第8話 同姓同名の想い人(3)

 一期一会の蔵。

 本来なら俺はもうここには二度と入ることはできないはずだった。

 しかし、今や神使のやこの眷属である俺はここに自由に入ることができる。


「ここは一期一会いちごいちえの蔵。福の神に選ばれた者が、その生涯にただ一度だけ入ることを許される場所である」

「一期一会の蔵……」

「ここにはそなたの望みを叶える品物が必ず存在する」

「望みを叶える品……? じゃあ僕の願いを聞いてくれるってことですか?」

「そうだ。しかし、福を授かるためには神への供物が必要である」


 供物だって?

 そんな話は初耳だ。


「供物ですか?」

「そうだ。そなたは我が神に供物を捧げなければならぬ」

「僕……そんなの何も用意してません……」


 少年は困ったような顔をしている。


「そなたが今、懐に持つ全財産を供物として捧げるが良い」

「全財産? お財布の中身全部ってことですか?」

「そうじゃ。お前の財布の中に今入っている全額と引き換えだ」


 えっ?

 財布の中身? 悪縁のかけらじゃないのか?


「僕、今五千円しか持ってないんですが……」

「なら、それを供物として差し出すが良い」

「わかりました……。でも本当になんでも叶えてくれるんですよね?」

「神の使いは嘘は言わぬ」


 少年は上着のポケットから財布を取り出すと、中から五千円札を一枚取り出し、俺の前に差し出してきた。

 やこに乗っ取られたままの俺は少年から札を受け取ると、パーカーのポケットにそれをねじ込んだ。


「供物は確かに受け取った。お前の望みを叶えよう」

「ありがとうございます!」

「この蔵の中にはお前の望みを叶える品物が必ず一つ用意されている。お前にはそれを授けよう」

「どんな望みでもいいんですか?」

「不老不死や死者のよみがえりなど、人のことわりに反する望み以外の望みであれば何でも叶えよう」

「どうしよう……迷っちゃうな……」


 そりゃそうだろう。

 何でも望みが叶えられるが、そのチャンスが生涯に一度だけとなれば迷うのは当たり前だ。


「例えば……こういうものもあるぞ」


 俺は品物の並ぶ棚に近づくとそこから幾つかの品物を取り出した。


「これは、時間を一時間だけ戻すことのできる砂時計じゃ。やり直したいことがあれば、一時間だけ時をさかのぼれる」


 ガラスで出来た砂時計の中にはキラキラ光る銀の砂が入っていた。


「これは、はめると必ず喧嘩に勝てる手袋じゃ。どんな強い相手でもこれで軽く殴るだけで吹っ飛ぶ」


 それは黒い革製のただの手袋のように見えた。


「学生ならこういうものもあるぞ? どんな難問も必ず正解を書くことのできるペン」


 どこにでもあるような銀色のシャーペンだった。


「どうじゃ? この中にピンとくるものはあったか?」

「うーん……どれも欲しいけど、何か違う気がするんだよね……それにこんなすごい品、五千円で譲ってもらうには何だかすごく申し訳ない気がするし……」


 なかなか謙虚な子らしい。


「金額は関係ない。しかし、何か違う気がするというなら、それは今のそなたが心の底から叶えたい願いに対応する品物ではないからじゃ……」

「そうなの?」

「そうじゃ。そなたの今の願いを叶える品物以外はここの品物は魅力的には映らない。だから違うような気がするのじゃ」

「そうだったんだ……僕が今一番欲しいものかあ……」


 少年は心底悩んだ様子で、腕組みをしてうつむいていたが、不意に何かに気づいたかのように顔をあげた。


「あの……縁結びをするグッズってないんでしょうか?」

「もちろんあるとも。縁結びは神の専売特許のようなものじゃ。そなたは誰かと縁を結びたいのか?」


 すると彼は少し恥ずかしそうに小さな声で言った。


「……実は僕、今すごく気になってる子がいて……」

「縁結びの品物じゃな。ならばこちらの棚じゃ」


 俺は少年を手招きした。


「この棚に並んでいるものが、縁結びに関する品物じゃ。縁を結ぶといってもいろんな効果がある。そなたが一番気になるものはどれじゃ?」


