第12話 7月26日

 父の通夜が終わり、喪服に身を包んだ有栖が訪ねてきた。母は有栖に気付くと深々と頭を下げた。有栖も深く頭を下げる。


「このたびはお悔やみ申し上げます。ちょっと璇臣くんに用事がありまして、よろしいでしょうか?」


「分かりました。でも彼も落ち込んでいるようですから、なるべく簡単に済ませてやってください」


「はい、ご迷惑はおかけしません」


 父の通夜と並列して警察の捜査も行っていた。母も何度か警察からの聞き込みを受けていて、俺が連れ出されるのに違和感を感じていないようだった。



 葬儀場の外に止められたパトカーに向かった。

俺は心のどこかで、パトカーに逃げれて良かったと思っていた。


朝、喪服を着たくなかった。俺が喪に服す資格もないと思ってしまったからだった。母の憔悴しきった様子をみると、胸が張り裂けそうになる。


もし、俺が殺した、と言ったらどうなるのか。


 いつか、向き合わなくてはいけないと分かっているのに、それを考えないようにしている自分の卑怯さに腹が立ち、嫌になった。参列者が父の生前の写真を見るたびに、最期の姿が目に浮かぶ。出口のない迷路に入り込んだようで、気が狂ってしまいそうだった。


だから、この場から逃げ出したくてしょうがなかった。


 それに俺にはやるべき事があった。


 車内で有栖が言う。


「今のところ警察内で彼の死因はこういう方向性で捜査が進んでいる」


 彼女によると警察内で、父は三屋によって殺されたことになっている。

三屋は、大学の職員を首になった恨みで、襲撃を計画。それを掴んだ松野、有栖と鉢合い、交戦した。松野は重症を負いつつも、三屋を殺害。三屋は悪あがきで建物に火を付けた。


という筋書きだ。


 俺は疑問に思っていた。

有栖は何故、三屋を撃ち、父を燃やしたのか。


何故、俺の罪を世間から隠そうとしたのか。


 それを聞いてから、やるべきことをやりたいと思っていた。


「一つ教えて欲しい、何故、俺を逮捕しないんだ?」


「簡単だよ、利用価値があるからな。お前は拳銃より便利な武器になる」


「なんだよ、馬鹿にしやがって、そもそも、こんなところにいて松野さんの葬式はいいのか?」


「喪に服す暇があったら、一人でも多くの外道を捕まえる方が松野の弔いにもなるだろ」


 彼女はそう言った。勿論それもあるのだろうが、彼女は彼女なりに松野の死に対して向かい合っていると俺は考えていた。


――松野が父の仇である三屋を命を懸けて殺した。


有栖が作り上げたストーリーのおかげで、松野は母を含めた参列者の中で英雄的に扱われていた。


そのことが松野に対する彼女なりの弔いなのだろと感じていた。


 俺は聞いた。


「俺は外道じゃないのか?」


「利用価値がある武器だ。武器を使った犯罪者は逮捕するが、武器は逮捕できない」


残酷な言葉だったが、その言葉を聞いても何も思わなかった。


 彼女は続ける。


「稲妻男、いっておくが、もうまともに生きれると思うなよ?今後は普通の生活はあきらめろ。お前は、泥沼にはまっちまった。こっから、さらに深く堕ちるか、溺れないようにもがき続けるしか生き残る方法はない。堕ちる方を選ぶっていうなら、こちらも容赦はしない。だが、もし、もがく方を選ぶっていうなら協力してやる」


ぶっきらぼうに話す有栖だが、どこか優しさを感じた。


 少し間が空いて「それで覚悟は決めたのか?」と有栖が聞く。


「ああ、誰にも言わない、言っていた見返りは?」


 この捜査は有栖が主導で行っているらしい。だから結果に間違いがあれば責任は彼女にいく。しかも有栖は三屋を殺しているのだ。俺が本当のことを喋れば、彼女は責任問題どころか犯罪者だ。彼女はそのことを口外しないことを条件に重の居場所を教えると交渉してきた。


 警察もいろいろな情報を握っていて、重をさらった連中に近しい人物もいるとのことだ。


「北陸の海運会社に、火喰鳥の連中から連絡があったらしい。隣国まで荷物があるんだと。出発は明日」


「手を貸してもらってもいいか?」


「ああ、その代わり、分かってるな?」


「当たり前だ。約束は守る」


「助かる。飛ばせば今日中には着くだろう。警察の応援はいるのか?敵は武装してる可能性が高いぞ」


「いらない、父の後始末は俺がつけたい。だけど、行きたいところがある。ダーマカレーまでいいか?」


「あの、カレー屋か?いいけどなぜだ?」


「必要なものがある」


 母は葬儀場で泊まるらしい。

俺も泊まることを求められたが、父の死を受け入れられないと言って断った。それは本当の気持ちだった。



 ダーマカレーに着く。

営業時間を過ぎていたので客はおらず、疲れ切った表情のヴィシュワさんだけが席に座っていた。


「センシンさん……こんにちは」


 ヴィシュワさんは有栖を見て警戒した表情を見せる。


「ヴィシュワさん、この人なら大丈夫、今日はスーツを取りに来たんだ。重を助ける」


その言葉を聞いて「わかりました」と真剣な表情になって厨房の奥に消えていった。


「スーツってなんだ?」と有栖が聞く。


「今後、三屋みたいのと戦うとしたら、スーツが必要だと思って作ってもらってたんだ」


「ふん、いかにもガキが考えることだ」と鼻で笑われた。


 しばらくして、ヴィシュワさんが戻ってきた。手には、黒いヘルメットに黒いスーツを持っている。


「これ着てみてください、どうですか?」


 サイズはぴったりで、想像通りの見た目だった。

ヘルメットは顔を完全に隠すことができるし、スーツは防刃使用。伸縮性があり、どんな動きをしても邪魔しない。


 重がスーツを作ると言ったときは、あまり乗り気ではなかったが、今はスーツは重要だと痛感している。


 俺が人の力を超えた改造人間だとしても、銃に撃たれたら血が出るし、頭を撃ち抜かれたら死ぬ。散々、警察相手に暴れまわっていた三屋も、有栖が人殺しをいとわなければあっさりと命を失ったように。


 それに、スーツを着るのは重の望んでいたことでもある。


「これ、お前が作ったのか?」と有栖がヴィシュワさんに尋ねる。


 ヴィシュワさんは言葉に出さずに頷いた。


「すごいな」と呟いた。


 俺のやるべき事。


父のやったことは、俺が方を付ける。つまり重を救い出す。


その覚悟を決めて俺はスーツに腕を通した。



7月26日 深夜



 一台のトラックが北陸のとある埠頭に向かって走っていた。ヘッドライトの光が照らす先には、黒く蠢く海面の姿がある。


 トラックはコンテナターミナルに入り、減速した。荷台には「穀京商事」という社名が印刷されている。


 運転主は普通の青年のような見た目だが、異常に周囲を警戒していた。


とあるコンテナに接近して停まり、トラックの荷台からサテンシャツを着た男が一人出てきた。男はコンテナを二回叩くと、その扉が開く。中は暗くて見えないが、人型の陰が揺れている。どうやら数名の人がいるようだった。


 スーツのヘルメットを被る。


「相手の武装も分からないままで突入するのか?」と影に隠れていた有栖が聞いた。


俺は返事をせずに走りだした。


後ろで有栖があきらめたように「あまり、先走んな」と言った。


 サテンシャツの男が足音に気付いた。彼が声を出すより先に、俺の放った電撃が行動を封じた。悲鳴を上げて地面に倒れ込んだサテンシャツを飛び越えて、コンテナに向かう。


サテンシャツを倒したとき、スパークが辺りを白く照らした。


何かが起きているのは向こうも気付いているはずだ。


 簡単にはいかないだろう。気合を入れて、コンテナの中に入った。その中に重はいなかった。代わりに屈強な男が三人。そいつらは待ち構えていたようで、二人がかりで俺の両腕を掴んだ。


