1-4
人類を圧倒した、《ノシキ・クァソ》のテクノロジー。
人類と彼らとを隔てたのは、二つの技術の有無だった。
一つは、ワームホールを用いた空間転移技術。
宇宙の彼方から地球に到来するなどというスケールにおいても当然だが、少数の戦力を距離に縛られず何度でも再配置できることは、戦闘においてあまりに強大なメリットだった。
そしてもう一つが、千変万化の特殊流体金属だった。
一見して水銀や融解した
白兵戦においては、歩兵の強化外骨格として猛威を振るった。銃弾を弾き返す装甲に全身を包み、剣から紐まで変化する自己修復可能な武器を手にした、三本足の大柄な宇宙人。
それが最低でも数百体単位で攻め込んでくるのだから、人類に勝ち目は無かったのは火を見るより明らかだろう。
――
開発者である
確かなのは桃國大樹という人物が《ノシキ・クァソ》出現時点ですでに自在金属の応用技術を自分の物としており、その力で戦った『あの六人』こそが新達であることだけだった。
避難する住民とは逆方向へ、新は宙を跳ね進む。時折人々がその姿に気付いて驚きの声をあげるが、新は気にしない。
三度ほど飛んだポイントで、眼下に自販機を捉える。杏子の言っていたものだ。
近くに降り立ち、新は自販機に手を触れる。
(この感じ、確かに自在金属だ……けどどうして?)
どうしてそんなものが用意されている?
その答えを知るのは、恐らく杏子のみだ。
後で問いたださなければならないと心に刻むと同時――背後に感じた殺気に、新は自販機を持ち上げて振り回した。
自販機は、新を屠るべく振り下ろされた一撃を受け止めた。
衝撃が新の体を貫く。
「くっ……」
攻撃をもろに受け止め、新は後方に数メートル吹き飛ばされた。それでもどうにか体勢を維持し、新は攻撃を仕掛けてきた相手を確認する。
その姿に、新はマスクの下で目を見開いた。
そこに立つ者は、明らかに人の姿をしていた。
かつて新達が戦った《ノシキ・クァソ》の歩兵は、イソギンチャク頭を球状のヘルメットで守り、三本足をくねくねと動かしていた。しかし、目の前の存在はそうではない。
大きさも佇まいも、人のそれ。
それどころか、その姿は――。
受け入れがたい現実に、新は苦笑する。
「おいおい、冗談キツいぜ……」
細身ながら十分な筋肉を湛えた肉体。
そのフォルムを誇示するように包み込む、赤いスーツ。
もしも新が見知ったものだったら、その上には獅子をモチーフとしたマスクを被っていただろう。しかし、目の前の相手は素顔を晒していた。
その顔も、新は知っていた。
ツーブロックの、爽やかそうな青年。
歯の浮くようなセリフばかり口にしていた男。
最年少にして『あの六人』のリーダーを務めた、かつての戦友。
「何やってんだよ……
飾り気のない自在金属の大剣を手に、男――
「……」
表情を変えず、赤城は大剣を構える。その目にはもう、周囲にうざがられるほどに燃やしていた正義は感じられない。
かつて共に戦った仲間が、敵として現れた。
その状況に驚きこそすれ、新の心は比較的落ち着いていた。
(こいつは、偽者だ)
外見こそ本人だが、漂わせるオーラが異なる。
何より、新は知っていた。
赤城廉という男がいかにして戦い……そして、いかにして死んでいったのかを。
襟を正すかわり、新は指で首をなぞる。
心を切り換え、そして、呼びかける。
(出番だ、ウェポ助)
『……おわっ、何や、戦闘中やんけ!?』
新にだけ聞こえる、関西弁の電子音声。
新の中に住まう自在金属武装制御用補助人格〈フレキシブル・ウェポン・アシスタント Ver.3.4.1〉――新が「ウェポ助」と呼ぶ、内なる相棒が
『え、なに、いきなりすぎひん? しかも相手赤城のクソガキやないですか!? どーゆー状況!?』
(俺もよく分かってないんだよ。いいから、
『えぇ何ですかそれ……後でちゃんと説明してくださいな!』
瞬間、新の右手から電流が迸る。さっきまで自販機の形をしていた自在金属が
自在金属は、通常液体として存在する特殊素材だ。
しかしそこに電流を流すことで、原子の結合状態が変化し、通常時とは異なった振る舞いを見せる性質を持つ。その振る舞いは自在金属の質量と、流す電流の電圧・励起パターンによって複雑に変化する。
収集された変形データから、目的に適ったシグナルを探しだし、それを用いて任意の形状に固化させる。それこそが自在金属の操作技術の根幹にあるものだった。
大剣を振り上げた赤城が新に襲いかかる。
脳天目掛けて振り下ろされたそれに、新は生成した剣を引き抜き、振りつけた。
ガキィン!
