第7話
会社の夏期休暇も重なり、私はトレーニング16回も残すところ、あと2回になった。食べることをセーブしたとともに、デリバリーのパスタも我慢していた私は、トレーニングの帰りに健志くんがアルバイトしている店に寄ってみようと思った。八月ももう終わりにさしかかり、夏祭りは地蔵盆の二十二日と二十三日のどちらか。ダメ元で誘ってみるなら自分から。
私は「ラスパ」の自動ドアが開き店内に入ると宵闇の見える窓際の席に座った。今日は少しだけならチキンとポテトフライを食べてもいいかなと注文をとりにきた女の子にオーダーを出した。母には内緒だ。
おいしい、とてつもなくおいしい。なんということだろう、久しぶりの油の味が口の中いっぱいに広がり幸せな気持ちになる。トマトとバジルの冷製パスタのオリーブオイルは涙が出そうだ。
「お姉さん、お久しぶりです。僕、今日は内勤なんですよ」
奥のテーブルを片付けるために黒いエプロンを着けている健志くんが私に声を掛けてくれた。食べるのに夢中で気がつかなかった、なんてことだろう。食べることもさながら、一目彼の姿を見たいと思っていたくせに、自分が食欲全開で食べている所を見られるとは不覚だった。
「うん、仕事が忙しくて帰りが遅かったり、土日も出勤していたの」
嘘をついた。私は紙ナプキンで口を押さえた。ライザップに行っていたなんて言えるはずはない。
「あれ? なんだか雰囲気変わりましたか?」
「そんなことないよ、仕事が忙しくてね」
「痩せたみたいに見えます、お仕事大変なのですね。ゆっくりお食事楽しんでください」
健志くんはお辞儀をすると、まばらになってきた店内を見回していた。時間は夜の八時過ぎ。店は十時までだが、デリバリーはあっても店内で食事をとる人は多くはない。私は痩せた自分に気がついてくれたことに少しうれしく思うと同時に、以前のように全部食べてしまうことができないことに気がついた。
会計を済ませると私は店を出て、母の待つマンションに帰ろうとした。夜店に誘うタイミングははしたない姿を見せてしまったことで失った。
「待ってください」
「?」
あ、健志くんが私服に着替えて外でゴミを出していた。
「これから帰るのでしょう、送りますよ。僕も今日はこれで上がりなんです。自転車出すのを待ってもらえます?」
「ええ、いいけど。子供じゃないから一人で帰れます」
「同じ方向なんですよ」
子犬のような笑顔は夢の中と同じだった、これはまた夢ではないのかと私は確かめたいと思った。脇腹をつまんだ、いつもはくびれなんかない脇は少しだけの凹みが確認できる。
「痛い」
「えっ? どうかしましたか?」
独り言だったのに。
これは夢なんかじゃない。彼の笑顔は今だけは私のモノだと思えた。
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