第9話 洞窟の主

 洞窟を進んでしばらくは何の変哲もない岩の道が続くばかりだったが、不思議なことに、奥には部屋の広間のように広がった空間があった。

 壁には松灯たいまつがかけられ、床には茣蓙ござのような敷物がひかれ、装飾のある道具箱には輝かしい宝石の類が山程入っていた。

 まるで人が暮らしているようにも思える空間に、私は困惑する。


 敷かれた物に手を添えれば、毛織物のような手触りをしていて、道具箱の宝石と同じく高価そうだと感じられた。


「……でも、どうしてこんなものが洞窟に……」


 これではまるで、誰かがこの洞窟に住んでいるようではあるまいか……。

 とても魔獣とやらがねぐらにしている洞窟とは思えない。


「誰だ!!」


 野太い怒鳴り声が響いた。

 

 驚いて振り返れば、いかにも山賊といった屈強な男が、ここへとつながっているらしき脇の小道から、半身を乗り出していた。

 山のように巨大な体躯に、頭に生えた角といった姿は、人間ではなく鬼そのものだ。

 私からすれば、鬼なら『ごぶりん』よりよほど慣れ親しんだものである。山奥に行けば鬼の一匹や二匹は普通だからだ。

 ただの鬼にしては少々身に包んでいるものが上等なので、そこには驚いたが、言葉も通じるようで私は安堵した。


 彼へと向き直った私は、威儀いぎただして話を始める。


「突然お邪魔して申し訳ございません。わたくしはこの洞窟に住まうという魔獣とやらを探しに来た者でして……」


「何ぃ? 魔獣だと?」


 私をじろじろと嘗め回すように見た後、彼は納得したように言う。


「お前、ゴブリンどもに捕らえられた人間の小娘だな。」


「? あの、私は……」


「そうかそうか。ゴブリン共め……普段は碌な物を寄越さぬが、今回は中々に上等な貢物みつぎものだ。――おい、俺様はお前が気に入ったぞ。こっちに来てしゃくでもしろ」


「え……あの」


 もたつく私の手を取ると、鬼は強く私の腕を引く。

 そのまま彼の部屋らしき場所へと連れ込まれ、すぐ傍に座らせられて巨大な酒器を渡された。

 逃れようにも肩を大きな手で掴まれているため、身動みじろぎも思うように取れない。


 とりあえず、ここは鬼の言に従おうと、かわらけをこれまた巨大にしたようなさかずきに、酒を注ぐことにする。


 巨大な盃へ酒器の重さに苦労しながら、なんとか酒を注ぎ入れていく。

 変に機嫌を損ねられても困るので慎重に私は事をなした。

 丁度注ぎ終えたところで、彼に話しかけられる。


「おい娘。お前名は何という?」


「……はい。皆からは天霧神や狭霧神などと呼ばれております」


「アマギリ? サギリ? 変わった名だな。……まあ良い。お前はなかなか美しい姿をしているからな。見たこともない着物にその頭飾り……異国の貴人か何かだろうが、今日から俺様のものにしてやろう。喜ぶがいい! ハッハッハッハッ」


「……つ、妻問い!?」


 高笑いする鬼の言葉に、私は己の頬が朱に染まっていくのを感じた。

 今この鬼は確かに私を自分の物にすると、そう言ったのである。

 

 これはいわゆる、あれではないか。求婚というやつではないか。


 まさか出会ったばかりの鬼、怪物の類からソレを受けるとは思わなかった。

 しかし……存外嬉しいと感じるものである。


 長らく山奥で独りの生活をしていたためか、人恋しさというものはどうしても感じていた。しまいにはやしろの周りに暮らすの蛇や蛙、獣の類や、草木、花にまで語り掛ける始末だったくらいなのだから。


 私も少々ほだされやすいところはあるだろう。


 しかし、『ごぶりん』たちからの頼みごとがある以上、この鬼といつまでもたわむれているわけにもいかない。


「……あの、ですが私は魔獣のもとへ行かなくては……」


「? 何を言っている。魔獣ならここにいるではないか。魔王軍四天王が一人、この俺様、魔獣サテュロスがな」

 

 


 

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辺境の女神、祠ごと異世界へ吹っ飛ばされる。 @TekeliTekeli-li

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