第13話 その後
深夜の高速道路はほとんど車が通らないようだ。ひたすらに代り映えのしないコンクリートの道を走っていると、目的地にたどり着くことのない地獄に迷い込んだ気分になった。
それでもいいかもしれない、家に帰ると父のことを思い出す。
後部座席に重が眠っていた。
今も正常な意識は取り戻せていないが、有栖によると一日ぐらいで戻るとのことだ。穏やかな寝息を立てている様子を見る限りは命に別状は無さそうだ。
コンテナターミナルで遭遇したごろつきは、全員気絶させて放置してきた。
「あいつら置いていってよかったのか?」と運転席の有栖に聞いた。
「他県の警察である私が手を出すとややこしいことになるからな。服を捨てて素っ裸で置いてきたから、そう簡単には逃げれないだろう。心配するな」
「それは違法じゃないのかよ」
「それぐらい自業自得だろ、そんなことより気付いたか?あのでかい男が機動隊の装備を身に着けていた」
「ああ、あの人殺しに慣れてそうな斧を持っていた男」
「なんでそんなものを持っていたんだろうな?」
「警察から奪ったとか?」
「わざわざそんなことをしなくても、譲り受けたのかもしれない。私が重桃の警らを頼んだ時も、その情報がどこかから漏れていたようだ」
「結果、重は誘拐された。そっちの責任だ」
「ああ、許されようとは思っていない。」
「何が言いたいんだ?」
有栖は何か言いたいことがあり、そこへ向かって遠回りで進んでいるようだった。
「つまり、今までの経験から察するに警察の腐った関係があるのは間違いない、何故、火喰鳥の奴らが稚拙な犯罪予告をしたと?」
「俺のせいか?」
「違う、奴らはわざと機動隊と衝突を起こそうとしていた。そしてバケモノが機動隊を蹂躙する様子を世間に知らしめようとしていた。あの予告は、稲妻男に向けた犯行に見せかけてはいるが、目的は扇動だ。機動隊との戦闘を見せて気付かせたんだよ、組織を圧倒できる力を持った人間が頭黒森組に存在することを。
世の中の秩序っていうのは些細なバランスで成り立っている、崩れるのはあっという間だが、建て直すのは恐ろしく骨が折れるものだ。だから、私は崩れる前になんとかしたい」
父が平穏を保つために働いてくれと言っていたのを思い出した。
そして有栖も同じようなことを言った。
「……そこでお前の力を借りれないか?」
「俺の力」
「ああ、お前の力は貴重な武器だ」
「俺は重を救いたかっただけだから。もう厄介ごとには関わりたくない」
「そうか」
俺は拒否したが、それはあっさりと受け入れられた。
有栖は「もしその気になれば歓迎する」とだけ言った。
その後は特に会話も交わさないまま、穀京市まで気が遠くなるような長い時間を過ごした。
早朝に穀京市に到着して俺はダーマカレーで降りた。重はこのまま病院に連れて行くらしい。
ヴィシュワさんが飛び出るように店から出てきて、重の様子を見た。車の中で眠っている彼女を見て、胸を撫でおろしたようだった。
「かのじょをうしなったら、サトシに顔むけができない……」
と呟いて、俺のことを抱きしめた。
続いて、有栖にも「ありがとうございます」と言うが有栖は頷くだけだった。有栖は名刺を渡し、別れの言葉も言わずに、風のように消えた。
その後、店内に入ってダーマカレーに預けていた喪服に着替え直した。
スーツを返そうと思ったが「これはあなたのための物です」と返された。
「でも、このあと葬儀があるので置く場所が無いんです」と言うと「そうでしたね、でもかならずとりにかえってきてくださいね」と笑って店の奥に持っていった。
「センシンさん、あなたはヒーローですよ」
「それは絶対に違います、俺は……いや、なにもないです」
「きっとこの後モモさんはつらい思いをします、きっとあなたもいまと同じ生活はできないとおもいます。だからたすけ合ってほしいです。モモさんが昔よく、ヒーローとは誰かを打ち負かせる人間ではなくて、打ち負かされた人間に手を差し伸べられる人間のことである。と言っていました。今まさにその言葉が必要です」
その言葉を聞いたことが無い。
俺は彼女のことを何も知らなかった。まだ仲が良くなって二週間しか経っていないのにすべてを知ったような気になっていた。浮かれていたという言葉がよく似合う。
ヴィシュワさんに葬儀場まで送ってもらった。
葬儀、そして翌日の納骨まで、あっという間だった。父の遺体が焼かれたとき母は初めて泣いたが、俺は涙が出なかった。
そのまま流れるように学校が夏休みに入り、一週間ほど何もせずに過ごした。
重は救出から三日後に意識が回復したそうだが、かなり衰弱しているため近親者しか面会はできないらしかった。
桑原から遊びの誘いの連絡が来たのが、休みが始まってから十日経ってからだ。
父のことは学校から説明があって知っているはずだが、何も口に出さずにダーナで半日ほど遊んだ。レストランで食事をし、映画を見て、カラオケに行った。
別れ際に「元気そうで良かった」と桑原が言った。
心配を掛けないように元気にふるまうように心がけていたが、まったく楽しくなかった。映画を見ても、友達と話しても、食事をしても、運動しても、楽しんではいけないような気がした。
休みが始まってから二週間たって、重との面会ができるようになったとヴィシュワさんから連絡が来た。重が入院している病院は穀京市外にあるため、ヴィシュワさんの所有している軽自動車に乗らせてもらい、市外にある病院に向かった。
