第9話

 私は何度も頭の中で彼の一言を繰り返していた。自分から誘うために入った店で久しぶりの普通の食事に我を忘れた恥ずべき姿を見せてしまったくせに。

 待っています、それは私のために向けられた一言だ。母には悟られないように、スマホで今期の流行の浴衣を検索する。あの夢のような二人だけの時間が私に与えられるのなら、今の私は何だってできると思った。

 前に思っていた、大人の雰囲気の柄を探す。彼岸花はなかったがテッセンに濃い紫のストライプの浴衣なら、明日には到着すると書いてある。これだ! 

私は迷わずタップした。値段も一万円以下とリーズナブルで下駄やバッグまでついている。

「お母さん、浴衣の下には何を着るの?」

 今までぽっちゃり体型で誰とも夏に出かけることもなかった私が浴衣など着ようものなら電信棒ほどのビジュアルでしゃれにならない。着るはずもないし、着たこともない。

「ええ? 友佳梨ったら。そんなことも知らないの? 肌襦袢を着るんだよ。あんたもっていないだろうね」

「そうなんだ、そうか。知らなかった。商店街に行ったら洋品店で売ってる?」

 私はテレビを見て笑っていた白いパックをしている母にそれとなく尋ねた。

「無理無理、着物扱う店に行かないと。あんた、浴衣なんて。あ、急に痩せたモノだから、商店街の夜店にでも行こうってこと?」

 パックのままでは母の表情は分からない。でも、しばらくの沈黙の後に、立ち上がるとリビングを抜けて、消えた母が何かを持って戻ってきた。満面の笑顔で。

「はい、これ。私のだけど、新品だから。かなり前のだけど、いけると思う。楽しんできなさい」

 私の勇気が母にも伝わったのだろうか、女同士。こんな時はお母さんって頼りになるとうれしくなった。

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