少なくともあの娘と同じ年頃のケイトは使わないだろう。いくつか年上だろうリヒトなら使うかもしれないが。
「確かに言い回しは大人びてましたが、慣れない言葉を使っているような辿々しさがありました」
「それはそうなのだが……しかし、あの瞳をみたか?それにあの白銀の髪」
私の言葉に今度はシーラが唸った。この国にあのような髪の色で瞳の者はいない。あの姿は、まるで月の女神に生き写しのようだったロナそのものだ。そもそもロナ自体が不可思議な存在でもあったのだが。
「……その辺りはウィレシェト様にお伺いするしかないのでは」
「それはそうだが……18年か……」
「あの革命からちょうど18年ですね。あの日も閏年の閏月最後の日で、そして月食でした」
ただの偶然なのか。それとも……
*****
昨夜のあの子は誰だったんだろう。いつの間にどうやって現れたのだろう。
あのとき、足元が光っているのが気になって、そちらを見て……見上げたらあの子がいたんだよな。
銀色の髪の、青白い女の子。星空を閉じ込めたような瞳……あんな瞳、初めて見た。月の女神に子供時代があったらこんな感じじゃないかと思った。
鏡に映した自分と比べても、両親と比べても、臣下と比べても、誰にも似ているところが一つもない。みんな金の髪で、その人の加護の色が加わっている。外国の子だとしたら、どうやってこの皇宮の中に入ったのか。しかもあんな夜中に。それも一人で。
あの黒い靄のようなものはあの子を取り込もうとしていたように見えた。僕の光の加護のせいで退いたのだろうか。あのとき、あの子の右手を咄嗟に引っ張ってしまったが、それでよかったのだろうか。そのままあの子は倒れ込んでしまったし。
それにしても、月食を見ただけであんなに叱られるとは思わなかった。父上もだけど、シーラにまで……
おかげで今日一日謹慎するよう言い渡されてしまった。扉の外には番兵がいるし、もう今日は大人しくしてるしかない。昨日も革命の日だからって大人しくしていなければならなかったのに。
革命の日、か……
父上やシーラたちがロナ崇拝の祈祷師ロスマモンを倒した日。その日も月食だったと聞いたな。3年に1度の革命の日、月食、小さな月の女神を思わせるなあの子……
退屈しのぎのネタにはなりそうだ。扉を開けて番兵に告げる。
「書庫へ行く」
「リヒト様、本日はお部屋で過ごされるようにと……」
困り顔の番兵が後をついてくる。
「部屋も書庫も変わらないだろう」
振り向きもせずそのまま書庫へと向かった。
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