事件一か月前 萬屋友子の日常5

 先週、銀猫さんにアドバイスを貰ってからというものの、陽菜ちゃんは事あるごとに遥さんの教室へと向かっていた。勿論わたしも銀猫さんを紹介した手前、陽菜ちゃんたち二人の行く末が気になって、何回かはついて行っていた。


「もう、何なのよ陽菜! そんなに私の惨めな姿が見たいの!?」


 それはわたしが付き添い始めてから一週間、そろそろ遥さんにも顔を覚えてもらえたかな、という頃だった。


 いつも通り昼食のチャイムと同時に教室を飛び出した陽菜ちゃんを追いかけて、一緒に遥さんを探す。大体いつも購買部でサンドイッチを買っているから、もう彼女を見つけるのは全く手間のかからない作業になっていた。


「良いよね陽菜は、友達がいっぱいいて、私に友達がいないから自慢してるんでしょ? わかったから私の事はほっといてよ!」


 ただ、見つけるのは簡単でも遥さんをなだめるのは一筋縄ではいかなかった。


「そういうつもりじゃ……遥、そんなこと言わないでよ」


 陽菜ちゃんはまた泣きそうな顔をする。遥さんに怒鳴られるたび、決まってそういう顔をするので、わたしは胸が締め付けられる思いだ。


「ま、まあまあ、三人でお昼ごはん食べようよ」


 殺伐とした雰囲気での食事は、わたしも嫌だ。それに、がっかりした様子でお弁当をつつく陽菜ちゃんも、私は見たくなかった。


「……そうだ! わたし、お母さんに昨日の残り物を多めに入れてもらったの! 三人で食べようよ!」


 なるべく身振り手振りを大きくして、険悪な雰囲気を退散させようと頑張ってみる。


「トモ……」

「ちっ……」


 そんなわたしを見て陽菜ちゃんは女神を見るかのような視線を向けてきて、遥さんは露骨に舌打ちをしつつも頷いてくれた。


「じゃ、じゃあ……あそこにしよっか、早くしないと大きいテーブルしか残らなくなっちゃう」


 購買部は食堂の一角に構えられていて、その食堂は他の生徒たちでどんどん埋まり始めていた。


 食堂の席は大テーブルが三つ並んでいて、それの周りに三人から四人用の小さなテーブルが、等間隔に配置されている。


 十人も二十人も集まって食事をするグループは少ないから、必然的に小さいテーブルから席が埋まっていく。


 わたしはその中でも真ん中に近いところにある。四人掛けのまるいテーブルにお弁当を置いた。陽菜ちゃんと遥さんもそれぞれ自分のお昼ご飯を置いて、わたしを挟むように座る。


「じゃあいただきます。だね」

「そうね、食べましょう」

「……」


 わたしと陽菜ちゃんは口元を緩めて、お弁当の前で両手を合わせる。


 あまりやる人は居ないけれど、どうしても「いただきます」の仕草だけは癖でやってしまう。高校に入った時はみんなから笑われたけど、今は陽菜ちゃんも含め、わたしとお昼を食べる時は、同じように両手を合わせてくれる。


 きょうのお弁当のおかずは……


「トモの家、昨日の夕飯は肉じゃがだったんだ」

「うん、お母さんが作る肉じゃがはおいしいんだよ」


 当り前だけど、肉じゃがはわたしの大好物の一つだ。茶色と白でぜんぜん彩りがないけれど、おいしさだけで十分そのデメリットを消せる。最高のおかずだ。


「はい、陽菜ちゃんと遥さんもじゃがいも食べていいよ」


 わたしはお弁当のふたに、少し多めに入れてもらった肉じゃがを乗せて、前に差し出す。遥さんは箸を持っていなかったから、鞄に入っていたコンビニの割りばしをつけてあげた。


「ありがと、トモ」

「……ババ臭いわね、貴方」

「でも、わたしが持っててよかったでしょ?」


 割りばしを見咎められて、わたしは唇を尖らせつつも、いたずらっぽく笑って見せる。


 ここ数日、遥さんと会話して気が付いたのは、口が悪いけれど別に悪意があって言ってる訳ではないという事だった。


 例えば、今だって心の中で思ったことをそのまま言ってしまっただけで、別に「ケチで意地汚いおばさんみたいだ」なんて思ってるわけではなくて、遥さんにしてみれば「家庭的」だとか「準備が良い」みたいな意味で使っているはずなんだ。


「うん、おいしい、トモのお母さんは料理上手だね」

「そんなことないよー、夕飯はいつもサラダ以外は茶色いし、全体的に薄味だし……」


 陽菜ちゃんが、良く噛みしめるように味わいつつ、褒めてくれる。わたしが褒められたわけではないのに、ちょっとくすぐったい気分だった。


「薄味っていう事は、健康にも気を使ってるんだ。私も今度、味付けを控えめにしようかな? ね、遥」

「んっ!? ……な、何よ?」


 遥さんは、陽菜ちゃんに声をかけられると思っていなかったのか、口に含んだ肉じゃがを慌てて飲み込んでから、陽菜ちゃんにこたえた。


「トモのお母さんが作った料理、おいしいよね?」

「サンドイッチと肉じゃがじゃ、合わないわよ」


 た、確かにそうなんだけど……!


「あはは、ごめんね遥さん、次はパンにも合うおかず入れてもらうよ」


 わたしは苦笑いして、陽菜ちゃんの方をちらりと見る。さすがにこの返答は予想外だったようで、陽菜ちゃんも顔が引きつっていた。


「まあ、悪くない……わね」


 遥さんと友達をするのは、すごく難しそうだなぁ……


 お昼ごはんを一緒に食べるたびに、わたしはそう思う。


 わたしや陽菜ちゃんのように、遥さんの言葉選びが壊滅的なことをわかってる人は、そんなに多くない。大多数の人たちは、遥さんの一見してキツすぎる物言いに、自然と離れて行ってしまうだろう。


「……」


 どうにかして、遥さんの言葉遣いが何とかならないかな、と考えていると、その本人と目が合ってしまった。


「……えへへ」


 どうにも居心地が悪くて、愛想笑いをしてしまう。遥さんはそんな私を見て、露骨に目を逸らした。


 うーん、陽菜ちゃんとの仲直りもだけど、遥さんの友達になるのもかなり難しそうだなあ。

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銀猫さんとバタークッキー 奥州寛 @itsuki1003

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