第7話 同姓同名の想い人(2)
俺は少年の腕を掴んで走り出していた。
「えっ? ちょ……ちょっと! いきなり何?」
少年は戸惑ったような声を出しつつも、強く抵抗することなく、俺に腕を引かれるままついてきていた。
駅前に近い雑居ビルの裏手で俺は立ち止まり、彼の手を離した。
「ごめん……驚かせてしまって。あまりびっくりしたのでつい……」
「びっくりしたのはこっちです」
「だよね……。ほんと、ごめん。あ……それと俺、怪しい者じゃないから」
「いや……突然見知らぬ相手の腕を引っ張って、こんな場所に連れてくる人は充分なぐらい怪しいです」
そう言って、少年は制服の上着のポケットからスマホを取り出す。
やばい。通報されるか? 通報されたらいろいろとまずい。
「あーあ。遅刻だ……」
時間を見ていただけらしい。少しホッとした。
「それで、僕に何の用ですか?」
「俺の話を聞いてくれるのか?」
「何か用があるから僕をこんなとこに連れてきたんですよね? それにどうせもう今日は遅刻なので、今から急いでも無駄ですから。お兄さんが僕に用があるというなら一応聞きます」
「ありがとう。助かるよ」
「用事は手短にお願いします」
少年はさっさと用を済ませて俺の側から離れたいのだろう。とても迷惑そうだ。
無理もない。いきなり見知らぬ男に引っ張ってこられ、学校に遅刻したのだから怒って当然だ。
「わ……わかった」
改めて少年を見ると、確かに彼の周りには見落としてしまいそうなほどうっすらとした邪気の霧が漂っている。そして、西稲荷山高校の彼と同じく少年の左手首と左足首に縄のようなものが絡まっていた。
「実は君の左手と左足に縄のようなものがついてるんだが……それは何かなと思って……」
「は?」
少年は驚いて自分の手足に目をやる。そして次に不審そうな表情で俺に言った。
「お兄さん、もしかしてヤバイ薬とかやってる人ですか?」
心なしか彼がジリジリと後ろに下がっている気がする。
完全に不審者扱いだ。
やはり彼には縄は見えていないのだろう。
「そういうわけじゃないんだが……ああ……なんて説明したらいいのかな」
「僕、そろそろ帰っていいですか?」
「それは困る……ああもうわけがわかんなくなってきた。ここから先の説明はやこに丸投げしよう」
俺はパーカーのポケットから赤い札を取り出し、雑居ビルの壁に貼り付けた。
壁に貼ると同時に札は消え、そこには大人が一人充分に通れそうな穴がぽっかりと開く。
「君、悪いけど俺と一緒に来てくれ」
俺は驚いて固まっている少年の腕をガシッと掴み、そのまま穴の中に引き入れた。
穴を通り抜けた先は、一期一会の蔵の前だった。
「やこ! いたら出てきてくれ」
「大声出さなくてもここにいるよ」
振り返るとやこは俺のすぐ後ろにいた。
「あれ? たつき。いきなり妙なことになってる人間を連れてきたんだね」
やこは少年を指差した。当の少年は自分の状況がよく把握できないのか、あたりをやたらキョロキョロと見回しているばかりだ。
「邪気を漂わせてる人間を探してたらとても強い邪気を持った上に、手足に変な縄をくっつけた奴を見つけたんだけど、俺、そいつは連れてこられなかったんだ。でも、そいつと同じように変な縄くっつけた奴をもう一人見つけて、とりあえずそっちの方は連れてきたんだけど……」
どうやら俺自身も混乱しているのか、よくわからない説明になっている。
「たつき、落ち着いて」
やこは俺の背中をぽんぽんと軽く叩く。
「薄いけど、一応邪気は出てるからあの子から悪縁のかけらを取り出せるか?」
「うーん。でもあの感じだとあまりかけらはないかもしれないね」
やこは腕組みをしてそう言った。
「そうなんだ……やっぱりもう一人の方を連れて来ればよかったな」
「そうでもないよ、たつき。あの子自体の邪気は薄いけどうまく行けばあの子をたどって大物が引っかかるかもしれない」
「大物?」
「うん。あの子、
「縁の縄?」
「うん。たつきにもわかりやすいように説明すると「運命の赤い糸」ってやつだよ」
「あの、「将来結ばれる相手とは左手の小指に巻かれた赤い糸で繋がれてる」ってあれか?」
「そうだよ。あの「赤い糸の伝説」は縁の縄について人間に伝わった話が長年の間に形を変えたものだよ」
「じゃあ俺が見かけたもう一人の方は……」
「あの子の運命の相手かもしれないってこと」
運命の相手ってまさか?
あれ? あの子も西稲荷山高校の彼も男だけど? いいのか? これ。
「待って、待って! 運命ったってあれ二人とも男だぞ?」
「縁の縄がつなぐ運命の相手ってのはいろいろあんのよ。別に結婚する相手だけじゃない。何らかの理由で運命的に強い絆がある相手と結びつくのが縁の縄の本来の姿なんだから……でも、あの子の場合ちょっと妙な感じがあるのよね」
「妙な感じ?」
「うん。ちゃんと繋がってないかもしれないから、そこをちょっと調べてみないと」
「そうなんだ?」
「うん。まあ、どちらにしてもたつきが見つけた強力な邪気を持った少年とあの子には何らかの縁があるのは間違いないみたいだから、あの子に一期一会の蔵の福を与えて、縁を強化するの。そうすればもう一人の方が必ず引き寄せられるから、結果的には沢山のかけらが手に入るはずだよ」
一人で取り残された少年はずっと不審そうな顔で俺を見ていたが、やがておずおずと俺のそばにやって来た。
「あの、お兄さん……さっきから一人で何やってんですか? 誰もいない場所に話しかけてるみたいに見えるんですけど」
「えっ?」
少年にはやこの姿が見えていないようだった。
「神使がそう簡単に人の前に出るわけないじゃない。ボクのことが見えているのはたつきだけだよ」
やこは俺を見上げてニッと笑う。
「じゃあどうすりゃいいんだよ。これじゃ俺、ただのヤバイ人だよ」
「仕方ないなあ……。じゃあ、あの子にはボクからうまく説明するから、たつきの体を少しの間借りるよ」
「……え?」
驚く間もなく、やこが俺の背中を両手でトンと押す。
次の瞬間、俺は全身が金縛りにあったような感覚に襲われた。
体の中に何かが入ってくるような、魂が何かに包み込まれるようなそんな奇妙な感じだった。
『ごめんね。ちょっとの間たつきの体を使うからね』
どこからかやこの声が聞こえる。
「人の子よ。我は福の神より遣わされし者である。迷い悩めしそなたに我が神より預かりし福を授けよう」
勝手に声が出る。確かに俺の声だがこれは俺が発した言葉じゃない。
おそらく俺の体をのっとったやこが発している言葉なのだろう。
でもさあ……。
何? このいかにも神の使いっぽい言い回し。
アニメか漫画にでも出てきそうな恥ずかしいセリフだよこれ。
我ながらなんかもう恥ずかしすぎて死にそう。なんか今すぐ地面に転がってゴロゴロ転げ回りたい気分。
でなきゃ今すぐここから飛んで逃げたい気分。
飛んで……ん?
気のせいかな? なんだか体が宙に浮いているような気がして仕方がない。
ふと目の前をみると、あの少年は目を見開いたまま信じられないという顔で俺を凝視している。
「か……神の使い……? あのお兄さんが……?」
そうだよね。
信じられないよね。俺なら笑う。冗談だろって絶対笑う。
「そうだ。我はそのままではそなたの目には見えぬ。それゆえ我は今、この男を依り代にしておる」
おいちょっと待て。
我とか依り代とか、何その
「そうなんだ……本当に神様の使いだったんだ……だから、お兄さんは宙に浮いてて、ちょっと光ってて耳と尻尾が生えてるのか……」
おいー!
なんで信じちゃってんの?
しっかりしろ高校生!
……って。
ちょっと待って。今、キミ何て言った?
俺、今どんな姿なの?
耳と尻尾が生えてるって……?
それが本当なら俺、あんまり今の自分の姿想像したくないんだけど。
獣耳と尻尾が生えたヨレヨレのパーカーを着た神の使いって……これ何の罰ゲームなの? 勘弁してくれよ。
「そなたは福の神に選ばれたのだ。さあ、そなたの望みを叶えよう」
ちょ……相変わらず厳かな雰囲気で喋ってるけど、俺が喋ってるんじゃないからね?
確かに今喋ってるのは美少女の神使ですよ?
でも、外側は俺だから。神どころか超不幸体質の二十七歳の無職の男だから。
ありがたみもクソもないと思うんだけど。
「福の神様は僕の願いを叶えてくれるんですか?」
ねえ、そこの高校生。
そんなにあっさりと素直にこの異常な状況を受け入れるとかやめて?
なんかこっちが恥ずかしいんですけど。
「そうだ。神の意向によりお前に福を授けよう。さあ、我についてくるがいい」
ぐあー!
俺、今きっとドヤ顔でこのセリフ吐いてんだろうなあ……。
もういいや……もう見なかったことにしよ。
やこに乗っ取られたままの俺は、精神的に相当なダメージを受けつつ、少年と共に一期一会の蔵へ向かった。
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