夢を叶える物語~それはフィクションだと言われていた~

@meumeu8739

夢を叶える物語~それはフィクションと言われていた~

 僕の名前は黒田くろだ哲人てつと。都内のとある高校に通う何の変哲もない高校二年生だ。


 成績は学年でも中の下くらいで、顔は中学の頃に少し告白されたくらい。それ恋愛も高校生になってからはすっかり疎遠になり、部活にも入っていない俺は女子と話すことが殆どなくなってしまった。運動や性格も特筆することが無い僕は平凡に輪をかけたような人間としてひっそりと暮らしてきた。


 そんな僕が今ハマっているものがある。それはライトノベル──その中でも俺は異世界転移というジャンルにハマっているのだ。


 異世界転移、素晴らしいジャンルだ。地球で大して報われなかった人が神様に特別な才能をもらって異世界で大活躍をする。シンプルながらも人の心を惹きつけるストーリー。それが僕の心を強く刺激した。


 だからか、僕は自然と夢を見ていた。あれは深夜、星のない東京の夜空を眺めながら小説の世界に耽る。そして意識が現実に引き戻される度に思う。


 ──ああ、僕もあの世界に転移いけたらなぁ。


 僕はいつも夢見ていた。そして、今日も今日とて眠りにつく。


 いつものように僕は寝て起き、夢から覚める。目を開ければそこは現実が広がっている。しかし、それ現実がいつもとは全く異なると感じたのは起きて間もない時だった。


「ここは……?」


 目が覚めたらそこは草原だった──なんて奇想天外なことが起きる筈がない。そんなことが起こっていいのは非現実フィクションの世界だけだ。

 夢は醒めた、ならばこれは現実だ。

 ありきたりな異世界転移ものでも書けそうな一文と寝ぼけた頭を掻き消すように目を擦って、大きく体を伸ばす。


「……僕はまだ寝ているのか?」


 いくら目を擦っても、目の前の光景が変わらない。まさにファンタジーだと言わんばかりに広がる草原、そして僕からしたら定番のスライムやウルフなどの魔物。


「現実……なのか?」


 ──異世界転移だ。


 この現状を見て僕は直感で、けれど確固たる自信をもってそう確信した。

 立ち上がってもう一度目の前に広がる草原を見渡す。膝下をチクチク刺激する短めの草、化学を欠片も感じない澄んでいておいしい空気、ふさふさな毛皮を持つウルフにぷにぷにの体を持つスライム。感触も質感も、五感の全てがこれを現実異世界だと告げている。


 その全てが僕が追い続けていた異世界であり、そして半ば諦めていた現実異世界だった。


 まあ、だからと言ってサバイバルの知識もない僕が水も食料も持たせずにこんな草原のど真ん中に放り出されて、嫌でも感じる死の匂い。そんな状況で嘘でも嬉しいなんて思えるはずもなく……


「よッッ──しゃぁああ!!」


 嘘です、めっちゃ嬉しいです。僕に近づいて来ていた魔物たちが咆哮に驚いて直ちに踵を返していく。だってさ、考えてみて欲しい。叶うはずのない夢が目の前に降ってきたんだぜ?


「まずはスライムを倒すべきか?「いや、街を探した方がいいよな。「水も食料もない。「スライムって食えるのか?「ウルフは?「あれ、俺って何が出来るんだ?「魔法は「神様は?「美少女は?」


 何もない、それがこの数時間かけて出した結論だった。だが、何も無いのは今までと同じだ。そして、今までと違って希望はある。この異世界で生き残る為に必要なことを考えよう。


 僕が未来に目を向けて、今からどうしようと悩んでいるとどこからか「キャー!」という甲高い叫び声が聞こえてきた。気づけば日は沈みかけて夕方、真っ赤な太陽が顔を半分隠している。


 声の聞こえた方向に目を向けると、そこには横に倒れている馬車が三台。馬はすでにどこかに逃げたようで、馬の代わりに馬車の周囲には戦っている数人の騎士達とその数を大きく上回る盗賊らしき浮浪者たち。


 ──そして、騎士達に守られているような上品な服を身につけた美少女が一人。


 脳よりも先に体が動いていた。

 テンプレだからとか、美少女を守りたいからとかではなく、異世界を夢見た一人の男として自分の夢を追い続けるために僕は目の前の美少女を救うべきだと考えた。脳ではなく心で考えたのだ。長年運動をしていなかったこの体は数十メートルの走行にすら音を上げてしまったけど、僕は地を這ってでも足を動かす。


