第9話 同姓同名の想い人(4)

 少年を西稲荷山駅前に送ったあと、俺はまた一期一会の蔵の前に戻ってきていた。


「たつき、お疲れ様」


 やこは機嫌良さそうにニコニコ笑って俺を出迎えてくれた。


「なあやこ、あれで本当に良かったのか?」


 俺の問いかけにやこは小さくうなづき、答える。


「うん。一期一会の蔵で福を授かった人間は、神の力の加護を受けるから、一時的にいろんな縁が強力に繋がりやすくなるの」

「そうなんだ」

「うん。だからね、あの少年は好きな女の子との縁が繋がると同時に、えにしの縄の相手も近くに呼び寄せることができる状態になったわけ」

「ということは、あの西稲荷山高の男子との縁も強くなったってことか」

「そ。だから、あの子の手足の縄、太くなったでしょ?」

「うん」

「縄が太くなるってことは、縁がさらに強く、近くなった証拠だよ」

「そうなのか?」

「うん。左手の赤い縄は多分彼の好きな女の子との縁。あれは結婚相手や、それに相当するほどの近しい縁を繋ぐ縄だから。白い縄の方は、生涯を通じての縁がある相手を繋ぐもの。ひょっとしたら彼らは生涯の親友か、将来の仕事の相棒などの強い縁があるのかもね」

「そういうことだったのか」


 ということは、あの少年を見守っていれば、あの邪気を沢山発している西稲荷山高の少年と近づきやすくなるということだ。

 そうなれば、縁結びをしたあの少年と俺はもう顔見知りなのだから、やこのところにも連れて行きやすくなる。


「でも、あの子、運命の相手が近くにいる割には縄がやたら細かったから、ちゃんと縁が繋がってなくて、絡まってるだけなんじゃないかって思ってそこをちゃんと調べようと思ってたんだけど」

「絡まることなんかあるの?」

「それが、ごく稀にあるんだよねー。何らかの原因で縄が絡まってしまうと、縁が変につなぎ直されちゃうことがあるの」

「つなぎ直されるってどういうことだ?」

「本来は縁が繋がる相手ではなくても、たまたま縁の縄が顕現けんげんしてる者同士が近くにいる状態で、いろいろな条件が偶然うまく重なってしまうと、そういうことが起こる場合があるの」


 縁結び、結構いい加減だな。


「まあ、ものすごく稀なことで、滅多にないことだから」


 やこは気楽に笑っているが、本当に大丈夫か?


「あの子が縁結びの紙に相手のことを書いた途端に縄が太くなったってことは、ちゃんと意中の女の子に縁が繋がったって証拠だし」

「でもさ、やこ。縁結びの紙を使って強制的に縁を結ぶってことは、あの子たちの本来の運命の相手とは縁が切れてしまったってことにならないか?」

「そうなるね」

「それっていいのか?」

「いいんだよ。だってそれが一期一会の蔵の宝物から福を授かるってことだから。まあ、あの子はある意味、自分に有利になるようにズルをしたってことにもなるけど」

「チートかよ……」

「人間は神様にお願いして自分の願いを叶えようとするじゃない。人間は基本的にはズルをしたい生き物だとボクは思うなあ」


 痛いところを突かれた気がする。


「ところでやこ、一つ気になってたことがあるんだが」

「なあに?」

「どうしてあの子からは悪縁のかけらじゃなく、お金をもらったんだ?」

「ああ、そのこと」


 やこは尻尾をゆらゆらと動かしながら、俺に近づき、パーカーのポケットから素早く五千円札を抜き取る。


「だってこれは供物だもん」


 やこは五千円札を顔の前でピラピラと振っている。


「供物って……」

「願いを叶えるには対価が必要だよ。神様だってただでお願いは叶えないよ」

「それはわかるけどさ」

「本来ならお酒とかお米とかがいいんだけど、その代わりにお金でもらうのはどこの神社でもやってることだよ?」

「確かに」

「それに、あの子は邪気が薄くて悪縁のかけらはほとんど取れなさそうだったし」

「だからお金?」

「そ」

「でも財布の中身全部ってのはやりすぎなんじゃ? 五千円といえど、高校生には厳しいだろ」

「金額の問題じゃないよ」


 やこは口を尖らせている。


「財布の中身が百円だろうが、十万円だろうがそれはどうでもいいの。要は、本当にそれを叶えてもらいたいかどうかってこと。ボクはあの時、あの子に「願いを叶えるために今持っている財布の中身をすべて差し出せるほどの願いか」ってことを改めて問いかけただけ」

