第4話 優しい劣等生②

「これくらい…大丈…」ドサッ


『伊織!?』


伊織が倒れてしまった。やっぱり熱があったんだ。…ボクはそうなんじゃないかと疑っていた。無理にでも止めておくべきだった。


後悔は後から後からくるもので、自責の念に追いやられる。


『伊織!!!伊織!!!!』


呼びかけることしかできない自分が憎い。

…どうしよう。ボクは体が小さいから、何もできない…。


『伊織…っ!』


視界が歪む。…自分が泣いているんだと気づいた。


『どうかされましたか?』


『へっ…?』


声のする方を見ると、顔が帽子で隠されている女の人が立っていた。優しい雰囲気がする。


『どうして泣いているのですか?

……!ヒトが倒れて…!………ひどい熱…こちらへ!』


そう言うと軽々と伊織を抱いて拝殿内に入っていった。

入った後はテキパキと処置をし、伊織を寝かせていた。


『これで大丈夫。しばらく寝ていれば良くなるでしょう。しばらくはここにいても大丈夫ですよ。』


『あの…イワナガヒメ様ですか…?』


『…!はい…。私は石長姫と申します。あなた方は…?』


『えっと、ボクは紡と言います!今さっき寝かせてた子は伊織で、ボクの大切なヒトなんです。』


『紡…伊織…天照様が仰っていた2人ですね…。』


『あの!伊織を助けてくれてありがとうございました!!ボクは…何も出来なくて…。あのままだったらどうしようって…っ!』


『困っていたらお互い様ですよ。…大事なヒトなのですね。』


『…伊織はボクを助けてくれたから。』


『ヒトが…。』


『…この間も、オオクニヌシ様の所へ行って、頼み事を聞いたんです。その時トラブルがあって…ボクは感情で行動しちゃうから、オオクニヌシ様のお兄さんに反抗したというか、その、言い返したんです。その時も伊織が助けてくれたんです。』


『優しいヒトなのですね…。』


『はい。…ボクは無力で、何も、できないから、伊織がちょっと羨ましくて、嫉妬とかもしちゃって…。でも、なにより、そんな風に思ってしまう自分が嫌になります…。』


『……私が思ったのは…紡が行動を起こしたから、伊織もそれに続いたのではないのでしょうか。』


『ボクが行動したから?』


『もし紡がいなかったら、伊織は行動すらしていないと思います。紡の勇気ある行動に、伊織が影響されたんだと思うんです。』


『それに、感情で行動する人は、それだけ人に寄り添うことができる、優しい方です。どうか、自分を嫌いにならないでください。』




『…あっ、すみません。わかりきったようなことを言ってしまって…。』


『いえ…イワナガヒメ様…、ありがとう…ございます…。ちょっと楽になりました!』


『それならよかったです。』



『…あの…!』


『はい、どうしました?』


『あの、イワナガヒメ様のこと、大山津見様から聞きました…。』


『お父様が…。』


『それで、…あの…イワナガヒメ様も、悩んでることとか話してくれませんか?』


『悩んでること…?』


『あの、失礼なことを言っているのは分かってます!さっき、誰にも言えなかったボクの気持ち、イワナガヒメ様に話しただけで、スッキリしたから…!だから!…話してくれませんか…?』


『…紡はとても素直な子なんですね。』


『え、あ、っと、ご、ごめんなさい…。』


『謝らないでください。その素直さは、紡の美点ですよ。』


『…そうですね、では聞いてもらいましょうか。』


『…!!はい!!!』






『私と妹と邇邇芸命のことは聞いたんですよね?』


『…はい。』


『私、嬉しかったんです。大好きな、そして大切な妹と、一緒に嫁げて、これからも一緒に過ごせて…お父様も喜んでいらっしゃったから…。でも…』


邇邇芸命から言われたのです。





        帰ってくれ。



       何故ですか…?