「そんな……ガルア、ヒューラン、みんなどうして動かないの?」

「へっへっへ、そりゃあ全員俺が殺してやったからな。俺の実力は騎士より上ってわけだ。」

「流石っス、アニキ!」

「まあな。さ、バレない内にさっさとこいつを依頼人に届けて報酬を貰いに行こうぜ。」

「誰かっ……助けて!」


 異世界に来た。夢を叶えた。これから起こる波乱万丈な冒険の日々と俺の輝かしい栄光の旅路を想像した。そして、目の前には盗賊に殺されかけている一人の少女。


 目の前の女の子すら救えない僕に明日に夢見る資格など必要ない!


「僕が助ける!」


 ──その日僕は生まれて初めて魔法を使った。



 あれから数か月が経つ。あの日から始まった僕の異世界生活はそれはそれは目まぐるしい日々だった。


 あの後、僕の使える魔法が実はユニーク魔法、俺にしか使えない特別な魔法であることが発覚した。それを教えてくれたのはあの日僕が助けた美少女、彼女の名前はルリア・ランドロール。

 彼女曰く、「私はこのランドロール王国の第一王女です。」


 名前も知らない国の王女を名乗った彼女は婚約者に命を狙われているらしく、僕が倒した盗賊もその婚約者が雇ったプロの殺し屋だとのこと。それを聞いた僕は彼女の護衛としてたった二人で冒険者として国を抜け出すことにした。


 それから国を出た先で出会ったエルフの魔法使い、ラーニャと仲間になり、エンぺリアル帝国の闘技場で闘技大会に優勝して獣人のグリーナと仲間になった。すると今度は聖国ではクーデターが起こっていて、クーデターの主犯格を倒して国の危機を救った。そんなこんなで聖女リリをも仲間に加えた僕は帝国の闘技場で、聖国の教会で、森羅国のジャングルで、獣人国の僻地で、それは目まぐるしい冒険を続けて、そして──。


「私もテツトさんが好きです。でも、私はランドロール王国の王女。冒険者のテツトさんとは付き合うことが出来ません。」


 ──原点に戻って来た。



「お前が紅蓮の魔法使い、アルファ・カルフィードか。」


 僕は目の前の真っ赤な髪を持つイケメンに対して、あくまで強気に、そして怒りを押し殺しながら問い質した。こいつはランドロール王国の公爵家、カルフィード家の三男であり、最強の魔法使い。


 ──そして、ルリアを殺そうとしたルリアの婚約者である。


 僕たちは今ランドロール王国の王城にいる。国王が崩御して以降、ルリアの婚約者であるアルファ・カルフィードが王政を行っているこの王城に。


「何者だ貴様! 平民が何の許可もなしに窓から侵入しよって。ここを王城と知っての狼藉か!」

「アルファ様、ここは私達に任せてお逃げください! 賊は必ず仕留めて見せますので!」


 そんなところに窓から侵入したら突然こうなる。アルファの後ろに控えていた二人の騎士が僕の行く手を阻む。仕方ない、僕は腰に差した木の杖を使って倒そうとする。それはまるで子供が拾って振り回す木の棒ような貧相な見た目だが、実のところそれは世界樹ユグドラシルというエルフの森の中心にそびえ立っていた大樹の枝から作られた最強の杖にして数か月の冒険を共にした相棒だ。


「問題ない。お前ら、下がれ。」

「し、しかし!」

「勘違いするな。こいつが俺に用があるのでばなく、俺がこいつに用があるんだ。なあ、貴様なんだろう? 我が愛しの婚約者であるルリア・ランドロールを誘拐し、世界各地に連れまわした忌まわしき誘拐犯というのは。」

「愛しの婚約者だと? 散々ルリアを殺そうと刺客を送ってきたお前がどの口利くそんな言葉を吐けるんだ!」

「ルリア、か。人の女を呼び捨てるのは異世界の文化か? 黒田哲人。」

「なっ、なんで僕が異世界人だって……!」


 そのことはルリアにすら言ったことがないというのに。僕は動揺を隠そうと無表情を作るように努めたが、目の前の男には無意味。


「稀に見ぬ黒髪で中肉中背、見たことも無くそれでいて強力なギフトを使っているという情報が入った。偶然そういう特徴をもつ異世界人が出てくる御伽噺を勧められて読んだことがある。昔の記憶で曖昧になるが、それはさておきだ。」


