第8話
「たくさん、デリバリーの店ってあるじゃないですか? うちのラスパをよく注文してくださった理由って何ですか?」
健志くんはそれが聞きたかったのかと私は少しがっかりした。ラスパという店は大手チェーン店ではないのでわずかな客を逃せないということなのだろうか? 私は言葉を選びながら答えを探した。
「サイドメニューが安いし、私はパスタが好きだったことと、注文価格が最低1300円で配達してもらえることかな?」
「あ、そうなのですね。なるほどなあ」
「バイトなのに、熱心なのね」
「そうなんですよ、バイトはバイトでも親父が店主なもんで。ただでこき使われています」
「あ、そうなんだ」
私は思わず健志くんの顔を見た。健志くんは私の顔を暗闇の中でちらっと見るとうなずいて続けた。
「あんな小さい店でも、続けて行くことは大変なんです。だから配達の方にも飽きられないように品を季節で変えたりしてね」
「だから夏のパスタなどを出していたのかあ」
私は話しに夢中でもうすぐ自宅マンションだと気がつかず通り過ぎそうになった。こんなに普通の会話が楽しいなんて。
生暖かい風がふいていた。信号を渡るとそこがマンションのエントランスだった。築二十年だけど。
「お姉さん、また来てください、注文でもいいですし」
「ねえ、健志くん。お姉さんは嫌だな。竜崎と呼んでください」
「なかなか堅い名前ですね、下の名前は?」
「友佳梨ですけど」
私は恥ずかしいと思いながらも、これは彼の営業トークだと分かっていた。
「友佳梨さん、夏バテには気を付けてください。痩せすぎて心配しますから」
(ええ? 私、ダイエットしてきれいになりたかっただけなのに)
「ありがとうございます。分かる? 痩せたって」
「そりゃあ、分かりますよ。でもお仕事が忙しくてもちゃんと食べてください。僕が10時までなら配達するんで。大学が始めると昼間の配達はバイトの女の子になりますけどね。あと、次の日曜はうちの商店街の縁日なんですよ。
僕は外でかき氷出すので、友佳梨さん、来ませんか?」
私は夜の星に心を打ち抜かれた。星の形に胴体に穴が開く。
「え? 誰にでも声かけてんでしょ」
「そんなことないですよ。誰にも言ってないけど、ポスターに描いてあります」
(浴衣、通販で注文して、間に合うかな)年甲斐もなくにやけて彼に手を振った。無理に痩せることなかったのか、痩せたから声を掛けてくれたのかは分からないけれど、そんなのどうでも良かった。
「待ってますよ!」
健志くんの声が夜空の下に響く、私の心は少女のように震えていた。こんな嘘みたいなことがあるなんて。
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