  

      お前が…醜いからだ。





『このことはお父様がちゃんと邇邇芸命に言ってくれて、私を励ましてくれました。』




     お前は私の可愛い娘だ。

    気にやむことはないからね。




『そう言ってくれて嬉しかった…!けど、やはり気にしてしまって…。自分が醜い容姿をしていることは知っています。…ですが、どうしても否定したい自分もいるのです。』


『そして、周りの目が気になって、外にも出れなくなってしまったんです…。…元々私は、舞や歌、楽器、頭脳など様々なことにおいて、妹より劣っているのです。』


『そうだったんですね…。』



『紡は…私が恐ろしくないのですか…?』


そう言って、イワナガヒメ様は隠していた素顔を露わにした。

その姿は…


『岩…?』


『っ…はい。私の顔は岩のようにゴツゴツしており、黒いのです。それも顔だけ…。』


そう言ったイワナガヒメ様は悲しい顔をしていた。


ボクは思ったことをそのまま言った。


『…誰かと比較したら、たしかにイワナガヒメ様は醜いと思います。』


『…っええ…!…本当に素直ですね…。』


『…ですが、恐ろしいとは思いません。どれだけ顔が醜かろうと、イワナガヒメ様はボクを…伊織を救ってくれた。助けてくれた。その事実は変わらない。』


『それに、コノハナノサクヤヒメ様だけ嫁いでも、嫉妬とかしなかった。寧ろ、今でも妹として、愛している。…嫉妬とかするボクとは大違いだ。』



『私がいたら木花開耶姫が申し訳なく思ってしまうでしょう。あの子は優しい子だから。代わりに邇邇芸命様を連れて行って差し上げてください。私は現れませんから。きっと喜びますよ。』


『えっ…?』


『イワナガヒメ様はこう言ったんですよね。こんな綺麗な感情、ボクなら持てないです。嫉妬でどうにかなっちゃうかも!』


『ボクは顔が綺麗でも、優しくない人は好きじゃない。顔が醜くても、イワナガヒメ様のような優しい人の方が大好きです。』






         だから





         どうか





 そのままのイワナガヒメ様でいてください




        顔が醜くても







       優しさがあって







      誰よりも心が綺麗な







     イワナガヒメ様のままで







『…どうか自分を嫌いにならないでください。』

 

『イワナガヒメ様はコノハナノサクヤヒメ様ではないです。』


『優しさはイワナガヒメ様の美点です。』



ボクの思いが、伝わるといいな。


『…そのような事を言われたのは…初めてです…。…紡、聞いてくれてありがとうございます。…スッキリしました。紡の言った通りですね…!!』


『あの…わかりきったような事を言って、ごめんなさい…。』


『いえ…誰かに話すだけでこんなにもスッキリするとは…。…今度お父様にも聞いてもらいましょうフフッ♪』


『…!それがいいです!!オオヤマツミ様の方が絶対に良いアドバイスとか言ってくれます!!』


『…家族との食事…今更参加するなど、言ってもいいのでしょうか…。迷惑ではないでしょうか…。』


『いいに決まってます!!寧ろ参加してほしいってオオヤマツミ様言ってました!!』


『…今度言ってみます。そして、ちゃんとお話ししますね。』


『…ありがとうございます。紡。』


『…お礼を言うのはボクの方です。』


『いいえ、私は妹より劣っています。何もかも。…ですが、私は私。妹ではない。…当たり前のことですが…私自身が勝手に比べて自信を無くしていた。その自信を紡が取り戻してくれました。ありがとう…!』