 残った一人は190ほどの巨体で、警察の機動隊の装備を身に着け、手には刃物を持っていた。それは闇の中で刀身を見せつけるように光っている。を凝らしてみると、それは斧だった。


やはり簡単にはいかない。


巨体が叫ぶ。


「これが噂の稲妻男か!あっけないな!」と巨体が斧を俺の頭に向かって振り下ろした。


人を殺すことに躊躇が無い。こんな男生かしておく価値も無いと思った。


 両腕に電流を流すと、俺を拘束していた男らの力が弱まる。その隙に振り解いて、斧を両手で受け止めた。刃が手袋を貫通し、手の平を切ったが、防刃の効果はあったようで骨までは届いてないだろう。


 巨体はその行為を見て喜んでいるようだった。


「お前、いかれてんな!」と叫ぶ。


 彼の声が合図だったかのように、両端の男がもう一度、俺を拘束にかかった。二度も同じ手は食らわない。右にいた男を掌底で突き飛ばしたが、俺の背中に左のもう一人が飛び掛かってきた。首に両腕を回してきて絞め始めたので、その右腕を掴んで、そのまま背負い投げのように投げ飛ばした。


 彼は壁に当たり、コンテナが衝撃で揺れた。

叩きつけられた男がすぐ起き上がろうとするので、電気で気絶させた。


 ここで巨体が視界から外れてしまった。彼は殺しに躊躇がない。少しの隙でもあれば俺の首に斧が飛んでくる。


 だから、俺はコンテナの壁を駆け上がった。


そのまま天井に向かって飛び上がって巨体の方を向いた。


さすがの彼も目を丸くしている。


 落下する勢いを利用して、顔面に電気を込めた拳をお見舞いした。

だが、その巨体おかげだろう、斧を落としはしたが気絶はしなかった。


 俺は斧を拾って男に近づいた。そしてその刃を彼の首に当てた。


巨体が「俺を殺す気か?」と聞く。


「もう二度と殺しはしない」


 俺は自分に言い聞かせるように言う。そして、斧に電流を流した。それは斧を伝って男を気絶させた。


 邪魔者はすべて片付いた、だがこのコンテナの中に重はいない。トラックの中だろう。エンジンを吹かす音が聞こえる。急いで出ると、トラックが走り出していた。


 逃がすまいと、トラックに向かって斧を投げ、それは弧を描いてタイヤに刺さった。トラックが急停止して、中から運転手が飛び出してきた。運転席からは見えなかったが、彼も、かなりの巨体だ。例えるなら、コンテナの男はプロレスラーで、運転手は相撲取りだ。


「てめえ、好き放題やりやがってよ?俺は相撲で全国行ってるんだよ!俺に勝てるかよ?」


身長は俺よりはるかに大きい。


「さあ、電気なんか使わずにステゴロでかかってこいよ!卑怯もっ……ぅ」


挑発の文句を言いきれずに運転手が気絶した。


 彼の背後にいた有栖が、回し蹴りを頬に当てたからだった。有栖は荷台の方向に手を払い、早く行けということを言いたいようだ。礼は後にして、トラックの荷台に入った。


 荷台には、ブランドもののバッグや、スーツケースや、電化製品が並べられていて、その奥に重がいた。


「重、大丈夫か?」


返事が無い。


全身の血の気が引いた。


自分が何をすればいいのか、分からなくなって、ただその場にいた。


後ろから懐中電灯を持った有栖が入ってきた。


「おい、落ち着け」


 有栖は彼女のまぶたを開いて、瞳に光を当てた。瞳孔の動きを確認すると、服をまくり上げて心臓の鼓動を確認した。


「大丈夫だ、生きてる、何かの薬を投与されて意識が混濁しているようだ」

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