第3話 後の祭り、沈む瀬あれば浮かぶ瀬あり
「ええ!?あの格好は何だったんですか!」
「何って
とある週末、俺は例の川の近くにある居酒屋に居た。そして目の前に座る金髪の女は、以前の遭遇時とは明らかに違っていた。低めに束ねたポニーテールに青のワンピース。相変わらずの片耳ピアスだけど、素直に言えば綺麗な人だ。こんなに化けるなら、やはり妖怪なのかしらと思う。でもどうやら性格と言葉遣いは生来の物らしい。
「ああ、でも
「まぁ僕はワイシャツとセーター位しか服を持っていないからね」
そう言って笑う桶屋先輩は、明るい所に居るせいか、
目の
本能的に恐怖を感じて、目をやると無表情の
「私には何も言ってくれないんですね。そういうところが振られる要因ですよ」
「一言余計だなぁ!……あと拒否してもいいか?」
「だめです」
「さいですか」
「はい」
今は天文サーの新入生歓迎お食事会なので、当然橘さんも居るわけなのである。彼女は俺の横に座っていたけれど、いかんせん影が薄かった。
膝上まである灰色のパーカーと細身のジーパン。休日の俺とさして変わらない。
「ううむ、地味、じゃなくて!えーと……」
「地味って言いましたよね?」
言葉に圧力を感じる。
「いや、あー良いショートカットだ。俺好みの」
しまった口を滑らした……。
殴られるか刺されるかは覚悟して身構える、がその様子は無い。
恐る恐る橘さんの方に目をやると、ジト目で俺を睨んでいた。
「褒めて下さるのは嬉しいのですが、やはり気持ち悪いです。ナンパをするにしても程よいラインを考えて下さい」
と、キツめに罵倒してくる橘さんの頬が、少し赤くなっていたことを俺は見逃さなかった。感情を表に出さない人だと思っていたけれど、意外と可愛らしい所もあるんだな。
なんて感心していると、酒臭い息と共に金髪が突然絡んできた。
「おい咲楽!ぼた餅!二人で楽しんでいないでアタシらも混ぜろよ!」
金髪の手元には、空いた中ジョッキが既に3つも並んでいる。
「うわ、酒クサっ!もうお酒ですか、まだ5時ですよ!それにこの短時間でこんなに」
「うるせえぼた餅!そんでサークルには入るんだよなぁ?」
言われてハッとする。俺がこのサークルに……か。
この人達は揃いも揃って変な人達だけど、悪い人ではないと思う。
助けを求めるように桶屋先輩に目を向けると、
「無理にとは言わないよ。ただ今年作ったばかりのサークルで知名度が低いから、一年生は橘さんだけなんだ。だからその……入ってくれたら嬉しいなぁ」
そのまま徳利でゴクリ。先輩達は中々酒豪らしい。
横を
「橘さんは何でこのサークルに入ったの?一年生一人なのに」
さりげなく聞いてみると、橘さんは目線を変えずに淡々と返してきた。
「
「ああ、やっぱり……」
そして俺の方をちらっと見て続けた。
「それに、一人じゃない場所が欲しかったんです」
そうか、橘さんも俺と同じように居場所を求めていたんだ。そしてどういう訳か俺を誘ってくれたのだ。その思いを無碍には出来ないし、もう優柔不断とは言わせない。
そもそも既に心は決まっていたのだ。
「俺、入りますよ。この天文サークルに」
そう答えた後は、それはもう天地の区別がつかない程にどんちゃん騒ぎとなった。
先輩達は満面の笑みで喜んで、矢継ぎ早にお酒を頼んでは潰れてしまった。
橘さんは無言のままだったけれど、自然な笑みを浮かべて歓迎してくれているようだった。
§§§
「大丈夫かな先輩達、ベロベロだったけど」
「桶屋先輩が居るから大丈夫でしょう。ああ見えて先輩は
「ええ……やっぱり妖怪じゃないか」
外はもう暗くなっていて、頭の遥か上では星が輝いている。
先輩達はまだ飲むというので、未成年組は帰されてしまったのだ。
他に取り立てて話すことも無くて、空を見上げながら川沿いの道をブラブラしていると、いつものコンビニの明かりが見えてきた。
いつもの癖で寄っていこうと足を向けると、突然腕を掴まれた。
そしてそのまま車の陰まで引きずられる。
