覚醒
―目覚め―
歪んだ鏡が私を映している。
夢だと理解している。この夢は今まで何度も見てきた。
毎回誰かに監視されているような、探されているような、得体のしれない不安感に襲われる。背中がちりちりした。
歪んだ鏡に囲まれて気持ちが悪い。どちらを向いても歪んだ私が映っている。振り返ったところには小学生くらいの私。右側には中学生くらいの私。あちこちにいろんな私がいる。
今自分が立っているのか座っているのかも分からず、前に進むことも後ろに進むことも叶わない。この場からもこの夢からも一刻も早く離れたいのに。
いつもと違うのはどこからともなく声がすることだった。
「……ナ……、ォナ……」
不明瞭で聞き取ることはできない。ただ、嫌な感じがすることだけは分かる。嫌な感じしかしない。自分を呼んでいるのか、問いかけているのか……。
声が大きくなると共に、辺りが黒く霞んでいく。その黒いなにかに飲み込まれそうになる。
ふと、右手に温かさを感じた。右手がやわらかい光に包まれていて、その光がまるで自分を守るように広がっていく。
黒い何かは消えていき、歪んだ鏡もなくなっていた。
私は光に包まれていた。
光の向こうに男の子が一人いた。まだ夢は続いているのか……白人の子供らしきその男の子に引き寄せられて、なぜだか安心した。
*****
見慣れぬ天井が広がっていた。何気なく伸ばした自分の手の小ささにザワッとする。
私は、たぶん『こういうこと』があることを知っている。うっすら記憶に残っている、自分の環境が激変したときのことを思い出そうとしてみても、その記憶は磨りガラスの向こう側にあるように判然としない。
自分の手の小ささにザワッとしたものの、自分がどれくらいの手の大きさだったのか、それもはっきりしない。
名前は……サク、だったはず、と思ったが不安になる。違うような気もしてきた。
なぜ、この天井が見慣れないって思ったのだろう、どんな天井を今まで見ていたかも思い出せなかった。
朝なのか、昼なのか、辺りは陽の光で明るい。天井以外に目を向けても、見覚えのあるものは何一つなかった。そもそもどんなものなら見覚えがあるのか、それも分からない。
それでも『こういうこと』は前にもあったと何故か確信していた。この先どうすべきか分からずそまま横になっていると、静かに扉が開いた。
「……気が付かれたようです」
扉を開けるなり私と目が合った男が扉の向こうへ話しかける。身の危険を感じさせるような話しぶりでないことにわずかに安堵した。
扉を開けた男に続いて男がもうひとり入ってきた。
「おはよう、よく眠れたかな」
あとから入ってきた男に言われ、警戒しながらも小さく頷いてみる。
「そう、ならよかった。ところで、少し話をしてもいいかな」
声色はやさしい。きれいな身なりをしている。親しみを感じさせるような雰囲気でもあった。
「……はい」
「うん、ありがとう」
ベッド脇にあった椅子に腰をおろしながら男は笑顔を見せた。扉を開けた男はその少し後ろに立ち、じっとこちらを見ている。観察されているのだと思う。
「シーラ、怖いよ」
男は後ろを振り向きそう告げると、シーラと呼ばれた男は私からそっと目を外して「いや、でも……」と何か言いかけたがそれを軽く右手をあげて遮った。そして私に向き直り、あげた手をそのまま自分の顎に運び思案顔を見せた。
「君は……今なぜここにいるかは分かる?」
私は首を横に振るしかなかった。
「どうやって来たかは分かる?」
同じように首を振る。
「ここに来る前はどんなところにいたか、それはわかる?」
どんなところと問われ、思い出そうとしてもどうしたら思い出せるのかが分からなかった。また首を横に振って応える。
「名前は、わかるかな?」
「……たぶん、サクです」
「たぶん?」
私のはっきりしない答えに、怒るでもなく続けるよう促された。
「サクと呼ばれていたような気がしますが、誰がそう呼んでくれていたかも思い出すことができずとても曖昧な記憶です」
なんだかたどたどしい話し方になってしまったのは、それだけ会話というものが久しぶりだったということだろうか。目の前の男と、シーラという男は驚いたような顔をしていた。
「君は……年齢は覚えてる?」
再び問われ、また考え悩んだ。
「よくわかりません」
「……手をどうかしたの?」
答えたあと、違和感を思い出して自分の両手を広げて見た私が不思議だったのだろう。でも、どう答えるか迷った。私はどこかおかしくなったのだろうか。不安しかなかったが、おかしくなったのならおかしくなったと認めてもらったほうがいいかもしれないと開き直った。
「この手の小ささに違和感があります」
「それは、こんなに小さくなかった、ということかな?」
「……おそらく」
改めて聞かれると自信がなくなっていく。
「陛下……」
シーラという男が目の前に男に耳打ちした。
陛下……?
陛下と呼ばれる人がどういう存在か、それはわかった。これはまだ夢の続きを見ているのだろうか。陛下と呼ばれるような人と自分に接点があるような気が全くしない。
「君は、サクと言ったね」
「……はい」
躊躇いはあるものの、それ以外に自分の名らしきものが思い当たらない。
「ロナ、という名前に聞き覚えはないかい?」
「……!!」
ロナ、と聞いた瞬間に何かが自分の中を走り抜けたような気がした。
「あるのか!?」
私の反応を見た陛下が立ち上がった。
「いえ……覚えはないのですが……知っているような、気も、します」
陛下の瞳が揺れたのがわかった。
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