真夜中まじりの木製

エリー.ファー

真夜中まじりの木製

 僕だけが知っている。

 この木は夜になると大きくなるのだ。

 朝になるとみんなはこの木を見つめて拝んだりする。

 でも。

 夜のうちに木が大きくなったことに気が付いていない。

 前に、白い野良犬が木の根元に寝ていて朝になると、その根っこから白い毛のようなものが生えていたことがあった。風が吹くと簡単に抜けてしまってどこかに行ってしまったけれど、あれがなんなのかは分からなかった。

 白い野良犬は消えて。

 そのことに注目する人は僕くらいしかいない。

 木は僕が生まれた頃には、半径十メートルくらいあった。

 今は百メートルくらいだろう。

 飲み込まれた人もいるのではないか、と思う。

 僕は木のことが昔から嫌いだ。

 僕はどうしても納得することができないのだ。だって、この木の近くにいたら自分の意思も何もかも失ってしまうのに、それを望んでいるみたいに皆生きているのだ。

 それがここの常識だし、考え方だと思うけれど、僕がそれに従うかどうかを決めるのはもちろん僕だけのはずだ。

 でも。

 それを許してはくれない。

 皆、言うのだ。

 あなたのためだって。

 何があなたのためなんだろう。

 何を言っているんだろう。

 僕の人生に頼みもしないのに優しさだとか言って無理矢理近づいてきて、木の中に入るべきだと説教をしてくるじゃないか。

 本当は、それしか知らないんだろう。

 あんたたちは。

 ここで幸せになる方法を、この木の中に飲み込まれることしか知らないんだろう。

 気持ち悪いよ。

 もっと小さかったころは全然そんなことに気が付かなかったし、木の中に取り込まれたいって思ったこともあったよ。それが幸せの本当の形だって皆から教えてもらったからそれを一所懸命に信じてたよ。

 でも、今は違う。

 僕はちゃんと大人になったよ。

 みんながこの木に取り込まれることを幸せだと自分の頭で判断せず、ここの常識に自分の人生をゆだねて生きることが正しいと思っているうちに。

 僕はちゃんとここが気持ち悪いって思うようになったんだよ。

 抜け出したいんだよ。

 ここから。

 みんなは、こういう話を聞くと笑ってごまかしたりするけど本当は出たいんでしょ、ここから。今はそうじゃないかもしれないけど、僕と同じ年だった時は悩んだんでしょ。

 だったら僕の言っていることも分かるでしょ。

 あの木に取り込まれてあの中で、皆と肌と肌を合わせて生きていくのが正義だって誰が決めたんだよ。

 そりゃ、それもいいとは思うよ。

 そういうのを正しいって思う人がいることを否定しているんじゃないんだよ。

 そうじゃなくてさ、じゃあ、その木の中に入りたくないって、みんなで助け合ってあったかい場所を作るのが当たり前って考え方が気持ち悪いって、ここから出たいって思うことを、なんでそんなに悪だって言いたがるの。

 いいじゃん。

 正しいとか、間違っているとか、悪だとか、正義だとか。

 そういうのは僕が決めるよ。

 僕が決めることって、僕以外の人が決めるんじゃなくて、僕が決めるんだよ。

 知ってるでしょ、それくらいのこと。



「先輩、これなんなんすかね。小説なんだか、日記なんだか分からない文章。マジでキモいっすね」

「まぁ、自分の心の中にあるものを文字にして、こうやって吐き出したんだろうな」

「でも、吐き出し尽くすことはできなかったみたいっすね」

「まぁ、鉈を振り回して村の高齢者を十一人殺して、重傷者を二十人も出したわけだからな。言葉にして吐き出すだけじゃなく、その心のもやもやを解消するために行動しちまったと。いやいや、怖いね」

「なんで、そんなに殺したんすかね」

「気持ち悪かったんじゃねぇのか、このあたりの田舎の雰囲気とか」

「田舎って気持ち悪いもんなんすか」

「気持ち悪いって思う奴もいるってことだよ。全員がそう思ってるとかは知らねぇよ、バカ」

「でも、この連続殺人犯ってずっとここに住んでたんですよね。じゃあ、ここの空気とか、雰囲気とか、そういうものと折り合いをつけてたんじゃないんすか」

「知らねぇよ。分かんねぇよ、そんなこと。」

「だって、この日記みたいなやつだって、事件が起きる二日前っすからね」

「まあな」

「六十九歳っすよ。村に生まれて、村で成長して、村で生きて、六十九歳っすよ」

「六十九年間、たまってたんじゃねぇの」

「は。六十九年間もあったんだから、ここから逃げればよかったんじゃないっすか」

「でけぇ木に足でも取り込まれて、もう逃げられなかったんだろ」

「いやいや、それここに書かれてるだけで、この連続殺人犯の妄想っすから」

「だから、その妄想が」

「なんすか」

「いいや。なんでもねぇよ、バカ」

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