「確認したってことか?」

「そう。お財布の中身を出すのが少しでも惜しいと思ったら、それはそれほどの望みじゃないってこと」

「なるほど……」

「とりあえずたつきはしばらくの間、二人の男の子の様子がどう変わるか見てて」

「わかった」




 俺は翌朝、西稲荷山行きの電車に乗った。

 縁結びの紙を授けた少年は俺の姿を見つけると、こちらに向かって軽く会釈した。


 昨日、彼を送った時にいろいろな話をした。


 彼の名は森沢潤一もりさわじゅんいち。西稲荷山高校の近くにある男子校、聖ヶ森ひじりがもり高等学校の二年。

 彼が密かに想いを寄せている「ヤガミチアキ」という女の子も一目見てすぐにわかった。

 腰までのびた綺麗なロングヘアの、明るい雰囲気の少女だった。


 縁結びの紙の効果はすぐに現れるとやこも言っていたし、邪魔をするのも悪いだろうと考えた俺は成り行きに任せることにした。

 森沢君とは連絡先を交換し、何か進展があれば連絡をくれる約束だった。


 しかし、一週間をすぎても何の連絡もない。

 そろそろ縁結びの効果が出てもおかしくない頃なんだが、どうしたのだろうと思っていたところに、タイミングよく森沢君から連絡が入った。


「森沢君。あれから少しはヤガミさんとの距離は近づいた?」

「水宮さん、話が違うじゃないですか……あれから何も変わりませんよ? 本当に縁結びされたんですか?」

「えっ?」


 森沢君の声は明らかに不満そうだ。


「効果、まだ現れてないの?」

「はい。全く変わらないです。しかも、彼女に近づけるどころか、なんか変なやつに目を付けられたみたいで……」

「変な奴?」

「彼女と同じ西稲荷山高の奴なんですけど、電車に乗っている間じゅう、僕のことをずーっと睨みつけてる奴がいて、ちょっと怖いんですよ」

「どうしてだろう? 何か心当たりは?」

「ないです。知らない顔だし、話したこともなければ、名前も知らない奴だし。だから、ひょっとしたらあいつもヤガミさんのことが好きで、僕が邪魔なのかも……」

「それはおかしな話だな」

「でしょ?」

「わかった。明日、俺が君と一緒に電車に乗ってそいつのことを見てやるよ」

「お願いします」



 翌朝、俺は森沢君と駅で待ち合わせをし、一緒に電車に乗り込んだ。

 狐塚駅から乗り込んできたヤガミチアキは少し離れた場所で友達と楽しそうに話をしている。

 森沢君はそんな彼女を寂しそうに見つめて、ため息をついている。


「はあ……せっかく縁結びしてもらったのに、状況は全然変わってないよ……」

「そんなことはないはずだろ。縁の縄だってちゃんと……」


 そこまで言いかけて俺は、あることに気づいた。

 つり革を持つヤガミチアキの左手首にえにしの縄が現れていない。


 これは一体どういうことだ?


 そう考えているうちに次の駅に到着し、また何人かが電車に乗り込んできた。


樟葉台くずのはだいから乗ってくるなんて珍しいじゃん、ヤガミ。お前ん家、狐塚だろ?」


 すぐ後ろにいた西稲荷山高の制服を着た男子生徒が、樟葉台駅から乗り込んできた一人の少年に声をかけた。


 ヤガミ?


 俺は振り返り、その少年を見るなり思わず目を見開いた。


 嘘だろ……?


 そこにいたのは、例の「邪気を大量に纏わせた少年」だった。

 相変わらずどす黒い霧のようなものに包まれている。

 まさかこいつもヤガミという名前なのか?


「あー、昨日ばあちゃん家に泊まっててさ。今朝はばーちゃん家から来たんだ」

「そうなんだ。あっ、そうそう。昨日借りたノート返しとく。助かったよ」


 ヤガミに声をかけた少年は鞄からノートを取り出し、ヤガミに差し出す。

 俺はそのノートに書かれている名前を見逃さなかった。


 ノートには矢上智明と書かれていた。


 ヤガミトモアキ。あいつもヤガミなんだな。ややこしいな。


「おう」


 矢上智明は友人からノートを受け取る。

 彼が出した左手首には以前より太くしっかりした赤い縄。

 そして、その縄の先はなんと、森沢君に繋がっている。


 おいおいまじか!

 どういうことだよ?


「おー! チアキ! おっはよー」


 別の友人らしき少年が矢上に声をかける。


 チアキ?

 ちょっと待て!

 あれ、ヤガミトモアキじゃなくてヤガミチアキって読むのか?


 狐塚駅から乗ってくる西稲荷山高のヤガミチアキが二人いたってことか。


 そして、男の方のヤガミチアキと森沢君の縁の縄ががっつり繋がれているということは……。


 やばい。

 これは激しくまずいことになったぞ。










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えんむすびのかみ 〜縁切りの刃と神使の使い走り〜 よしじまさほ @3saki

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