 そうアルファは言葉を切ると辺りを見渡す。それはまるで何かを探しているようにも見える。


「ルリアはどこにいる? 俺が夢を叶えるためにもあいつには帰ってきてもらわないといけないんだが。」

「残念だが、隠れてもらっているよ。ルリアはお前と戦うには少し荷が重い。」

「俺と戦うだと? 最強の魔法使いにして、ルリアの婚約者であるこの俺と? まあ、いい。貴様がこの期に及んでルリアを隠しているというのならば俺は貴様を殺さねばならない。」

「そうか、それじゃあ話が早い。僕、黒田 哲人はアルファ・カルフィードに決闘を申し込む!」

「決闘、か。俺は決闘が苦手でな。どうせならこの王城で数の利を生かして貴様を圧殺したいところだ。なにせ魔法使いは本来一人で戦う人種ではないからな。だが──」


 アルファは僕を憐れむような目で見る。


「相手が魔法使いなら話は別だ。その体格に恰好、杖を見るに魔法使いのそれだろう? 貴様が魔法使いならそれこそ自殺行為としか言えない。」


 ──俺は最強の魔法使いだ。


「いいだろう。受けて立つ。お前ら、死にたくなければ下がっていろ。ただし、目に焼き付けろ。恐らくこれが最後の炎だ。」


 アルファはそう言って今までの敵とは比べ物にならないような殺気を放つ。今までの刺客や魔物たちとは比べ物にならない。腐っても最強ということか。腐っているのは婚約者を殺そうとした性根と性格なのだが。


 僕は殺気を散らすために大きく深呼吸をして意識を正常に保つ。確かに目の前の男は最強の魔法使いかもしれない。だが……


 ──俺のギフトは『虚空ヴォイド』、世界でたった一つのあらゆる魔法を打ち消す能力だ。


「悪いけど相性はこっちの方がいいみたいだ! お前を倒して僕は一人の女の子を救うことにするよ!」

「ふむ、最強の魔法使いという肩書にも飽きてきたところだ。貴様を殺した後にルリアと結婚して、晴れて国王を名乗ることにしよう。」



 僕は異世界に行くことが夢だった。いや、正確には自分自身にそう言い聞かせていた。叶うはずがない夢を見続けているその時間だけが現実を忘れていられると思ったから。しかし、それは間違いだった。夢を見ている時間も当たり前のように現実は時を進め、夢から醒めて現実に目を向けた者だけが結果を残せる世界。それが地球だった。


 夢だとか現実だとか将来だとか、そんな大人になっても哲学者になっても答えを出せないようなことに悩み続けて、けれどもそんなことをしている間にも現実世界では時が過ぎていき、受験やらなんやらで悩んでいる暇が無くなった中学生のあの頃。折り合いをつけて悩むことを辞めた俺は受験が終わったある日、答えのない問題に悩み続けるという自分を客観的に見つめなおした。あの頃の貴重な青春を三年間も無駄にした俺を客観的に馬鹿だと思った。高校生になったら青春を送ろうと誓った。


 ──しかし、送れなかった。


 僕はかつての自分を馬鹿にした愚かな自分に嫌気がさした。答えを出せずに妥協して悩みを捨てた俺が、答えを出そうと頑張っていた俺を馬鹿にする権利なんて一切ないと知ったから。


 部活に三年間の全てを注ぎ込む青春、三年ばかりの友達と今を楽しむ青春、三年間を一生分かち合う友達と喜怒哀楽を共にする青春。そんな青春に俺は価値を見出せなかった。


 地球で青春を送れなかった者達がそれでも諦めずに追い求めた青春を、俺もこの現実という名のしがらみから抜け出して送りたかったんだ。

 壁にぶつかりながらもいっちょ前に何かを追い求める青春、何かに悩んで葛藤してその末に正解かもわからない答えを出す青春、一人の女の為に最強に挑む青春、そして勝利を掴む青春。そんな現実離れした青春を、それでも現実で送りたかったんだ。


 俺は知っている。夢というものは基本的には叶わない。けれども、叶うと信じて叶えようと努力しない人間の夢は絶対に叶わない。

 俺は最後の青春勝利を叶えるために杖を手に取り詠唱を開始する。



 その瞬間、この世界に一人の天才が降り立った。彼は数か月前まで魔法も知らなかった異世界人でありながら、紅蓮の魔法使いという二つ名を持った最強の魔法使いを王城内での決闘で圧倒し、敵味方からその才覚を認められた。


 そして、時を同じくして一人の凡人が世界に生まれた。


 ──彼はそれまで天才と呼ばれる人間だった。



「はぁっ、はぁ……っありえない。」


 炎が消える。今まですべてを燃やし尽くしてきた俺の相棒たる炎が目の前で無惨に消し去られる。

 目の前の現実が信じられなかった。奇跡だと切り捨ててしまいたいほどに、衝撃的だった。時には奇跡に頼り、時には奇跡すらもねじ伏せてきた歴戦の魔法使いである俺は今日、その奇跡に敗北しかけていた。


 それほどまでに圧倒的な実力の差がそこにあった。いや、実力の差というよりかは相性の差、ひいては才能の差であった。だが、俺は紅蓮の魔法使いと呼ばれる最強の魔法使いだ。同年代には敵がいないのが当たり前で、年上年下にも敵がいないのが現実だ。そんな俺が……


「こんな平民に負けてたまるかァ!」

「無駄だ、アルファ・カルフィード。俺は今まで沢山の冒険をしてきた。王国だけではなく、帝国、聖国、森羅国、獣人国。俺にはお前にない数か月分の経験があるんだ! 最強の座に胡坐あぐらをかいて驕っていたお前には負けるわけがない!」

「嘘を吐くなよ、平民!」


 それもこれも、才能だろう。お前に八か月と十三日の経験があろうが、俺に十八年分しか経験がなかろうが、お前がこの強さに至った理由は才能以外の何物でもないだろう。だが、才能と戦うって点でいえば今までと同じ状況だ。



 俺にだって魔法の才能があった。だが、俺の才能を一言で表すならそれは『そこそこ』だった。あくまで才能はあるけど、決して最強を目指せるほどではない。それが小さい頃の俺の格付けだった。


 桁外れの魔力量も、咄嗟の判断力も、魔法を覚える器用さも無い。あるのは公爵家の三男という家柄と、それ相応の教育費、そして幼い頃から価値も無い三男として使い余してきた価値も無い時間だった。


 そこから導き出される答えは、才能がそこそこなりのただ地道な努力、研鑽、鍛錬。幼かった俺にとってはただ地道な努力なんかよりも、自分の才能はまだ上を目指せる、とただひたすらに信じることの方が辛く感じた。加速度的に伸びていった実力も、時が経つにつれて行き詰まるようになる。そんな俺の隣を楽々と通り過ぎていく天才を傍目に、全てを燃やしてきた相棒が己の闘志さえ燃やせなくなった時は諦めかけた。


 けれど、俺は知っていた。皮肉にも鍛錬の末に俺は知った。


 その日、執事は言った。

「アルファ様が最強の魔法使いになるのは難しい……いや、ハッキリ言って不可能かと。」


 その日、とある魔法使いは言った。

「はぁ、ここは坊ちゃんの遊び場じゃねぇんだ。俺達は人生の全てを魔法に捧げる狂人ともいえる魔法使いだ。お前みたいに人生のレールが敷かれている奴の居場所じゃねえんだよ!」


 その日、国王陛下は言った。

「アルファ君、君には私になかった国を治める才能がある。だがしかし、その分魔法使いとしての才能は頂きを目指せるほどでは無い。」


 その日、ルリアは言った。

「どうしてそんなに魔法に拘るの?」


 その日、父上は言った。

「お前に最強の魔法使いとしてのは無い。」


 俺は知っている。十八年間の鍛錬の末に得た一つの答えだ。


 ──未来は、俺らの知る未来は常識と了見に縛られたたった二文字の言葉でしかないと。最強になった俺は、痛いほど知っている。


 次期国王という今まで当たり前だった未来も所詮は今まで覆してきた未来と何ら変わりないということを。けれども、俺はそれを乗り越える。たとえ国王になれなくても今まで多くの才能を叩き潰してきた最強の魔法使いである以上、俺はこいつに負けるわけにはいかないのだ。お前のほんの少し可能性がある未来を叩き潰す。それもやっぱり、今まで叩き潰してきた未来と何ら変わらないものだった。


「たとえ貴様が天才だろうと俺は勝利を掴んで見せる!」

「僕は天才なんかじゃない! 凡人だけど努力と友情の末に掴んだ実力だ!」

「それが気に食わないんだ!」


 苦し紛れに放った魔法、魔力が尽きても尽きなかった気力による魔法。それもゴミ同然であるかのようにこいつの能力によって跡形もなく消し去られる。ふざけるなと言いたかった。が、それももうどうでもいい。たとえ何度炎を消されようとも俺は何回でも炎を作り出す。十八年間、それだけを繰り返してきた。


「俺には才能が無かった。──が、それ最強に見合う努力はしてきた。」


 だが、努力が必ず報われるのならばこの世界は最強だらけだ。努力を続けるにもリスクがある。何万、いやそれ以上の人がその最強を追い、叶うのはたった一人。才能があって努力もする奴を俺は山ほど見てきて、そのたびに心が折れそうになった。

 だが、努力や才能を他人と比べて満足する時代はもう終わった。結局、事実以外のことに縋っても何にもならないのだ。努力の量も、才能も、運も形として存在しているわけではない。だから俺が欲しいのは才能なんかじゃない。事実だ。俺が最強だという事実。


 ──そして俺は最強の魔法使いになった。


「俺こそが最強だ! たとえ才能があろうと、努力しようと、友情があろうと俺が最強である事実は覆せない!」


 敗北を知り、挫折を知り、幾度となく自信を失い、己の道に絶望を抱いた。苦悩の末に選び抜いた道は茨の道で、終着点は俺以外の誰もがたどり着けない不尽の高嶺。気づけば俺は一人になっていた。隣にいたはずのもう一人は気づけばどこかにいなくなっていた。


 なんでこんな道を歩こうと思ったのか、今まで何度も何度も自分の心に問い質した。だが、その度に俺はあの日のことを思い返すんだ。あれは俺が最強の魔法使いを目指そうと思った日、俺が初めて恋に落ちた日の事だった。



「は、はじめまして国王陛下。僕の名前はアルファ・カルフィードと申します。」

「うむ、流石カルフィード公爵のご子息だ。礼儀正しいな。ほら、ルリアも恥ずかしがってないで出てきなさい。」

「えっと、その、ルリア・ランドロール……です。」


 それが俺とルリアの初めての出会いだった。人見知りだったルリアと最強さの欠片もなかった俺の初めての出会い、そしてそれと同時に俺の一目ぼれの瞬間だった。当時の俺には最強さは欠片もなかったけど、国王としての素質はやはりあったのかもしれない。

 公爵家の俺が国王になる方法、それはいたってシンプルで王族を娶ること。


「俺と結婚してください!「どうしたら結婚してくれますか?「好きなタイプは何ですか?」


 それを実現させた子供ながらの押しの強さだ。元々婚約は確定していたがどうせなら恋愛結婚がしたかった。その意に彼女は呆れたのか諦めたのか、一冊の絵本を俺に見せてくる。


「この絵本読んだことある? 勇者様が仲間を集めて国を作る話。私、この絵本が大好きなの。特にこの勇者様と結婚する魔法使いが!」


 今思えば当時の彼女は自己投影の対象として物語のヒロインである魔法使いを好いていたのかもしれない。世界最強の魔法使いを。それはLoveではなくLike。けれども当時の俺は今では考えられないほど馬鹿だったらしい。


「じゃあ、僕が最強の魔法使いになったら結婚してくれる?」


 返事はさて、どうだったかな。


 その日から俺の一人称は僕から俺に変わった。子供なりの覚悟だ。子供同士の、今思えば些細な約束だ。婚約者になった時から結婚は決まっていて、それを覆すことなどできないと決まっていた。家同士で結ばれた婚約だから恋愛結婚にはならない。俺の一方的な片思いだったのは知っていた。でも、俺はあの一言の為に今まで血の滲むような特訓を繰り返してきたんだ。


 それが、夢は必ず叶うと信じていた時代。


「それが、どうして貴様なんだ! 今までの俺の人生は何だったんだ!」


 たいして才能もないことに注ぎ込んだこの十八年間は、お前に負けるためのものだったというのか!? ルリアは逃げ、前国王陛下は崩御して、国の未来が俺一人の手に賭けられて、それでも逃げずにルリアを頂で待ち続けた。その結果がこれか!?


「俺は認めない! たとえルリアがお前を認めようとも、たとえ俺以外の全人類がお前の才能を認めようとも! 俺は、俺だけはお前の実力を認めない!」


 それは最強を夢見てきた男としての。

 それは事実最強として君臨してきた男としての。


 ──それは一人の魔法使いとして、いや、一人の男としての。


「プライドを賭けて、貴様の勝ちを奪ってみせる!」


 そして俺は一言唱える。


 俺の脳裏にはとある一文がよぎる、詠唱など久方ぶりだ。基本的に詠唱をしないと魔法を使えなく、無詠唱で魔法を使える人は一握りというこの世の中だ。だからこそ、その事実が俺の十八年間の鍛錬に意味を作ってくれている。十八年間の鍛錬の結果、俺が覚えた炎魔法はゆうに百を超え、そしてその内詠唱を必要とする魔法はたった一つ。詠唱はたった一言。



「そんな、まるで世界中を焼き尽くさんばかりのこの灼熱はっ……!」


 ──非現実フィクションじゃなかったのかっ!


 誰かが言ったその言葉はきっとその場にいた全ての人間の思考と一致するものだ。いや、正確にはアルファ・カルフィード、つまりこの魔法の使用者本人とこの魔法について欠片の知識もない異世界人、黒田 哲人以外のすべての人間の、だ。


 それは語られること数百年前、今は亡き隣国の話。そして読まれること現代、とある御伽噺の絵本。

 かつてその国はランドロール王国よりも栄えていたという。その名をホワイトリリー王国。かつて歴代最強の勇者、アレクサンドロス・ホワイトリリーが作り上げた国家である。


 ホワイトリリー王国の初代正妃はヒナタ・ヨルノ──いや、夜野 日向。彼女は異世界人であり、その髪は黒く燃え尽きた炭のように漆黒であったという。

 彼女のギフトは誰も見たことなく、それでいて強力なそのギフトは炎系統のギフトにおいて最強のギフトであった。

 そしてその国は滅亡した。他ならぬ正妃、夜野 日向の手によって炎に沈んだのである。それが俺が目指した世界だった。


 その時、彼女はこう唱えていたらしい。世界を滅亡させると意を込めて。


 ──「絶望の炎カタストロフィ


 ここで一つ疑問が湧く。

 果たして世界最強の炎魔法使いの、いやの魔法であるアルファ・カルフィードの絶望の炎カタストロフィを黒田 哲人の虚空ヴォイドは消すことが出来るのか。


 その炎に対して、詳細は知らずとも絶望の炎カタストロフィの危険さを本能で感じ取った黒田 哲人の思考によって今まで一方的であったはずの戦いに一つの楔が打ち込まれる。このまま虚空ヴォイドで消し続ける戦いでは死の危険があるという仮説による、恐怖という名の楔が。


「それでも負けるわけにはいかない! ルリアのためにも、仲間たちの為にも、今まで助けてきた人のためにも、そして僕自身の為に! 僕達は絶対に負けない!」


 、その言葉の裏に一人の少女がいることを俺は知っている。数か月間監視を送っているから知っている。監視といっても今まで出してきた、もとい敗北してきた刺客なんかよりも優れた者で、それが裏目に出た。幸か不幸かその関係については痛くなるほど知っている。


 ──アルファくんが一番強い魔法使いになったら結婚しよう!


 目が霞み、視界が歪む。次第に目の前が暗くなり、いずれ視界は暗闇に覆われる。

 単純な思考すらもままならないくらいに疲れた。はて何年間ここにいただろうか。そろそろ目を瞑って今この場で眠りこけてしまいたい。そう思う俺がいる。反面、まだこの景色を見ていたいと言う俺もいる。例え目が霞んで視界が歪もうとも最強以外には見れない景色、頂の景色を。


「黙れ、最強の座は俺のものだ! 俺は俺だけの為に勝つ! 勝って証明してみせる!」


 俺という人間の原点はルリアとの約束だった。が、あの日初めて見た小さな夢は現実を、彼女の心を知る為に風化していった。


 今まで最強を目指して続けてきた鍛錬。気づけば何を目指して、何のための鍛錬なのかも忘れていた。何度も目的を失い、何度も挫けて、諦めそうになっていた俺をその場に繋ぎとめるものがあった。

 真っ暗な暗闇の中、足を止めてしまおうと思った俺を繋ぎとめてくれたのは皮肉にも今まで続けてきた鍛錬であった。暗闇の中、雷のような一筋の光が轟くのだ。視界がひらける。あの血の滲むような努力の末にどうやら目からも血が流れてしまったのかもしれない。目尻を滲ませた俺はそっと何かを掴んだ。


 俺は知っている。努力の先にある結果もまた夢というのである。

 そして俺は最強を叶えた。それはフィクションだと言われていた。

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