 少年は棚に並べられた品物の中の一つを、迷わず指差した。


「これ……これがとても気になります」


 少年が指差したのは平たい木箱だった。


「これで間違いないな?」

「はい」


 俺は木箱を手に取り、蓋を開ける。

 中に入っていたのはA5サイズぐらいの大きさのレポート用紙のようなものだった。


「縁結びの紙……か。一番扱いの難しいものを選んだのう」

「縁結びの紙?」


 俺は少年が選んだレポート用紙のようなものを手に取る。

 表紙は金色に光る厚紙で、模様も文字も何も書かれてはいない。

 表紙をめくると、上から順に青、赤、白の三色の紙がそれぞれ一枚ずつ綴られているだけだった。


「これは本来、神のみが行える縁結びの儀式に使われるえにしの巻物の一部を切り取って綴ったもの。ここに縁を結びたいものの事を書けば、本来全く縁を持たないものとも縁をつなぐことができる」

「本当に?」

「本当だとも。赤と青の紙は人との縁を、白い紙は運命や金、仕事などと縁を繋ぐ」


 まじか。

 それ、俺が欲しいんだけど。

 特に白い紙。


「僕、ずっと気になってる女の子がいて……でも、名前と学校しかわからないんです……それがあれば彼女と縁が結べますか?」

「もちろんじゃ。この紙にそなたが知ってる限りの彼女のことを書けば、必ず縁がつながる」


 俺は青い紙を一枚ちぎって、少年に渡すと、残りの紙を箱の中にしまいこむ。


「えっ? 一枚だけ? あと二枚はくれないんですか?」

「欲張ってはいけない。叶えられる望みは一つだけだと言ったはずだ。彼女との縁が繋がれば他の縁は必要ではないからな」

「そうなんだ……」


 少年はちょっと残念そうだ。


「さあ、この場で紙に彼女のことを書くがよい。名前以外で知っていることもすべて書くのじゃ」

「はい」


 少年は鞄から筆箱を取り出すと、早速紙に書き始めた。


 ヤガミチアキ

 西稲荷山高校二年

 毎朝七時三十分に狐塚駅から乗車、西稲荷山駅で降りる

 車両はいつも前から二両目


 彼が知っている彼女の情報はどうやらこれだけらしかった。


「彼女について知ってることはたったこれだけなのか?」

「はい。彼女とは学校が違うし、毎朝の通学の電車の中で見かけるだけなので。西稲荷山高の子で、二年生がつけてる青いバッジがついてるのと、友達との会話で「ちあき」とか「やがみさん」って呼ばれてるので、名前だけはわかってるんです」

「なるほど」

「あの……本当にこれで、彼女と縁が繋がるんですか?」

「もちろんじゃ。では、この紙を使って鶴を折るのじゃ」

「鶴?」

「そうじゃ。折り紙の鶴じゃ。鶴の姿にこの紙を折れば、願いは神に聞き届けられる」


 すると少年は困ったような顔をした。


「あの……僕……折り紙なんかやったことないんでわかりません……」

「情けないのう……今時の子供は鶴も折れんのか……どれ、貸してみよ。我が折ってやろう」


 俺も折り紙など折ったことはないのだが、今の俺の体はやこが支配している。

 折り紙など一度も作ったことのない俺の指は、あっという間に綺麗な折り鶴を完成させてしまった。


「すごい……」


 少年は素直に関心している。


「手のひらを出すがよい」

「はい」


 俺は少年の手のひらに、青い折り鶴をそっと乗せる。


「神に願いを聞き届けて欲しいと祈るがよい」

「はい」


 少年は目を閉じる。


「神様、僕の願いを叶えてください」


 少年の手のひらから折り鶴がふわりと浮き上がったと思った次の瞬間、鶴はパッと消えてしまった。


「消えた!」

「願いが聞き届けられたのじゃ。これで彼女との縁が繋がるじゃろう」

「ありがとうございます!」


 あれ? なんだこの変な感じ。

 喜んでいる少年を見て、俺は違和感を覚えた。

 少年の周りから立ち上る邪気が急に強くなった気がした。

 よくみると少年の左手と左足の縄がさっきより明らかに太くなっている。


 これは一体、どういうことなんだろう?






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