第14話 エピローグ
九月一日。
夏休みが終わり、穀京私立高校に日常が戻ってきた。だが菅原璇臣が通っていたクラスにだけは、いつもとは少し違う日常があった。
なぜなら、彼がいないからだ。
クラスの女子生徒は席に座っていた桑原に興味本位で喋りかける。
「ねーねー、菅原ってなんで学校やめたの?……やっぱ、お父さんの件?」
菅原の父の死は地域のニュースで何度も放送されていたため、世間の注目の的となっている。そのためクラスで彼の父の死を知らない生徒はいない。
「まあ、そんな感じ、学校辞めて、働こうと思ってるらしいよ」
「そーなんだ。えらいね」
「まあ、あいつならどこでもやってけるだろうから、大丈夫だと思うけどね」
そう言った桑原は少し悲しげな表情だった。
「部活の先輩が、夏休み明けは一人ぐらいやめるやつがいるって言っていたけど、まさか菅原とはね」
「……うん」
気のない返事をした桑原の目線の先には、教室に入った重がいた。
重が誘拐されたというニュースは、彼女の名前が隠されて報道された。だが、事件当日に学校を欠席して、それから夏休みに入るまで欠席を続けたことから、クラスの中で彼女だという噂は広まっていた。
警察からの事情聴取を受けた、同じクラスの彼女の友人だけは真実を知っているが、決してそれを言いふらそうとはしなかった。
誰もが重のことを気遣い、その話題を避けようとするため、どこかぎこちなく会話が交わされていた。
だが、彼女は明るく挨拶を交わす。
「ももちゃん、おはようー」
「おはよーう、やばいよ、現文の課題提出日って今日だっけ?」
「そうだよー」
「うわー、終わった。終わった。忘れてたよー」
「終わったね。今日の伊吹の獲物はももちゃんか」
「あれくらうのは、憂鬱だー」
「あーあ、今のうちに言い訳考えかないと」
「どうしよう、夏休み遊びすぎたー」
クラスの中は、いつも通りの彼女を見て、次第に噂は嘘だった、という空気になっていった。
そして日常が再開した。
一時間目は理科の授業だった。
担当教師は課題を回収すると、普段通りに授業を始めた。クラスの中はどこかけだるい空気が流れているが、教師は気にしない。
「雷の一つに熱雷というものがあります。まず、夏の日差しによる上昇気流がきっかけで積乱雲ができます。その雲の中で発生する霰は衝突し合い、電荷を溜めるんです。電荷は徐々に強力なものへと変化して、そして、それを雷雲がそれを抱えきれなくなったとき、落雷となります。こうしてできた雷雲は激しいものが多いんですね」
重桃は授業を聞いて思い出していた。
教師は黒板から体を背け、クラスを見て喋りだした。
「いや、雷と言えばね、今朝のニュース見ましたか?」
この教師は授業中の会話があちこちに寄り道することが多い。
生徒の中では、この先生は家庭で会話が無いから授業で代替している、と想像で言われている。
「稲妻男なんて言われて、彼はヒーローだ、どうだ、なんて言われていますけどね。昔から雷なんてね、鳴るとへそを取られるなんて言われたり、悪霊の祟りで落とされるものだったり、とにかく恐れられていたんですよ。名は体を表すなんて言いますようにね、そんなものが名前に入っているんですから、ヒーローなわけないですね」
と教師が小馬鹿にした声色でクラスに語り掛ける。
彼女はそれを一笑に付した。
雷雲がすべてを覆いつくす時 @nihokun
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