そう言ったイワナガヒメ様は、とても綺麗な笑顔だった。




その夜から3日後の朝に伊織は目を覚ました。


「ん…朝…?」


『あら…目覚めましたか?』


「…えっ!!!?ここは!?旅館じゃない!!!!」


『熱は…下がってるみたいですね。』


『伊織!!』


「うわ!紡!?どうしたの…?」


何も覚えてないらしい伊織に、ボクはイラッときた。


『どうしたもこうしたもない!!!伊織!』


「は、はい!!!」


『覚えてないの!?倒れたの!!高熱で!!それをイワナガヒメ様がここまで運んでずっと看病してくれたの!!!!』


「は、え、そうだったの!?って、え!?石長姫様に!?!?!?うわ…!ご、ご迷惑をおかけしました…!!」


『いえいえ、元気になったようでよかったです。ですが、まだ病み上がりなので2人とも、大声は控えましょうね。』


『「はい…」』


『伊織…もう無理しちゃダメだよ?』


「うん…ごめんね。心配かけちゃって。」


『フフッ。仲がよろしいんですね。』


「あ!そういえば頼み事…。」


『あぁ、では福禄帳を貸してください。』





        [石長姫]





『紡、ありがとう。私は貴方を認めます。』


『…!!ありがとうございます!!』


「へ…?終わっ…てる?」


『はい。もう大丈夫です。』


「えぇぇ〜〜〜…私寝てただけじゃん…。」


『今回はボクが頑張った!!』


『フフッ。そうですね。紡のおかげで、スッキリしています♪』


「そっかぁ…紡、すごいじゃん!!」


『!へへ…っ!!』


「じゃぁ、もうお暇しよ。何日もお世話になってしまったし…。」


『『伊織。』』


「はい…?」


『伊織、病み上がりなので今日まで休んでください。』


『また倒れてもらっても困るんだけど。』


ボクは威圧たっぷりに言った。


「は、はい…!」


伊織に伝わったようでなによりなにより。



次の日。完全に回復した伊織とボクはイワナガヒメ様と別れ、旅館に戻った。旅館に人に心配されていたが、事情は適当に誤魔化した。



そして家に帰った。






『今回は紡が大活躍したそうじゃな!』


「うぉ!アマテラス様!!」


家に帰った次の日の夜、アマテラス様が来た。


『活躍なんて…話を聞いてあげたくらいですけど…。』


「それって、聞いてもらった方からすると、すごく心が軽くなるよ。…私も紡に聞いてもらってすごく軽くなったもの!」


『…!そうだったね。ボクも、イワナガヒメ様に聞いてもらって楽になったもん。』


『うむうむ!溜め込むことはよくない。吐き出さなければ、苦しいままじゃからな。』




しばらく3人で談笑していると、オオヤマツミ様が来た。



『紡!伊織!』


「あ、オオヤマツミ様!」


『こんばんは〜!』


『うん、こんばんは。』


「どうかされました?」


『今日はお礼を言いにきたんだ。

紡、伊織。ありがとう…!石長姫が家族との食事に行きたいと言ってくれたんだ…。』


「今回私は何もしてないですよ…ぶっ倒れて寝込んでましたし…。なのでお礼は紡に!」


『そうだったのか…もう体調は大丈夫かい?』


「はい!石長姫様のおかげで回復しました!

改めて、お礼を伝えてください。」


『うん、わかった。必ずや伝えよう。

…紡、石長姫の自信を取り戻してくれてありがとう。笑顔が増えたんだ。本当に、喜ばしい…!』


『いえ!ボクもイワナガヒメ様に救われました!!ボクからもありがとうを伝えてください!』


『あぁ!もちろんだ!…紡、福禄帳を出してくれるかい?』


『へ…?』


『元は私の頼み事だよ笑』




       [大山津見神]




『私は紡を認める。頑張れよ!!』


『〜〜!!はい!!!』


『それと、石長姫からの伝言だ。ついでに私からでもある。』





【困ったことが有れば、遠慮せずに頼ってください。】






『「はい!!」』


『ははっ!それじゃぁ、達者でな!』




オオヤマツミ様、イワナガヒメ様からも認められた。一気に2人からも認められた。

ボクは一歩一歩、進めてるかな?



嬉しい気持ちのまま、眠りについた。

その日の夜空は星がとても綺麗だったな。


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付喪神の幸せ旅 ツユねこ @nekoneko77

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