ヴィシュワさんはなかなか仕事を休めない重の母の代わりに病院に通い、重のお見舞いをしていたそうだ。
病院に向かう車内でヴィシュワさんが彼女の状況を教えてくれた。
投与されていた薬物の影響はもう残っていないようだが、強いストレスが原因で声が出せない状態になっていたそうだ。
現在は回復して、じきに退院出来るとのこと。
俺はヴィシュワさんに提案をする。
「ヴィシュワさん、お土産買っていきませんか?」
「いいですね!なにかありますか?」
「俺、いいところ知ってますよ」
道中で、重が気になっていると言っていたケーキ屋のSummerDaysによってお菓子を買った。
そして病院に着いた。その中の異常なまでの清潔感が人間味がなく、どことなく恐怖を覚えていた。だが彼女の病室からはテレビの音がしていたので安心した。病室には太陽の日差しが差し込み、重の横顔を照らしていた。それは変わりなく、いつも見ていた彼女の顔だった。重は俺の姿を認識すると笑顔で手を振った。
俺は思わず重のそばに駆け寄った。
「重、よかった!」
「せん……ぁ……あ……」
だが重の口から出るのは、絞り出したような言葉にならない声だった。彼女の額からは汗が噴き出てきて、膝に置かれている手は小刻みに痙攣している。
「わたし医者をよんできます!」とヴィシュワさんが言ったが、彼を制止して自分が病室を出た。
原因が俺だと予想したからだ。
俺が呼んだ担当医は病室に入っていって、様子を見た後、ヴィシュワさんと別室に入っていった。
小一時間すると俺もその部屋に呼ばれ、その予想は当たっていた事を知る。
担当医から、俺を見ると重のトラウマになっている記憶がフラッシュバックする。しばらく重と会わないほうがいい。それが彼女のため、と言われた。買ってきたSummerDaysのお土産も突き返されてしまった。
その後のことはあまり覚えていない。
医者の言った、もう会わないほうがいい、という言葉が頭の中で繰り返された。
翌日、母から言われて宿題をすることにした。それに気を紛らわすのにはいいと思った。教科書を開き、筆箱を開くと、その中に知らない物が入っていることに気が付いた。
USBメモリーだった。
こんなもの入れた記憶ない。音楽のデータでも入れて学校に持ってきてた誰かが間違えて入れたのだろうか?
なんとなく気になってそれをパソコンに差し込んだ。
その中にはいくつもフォルダがあり、几帳面に名前が作られている。
――穀京大学で行われている人体実験について
――実験データ_十二月
――大学教授菅原拾郎について
――頭黒森組と穀京大学
――過去の殺人事件との関係性
――八月七日_穀京新聞用_作成者重敏
それは重をさらった連中が欲しがっていた、新聞の原稿だった。
記憶を思い返すと、重がさらわれた前日である七月二十四日に、彼女が俺の筆箱を不自然に持っていたことがあった。その時に入れたのだろうか?
重は自身の身が危ないことを察知していたらしい、と有栖が言っていた。その原因がこのデータだとしたら、これはかなり重要なものだ。だから重はこのデータを俺に託したのだろう。
そのメモリの中の一番新しいデータに「璇臣くんへ」というタイトルのテキストデータが入っているのを見つけた。それにカーソルを合わせて、開く。
直接言えなくてごめんなさい。
このデータは璇臣くんのお父さんに関することが書かれています。
私のお父さんはこのデータが原因で姿を消しました。
そして次は私になると思っています。
私は最初、璇臣くんのお父さんのことを調べるために、あなたに近づきました。
璇臣くんが改造人間だと知った時も、これで自分が安全になると思いました。
だからこういう事態になったことを助けてもらうのは都合がよすぎると思って、言えませんでした。
このデータを璇臣くんに渡したのは、自分自身でどうするかを決めて欲しかったからです。
この中には璇臣くんがいかにしてその力を手に入れたのかが書かれています。
そしてその力を悪用しようとしている計画があることも書かれています。
だから璇臣くんには真実を知って欲しかったんです。
真実は残酷で目を背けたくなるものですが、力が無いものはそれを直視しながら生きなければなりません。
私のような人は家までの暗くて長い道を一人で歩かないといけないのです。
それは怖くて、痛くて、辛くて、いつも負けそうになってしまいます。
私は怖くて璇臣くんのことを警察に言ってしまいました。
璇臣くんの力を利用しようとも思ってしまいました。
お父さんのような善い人間になりたくて、テレビに出てくるようなヒーローになりたくて、頑張っていたのに、怖くて負けてしまいました。
ですが、璇臣くんは誰にも負けない力を持っています。
重からのメッセージだ。
それを見て、何かが吹っ切れたような気がした。
有栖が言っていたもうひとつのやることとは、俺自身のことだったのかもしれない。
考えるより先に、足が動いていた。
着いたのはダーマカレーだ。俺は誰かに手を差し伸べることはできないかもしれない。ただ、俺にしかできないことをするだけだった。
スーツに着替えて、名刺を手に取った。
顔に温い感覚があった。
涙が流れていた。
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