第三幕 化かし化かしの夜に鳴くは
ごぅごぅ。吹き荒れる。
ごぅごぅ。業煮やす。
ごぅごぅ。炎の散る。
「見失ったか?残念だったな。」
ずんと沈む刀。崩れカゲロウのよう消える妖。姿現す
刀の鳴る音。握られた二振り。遠からん者は音に聞け、近くば寄って目にも見よ
見たか聞いたか吾の名を。ならばお前は吾が手の上だ。
ぴしゃりと場を支配する雷鳴。世を睥睨し、されど人妖を視界に入れることはない夜の首魁。黒き獣が街に落ちる。
ひょう...ひょう...
寂しげな泣き声とはアンバランスなその容姿。
猿の顔、狸の胴体、虎の手足を持ち、尾は蛇。嫌悪すら抱く邪悪さあり。
「あ゛?気色悪りぃ…妙なモン『否。現実である。あれなるが鵺であろう。』
…あ゛?
こちらには目もくれずに立ち去る異形。カチンとスイッチの入る音がした。
「あれが鵺か。アレ獲れば終わりだよな?」
「然り。この夜を終わらせるには…「なら次はアイツだ。追いかけるぞ。」
「…御意。」
塀を蹴って、屋根を蹴って、垣根を飛び越える。鵺の下へただ一直線に。
バチッと空気の震えた気がした。続く閃光。雷鳴。掻き消される悲鳴。
追いついた時にはすでに別の討伐班が鵺と対峙していた。
ああ。対峙して”いた。”だ。今じゃ電池の切れた玩具みたいに転がっている。
唯一立っていた男がこっちを向く。百花繚乱の奴等が勝手に出てきて男へ頷く。
地面へ突き刺さったままの刀が折れるのと一緒に安堵した男は消えていった。
「推奨。撤退せよ。あれは吾らの手に負えるものではない。」
『警告。刃を交えるべきでない。逃げるのだ。』
「…違ぇだろ。敵う敵わないの話じゃねぇだろ。アイツに何吹き込まれたのか知らねぇがよ。
俺の刀がブルってんじゃねぇぞ。ビッとしろやテメェら!」
数拍の無言。
『否定。状況だけを見た提案である。』
「無論。吾らにも怒りがあり、仇討ちの覚悟がある。」
「なら挨拶返さねぇとな?借りっぱなしは性に合わねぇ。」
抜刀。手にした刀を確かめるように握り直して、睨み付ける。
鵺はこちらへ視線を向けない。見ている先は天照本部か。
「よぉ?ガンつけてんのに無視くれてんじゃねぇぞ腰抜け。」
「ちょ、ちょっと待ってくれアンタ!鵺と1人でやる気か?正気じゃない!
班は壊滅だが逃げるだけなら…とにかく本部に連絡して応援を!」
「シャバ僧は黙ってろ。荷物連れてズラかれよ。」
「…くっ。な、ならこれを持っていってくれ。峰柄衆から支給された対鵺用の特殊符だ。これがあれば奴の電撃に耐えられるようになる。
俺も、もう動ける。多少の援護なら…」
やや乱暴に符を受け取って鵺へ歩み寄る。
キン…キン…鉄の鳴る。化かし化かしの第三幕。
夜を統べるは鵺に非ず。吾ら百鬼夜行の夜は続く。
大江の山の鬼大将。配下を連れてのおでましだ。
号を放てば勇ましく。武勇を誇れ四天王。
「新手の妖魔!?こんな時に…!」
「ギャーギャー喚くな。鬼の機嫌を損ねるぞ。」
これが異能だと分かると班長格らしき男は息を飲む。
今更こちらへ視線を向けた鵺へ鬼が殺到する。
殴り、叩きつけ、尾を潰す。酒呑童子の名を知らしめよ。
何の皮肉かその様まさに絵巻に語る妖怪退治の頼光四天王。
鬼の威を借り猛る猛る。恐れは知らぬ。怯みはせぬ。
すべて
猿の悪知恵、鬼に及ばず。茨木童子の奇策あり。
狸の変化、鬼に及ばず。舞の美し。熊童子。
虎の怪力、鬼に及ばず。星熊童子の武勇あり。
蛇の狡猾、鬼に及ばず。聡く冴えるは金童子。
バチン!と爆ぜる音。青い稲妻。閃光。言葉よりも先を急ぎて。
破壊が降る。破滅が降る。薙ぎ倒し、焼き払う。
無意識とは操れぬもの。灰となった鬼と符がそれを物語る。
夢とは魅せる者が操るもの。動き出した思考を止めるのはむつかしい。
ひょう...ひょう...
がくりと落ちた膝に力を込める。これは意地だ。
まだこっちは獲られちゃいないと己を奮起させる言い訳を。
まだ俺は負けてねぇ。負けらんねぇんだよ。
ぽん。と肩を叩く手。はっとすると百花繚乱が俺の前にいる
「見事。主は主の意地を見せ付けた。」
『して、未だ敗れた訳はなく。生かす為の戦いをせよ。』
「吾らを手にする者であろう?」
『立ち上がるくらいして貰わねば困る。』
さっきの雷撃で目が覚めたのか倒れていた刀遣い達が目に入る
皆、戦いの邪魔にならないよう。生き延びられるよう動き出していた
「…ほんっとうお前ら。ムカつくわ。
おい、シャバ僧。俺は今からぶっ倒れる。俺を担いで全員逃がせ。1人でも欠けたら俺がお前をぶっ殺す。いいな。」
「あ…あ……」
「チンタラしてんな!全ゴロシになりてぇのか!」
「なんで…立ち上がれるんだ。君は。」
「目の前で人が倒れてっと夢見が悪りぃんだよ。
おい。…やるぞ。ありったけ持っていけ。策はあんだろ。任せるからよ。」
「無論。吾らはその為に存在する刀。」
『笑止。意識は保てよ。
今までで一番強い喪失感。身体の芯から何か引き出されるような吐き気。
目がギラつく。獣は肥え太った奴より痩せ細った奴こそが恐ろしい。
天より下る誅罰の門。鳥居の降って鵺の身体を縫い付ける。
真っ赤な結界降り注ぐ。頭、尾に腕、身を潰す。
鳥居に昇るは九尾の女狐。今やここに月はなく。在るは鏡に映りし天照。
民よ名を呼べ、猛者よ集え。日の名を冠す我らが正義に。
「撤退だ!鵺の動きが止まっている内に、後方へ!
後続の者達に俺らの見た物を伝えるんだ。鵺を倒す意思を繋ぐぞ!」
班長の号令に人が動く。一つの生き物になって骸街を走る。
千両役者を小脇に抱え、鵺の悔し鳴き声背に受けて。
夜の終わりは砕月と共に。歪む月の悲鳴は果たして鵺のものなるか。
偽り割って、顔を出す痛烈な灯り。明かり。神の名を呼ぶ声がする。
「夜は明けたり。」
『
人に化け、妖をも欺く物が振り返る。
「人とはやはり面白いもの。」
『人とは愚かしく時に解せぬもの。』
「喧嘩売ってんのか?凄く不愉快。」
化かし化かしの第三幕。これにて終幕めでたしめでたし。
東西・東西 お手を拝借。一本締めにて幕引きとさせて頂きたい。隅から隅まで
ずずずい~っと
皆々様ご照覧!よぉぉ!よよよい、よよよい、よよよいよいっと!
鵺の鳴く夜は(了)
【創作企画】刀神・参加作品 異聞集 @GAU_8
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