けたたましい金属音が鳴り響く。
続けざまに、二度、三度。
攻撃を防ぎながら、新は余った自在金属で短剣を生成する。
出来上がったのは短剣と呼べるのかすらも怪しい、打製石器のような破片だ。
わずかな隙を見計らい、短剣を投擲。咄嗟にバックステップで避けようとした赤城の腹部に、刃先が突き立てられる。接触した瞬間、短剣に仕込んだ電気シグナルが赤城に襲いかかった。
新の描く最善のシナリオでは、赤城のまとうスーツの形成シグナルが無効化され、初期状態の液体に戻る手はずだった。
しかし、短剣はスーツに弾かれた。
ここまで五秒にも満たないやり取り。
元の間合いに戻り、新は息を整える。
『解除シグナル効いてまへんで新はん、プロテクト反応も無しや』
「つまり、そういうことだな」
新が短剣に忍ばせた解除シグナルは、自在金属の性質上、かつて赤城が身につけていたスーツの質量ちょうどの自在金属にしか効果を発揮しない。それが弾かれたということは、自在金属の質量が変化していることを示していた。
『見た目変わらんで減ってるっちゅーことはないやろから、かさ増しの方やね』
「スーツが強化されている、と見るよりは」
新と同様、肉体を自在金属に置換している――。
『それどころか、全身自在金属かも知れまへんなぁ』
「勘弁してくれ……」
しかし、新はウェポ助の言葉が真実であることを薄々悟っていた。剣を交わした時に感じた力が、新の知る赤城と比べて明らかに強かったからだ。
攻撃をいなすのが精一杯で、もしまともに受け止めていれば、剣ごと一刀両断されていたに違いない。新は遅れて肝を冷やす。
「さて、それならどう攻める? 全身質量用の解除シグナルをお見舞いしてやるか?」
『いやー、正解の方は
「手間だな――それに」
再び攻撃を仕掛けてきた赤城。
その一閃を紙一重でかわし、新は剣を振り抜いた。
カウンターの一撃は赤城の左腕を捉え、スーツごと二の腕を中ほどまで切り裂く。
続けざまに振るわれた剣をかわし、赤城は距離をとる。
バチバチ、バチバチ……!
弾けるような音が鳴り、赤城の切り裂かれた二の腕に電気が走る。傷口周辺の腕が液化し、形を変えていく。最後に大きな音を立てて固化すると、赤城の腕はスーツごと元通りに再生していた。
「致命傷与えないとこうなるわけだろ?」
『うわぁ……自分で使うのはええですけど、
多少の再生能力なら新も持ち合わせている。しかしあれほどまでの傷を受けたなら再生には相応の時間が必要になるし、当然痛覚も存在したままなので滅茶苦茶に痛がる。
目の前の赤城は、新よりもはるかに速く、そして表情を一切変えず、腕を再生した。
それは相手の方が自在金属の割合が高く、ヒトをやめたか、もとよりヒトではない存在であることの証左に他ならなかった。
なら、躊躇う必要はない。
新は剣を構え直す。
そして、目の前の存在を赤城廉として認識することを止めた。
「勝ち筋は一つ――
『うひゃー、長引きそうですなぁ』
「いくぞウェポ助、次回更新で片付ける!」
『連載漫画ちゃいますでーーーー!?』
ウェポ助のツッコミが合図となるように、両者は地面を蹴り駆け出した。
場面ライダー・シーン PROLOGUE 緒賀けゐす @oga-keisu
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。場面ライダー・シーン PROLOGUEの最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます