第10話

 商店街の夏祭りの夜はあいにくの夕立で外に出るのは難しいと思った。

 残念な私、せっかくの誘いだったのに。

「行けば、せっかく浴衣買ったでしょ」

 母は浴衣を着付けてくれた。どこから持ってきたのか、お箸のような黒塗りのかんざしの先には小さな星の飾りが三個ついていた。

「ありがとう、行ってくる」

「アタシも後で行くけど、気にしないで。鍵を持って行きなさい」


 私は大粒の雨がまばらに降る中を、傘を差してラスパに急いだ。待っていてくれるとは思っていない。あの顔立ちだから、きっとJKや女子大の女の子たちに囲まれていることだろう。私のようなおばさんなんてと思う気持ちと、会いたい気持ちが鬩ぎ合う。

 店の前にはテントが張られていたがあいにくの雨でかき氷の道具にはナイロンが掛けられていた。

 私がラスパの中に入ると、黒いTシャツに白いGパンの健志くんが忙しく働いていた。店内で焼きそばや、かき氷を出していた。案の定、若い女の子たちがスマホをかざして健志くんと一緒に写真を撮っていた。

 困ったわ、浴衣なんか……。

「友佳梨さん、ここ!」

 健志くんが指を指した窓際の席は空けてあった。

 私は少し猫背で席に座ると気恥ずかしくなってしまった。

 店の奥から、健志くんは七色のかき氷と、イチゴパフェを両手で持ってきた。

「もう、来ないかと思った。良かった。待っていたんだ。これは友佳梨さんだけのスペシャルメニューです」

「ええ? こんなたくさん食べられないよ」

「じゃあ、半分こしましょう。ね」


 こんなことあるなんて思わない、夢に違いないと思ったりもする。けれど、今、この瞬間私は大盛りのイチゴパフェを作ってくれた健志くんの顔を見ながらスプーンを入れて白いクリームを食べる。甘いからきっと夢じゃない。

「僕が次に食べるから、はい、ちょうだい。浴衣すごく似合ってるね。でもぽっちゃりしている方が僕は好きだけど」

「じゃあ、かき氷ちょうだい。とけちゃう。あと焼きそば食べたい。後で雨が上がったら、一緒に歩いてみよう、時間ある?」

 調子に乗った私が言うと、

「ここは親父と、バイトの女の子に頼んで抜けだそう、そのつもりだった」

                      

                        了


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あの夏、あの人と…… 樹 亜希 (いつき あき) @takoyan

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