「お、おい突然どうしたんだ?」
「あーええと、棚柄君は見ない方が良いと……」
愛想笑いをして言う橘さんの視線を追うと、その先にはコンビニの入り口があった。
気になって眺めていると、俺の良く知った女性が、俺の知らない男性と一緒に出てくるところだった。
俺は
急に腕を掴む力が強くなって、ハッとする。
「見てしまいましたか」
バツの悪そうな顔をして橘さんは言った。
「いや、わかってはいたからさ。でも……ちょっとキツイな、ハハハ」
掴む力がさらに強くなり、橘さんは続ける。
「まだあの人、
「わからない。諦めているけれど未練はあるみたいな」
「……まぁそうですよね」
そう言ったきり、橘さんは俯いてしまった。
微妙な気まずさが立ちこめて、俺も無言になってしまう。
時間にして一分程か、掴まれた腕に違和感を覚えて俺は口を開かざるを得なかった。
「な、なぁいつまでこうしているつもり?そろそろ痛みを感じる頃合いなんだけど……」
橘さんは動じた様子もなくパッと手を離して、言い返してきた。
「ああ、逃げ出す可能性を考慮していました。そういえばもうサークルに入っていましたね」
「どういう用心だよ!」
俺が返すと橘さんは口元に手を当てて笑ってくれた。彼女なりに元気付けようとしてくれたのだろう。今なら疑問に思っていたことを聞ける気がした。
「そうだ聞きそびれていたんだけどさ、なんで俺を勧誘したんだ?」
「黙秘し……」
「黙秘しないでくれ」
「ムぅ……」
コンビニの光で照らされた橘さんは珍しく頬を膨らませていた。
橘さんは深く息をして、数秒の沈黙の後、口を開いた。
「可哀そうだったからです。入学した時から、自分を繕って無理しているのが見え見えでした」
ああ……確かに俺は大学デビューで気を張り過ぎていた。きっと背後からずっと見ていた彼女の眼には、俺の姿が痛々しく映ったに違いない。
「え?でも何でそれが勧誘の理由に繋がるんだ?」
すると橘さんは急に戸惑って、妙に恥じらうように言った。
「いや、えぇと、棚柄君に楽しい大学生活を送らせてあげたいなぁ……なんて、ヘヘヘ」
「やけに上から目線だな!それで本心は何だ?怪しいことじゃないよな!?」
と、いつものようにツッコんだつもりが、橘さんは俺から眼を背けてしまった。
そしてこう言ったのだ。
「一緒に楽しい大学生活送りたい……みたいな?」
それから消え入りそうな程小さな声で続ける。
「……今はまだ、それが理由ではいけませんか?」
言い終わると橘さんは上目遣いで俺の眼を見つめてきた。
髪で隠れていない耳が真っ赤になっている。
これは何と言うか、とても心臓に悪い状況だ。もう勘違いはまっぴらなのに……。
慌てて目を逸らして答える。
「あ、ああ。わかった納得した了解した!とりあえず帰ろうか!もう遅いし」
すると橘さんは再び腕を掴んできた。
驚いて目を戻すと、橘さんは優しく微笑んでいた。
「まだ9時ですよ?天体観測だったらこれからが本番です」
それに答えるように俺も微笑む。そして、
「そ、それもそうだな。ちょっと見て行くか?」
と夜空を指さす。
「いいですね。ご一緒します。」
その言葉を合図とするように、橘さんは俺を河川敷に向けて引っ張り出す。
俺は彼女の力に委ねて付いていくことにした。今なら安心して引っ張られていられるのだ。
「ただ、変なことは期待しないでくださいね。一切の容赦なしに刺しますよ」
「いやっ期待なんかしてないし、怖っ!!」
やっぱり安心なんて無理なのだ……。
それにしても本当に厄介な人に目をつけられてしまったものだ。
こうして俺にとっての、天文サークルの日常が幕を開けたのだった。
俺の大学生活が素晴らしいモノに成ったか否かというのは、また別のお話。
失恋した俺は天文サーのゴシック少女に目をつけられたようです 神田椋梨 @SEA_NANO
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