第3話 優しい劣等生①

         9月

 

 まだまだ夏の暑さが残る。かと言って、それは日中のことであり、夜はそこそこ涼しい。だんだん紅葉や銀杏も、色を変えるであろう。鈴虫やコオロギの鳴き声が時々聴こえてくる。この音色が、私は好きだ。

こんな事を考えるほど、私は油断していたのだ。

   "季節の変わり目は気をつけろ"








「えっと…アマテラス様、そちらの方は…?」


アマテラス様が家にやってきた。…見たことない男の人を連れて。神様であることは確かだ。厳つい顔立ちである。…なんか怖そう…。


『おお、此奴は大山津見神。言わば酒と山の神じゃ。』


『やぁ、君が伊織と紡だね?話は天照大御神から聞いているよ。頑張っているそうだね。』


前言撤回。めちゃくちゃ優しい神様だった。

この溢れ出ている父性と言うか、the☆父親って感じがする。…めっちゃ安心感がある。


「えっと…鈴嶺伊織です。こんばんは…!」

『紡です!!懐中時計から生まれた付喪神です!!』


『うん、こんばんは。紡はとても元気がいいね!』


そう言いながらオオヤマツミ様は紡の頭をわしゃわしゃと撫でていた。(と言っても、紡は小さいので指で撫でられてた。)


『うわぁ〜〜!?』


ちょっとだけ、紡が羨ましかった。





「そういえば、何故大山津見様がここに?」


いつもはアマテラス様だけなのだ。それでここの神社に行ってと指示される。


『おお、そうじゃった。それを説明せんとな。今回は大山津見がお主らに頼みたいことがあるそうでな。連れてきたんじゃ。』


「頼みたいこと…?」


『おう!…実は私の娘のことなんだが…』


『娘?』


『石長姫という娘だ。』


「イワナガヒメ…?」


『知らないのか…木花開耶姫このはなのさくやひめは聞いたことがあるかな?』


「『知ってる!!』」


『めちゃくちゃ綺麗な人!!』


「コノハナノサクヤヒメって響きからしてもう綺麗だって思ってた。」


『ははっ…やっぱりそっちは知っているか。石長姫は木花開耶姫の姉にあたるんだ。』


「へぇ〜!!」


『…ここで、一つ、話をしようか。』



私は2人の娘を同時に嫁に出したんだ。邇邇芸命ににぎのみことという男神に。…あぁ、邇邇芸命という神は地上を治めた神のことだ。


『そしてわしの孫のじゃよ。』


『アマテラス様の孫…!!』


木花開耶姫が邇邇芸命に求婚されたらしくね、私に相談してきたんだ。勿論、私は許可したよ。嬉しいことだったからね。


「どうして2人同時に嫁に出したんですか?」


昔は一夫多妻制だったからだろうか…。


『それはね、2人に意味があるんだよ。』


木花開耶姫には木の花が咲くように繁栄するように…あぁ、木の花というのは桜のことだよ。そして、石長姫にはその繁栄が岩のようにずっと長く続くように、と。


『いわば、木花開耶姫には子孫繁栄、石長姫には不老長寿と健康長寿のご利益があるんじゃ。』


だが邇邇芸命は石長姫だけ追い返してしまってね。


『えっ!?!?何でですか!?』


『石長姫が醜かったからだ。私からすれば石長姫も可愛い娘なんだがな。』


『その節は…すまなかった…。』


『アマテラス様は何も悪くないですよ。』


そういうこともあって、石長姫は神社に籠ってしまってね。年に一回、家族で食事をしていたんだがそれにもとうとう来なくなってしまったんだ。理由を聞いても


『私がいたら木花開耶姫が申し訳なく思ってしまうでしょう。あの子は優しい子だから。代わりに邇邇芸命様を連れて行って差し上げてください。私は現れませんから。きっと喜びますよ。』


と言うばかりでね。あの子は頑固なところがあるから何を言っても聞かなくて…。


『だから2人に頼みたいんだ。あの子に自信を持たせて欲しい。これは父親である私がすべきことであるのは重々承知だ。だが、最近はあまり話もしてくれなくて…それに私も色々やらねばならないことがあるからあの子に会いに行けることが少ないんだ。』


「…自信を持たせる…できるかなぁ…。」


『わかりました!!』


『ありがとう…!こんなことをさせてしまって本当に申し訳ない。不甲斐ない父親ですまないね…。』


「いやいや、不甲斐ないとか…そんなことないですよ。娘への思いでいっぱいじゃないですか。父親の鏡ですよ。」


『大山津見様が自信無くしてどうするんですかー!!』


『…ははっ!そうだなぁ!私が自信を無くしちゃいけないね!』


『あ!!それで、どこに行けば石長姫様に会えますか?』


『あぁ、静岡の心縁神社にいると思うよ。』


「じゃ、行こっか!明後日から行こう。」


『あぁ、準備ができたら私を呼んでくれないかい?』


「…?わかりました。」



次の日、準備ができた私たちは大山津見様を呼んだ。


「どうやって呼べば…?」


『…!大山津見様ーーーー!!!!』


「それでくるの!?」


『お!準備が整ったのか?…なんだ、どこかに泊まるのか?そんなに大荷物で。』


「え!?ホントにきた!!?

いや1日でできるとは思わないので…。」


『ふむ。そうだな。愚問であった。

では、出発するぞ!』


「へ?出発は明日…」


『さぁ、目を閉じていてくれ。』


『?はーい。』


紡ってホント素直だな〜。


『では…出発!』


そのすぐ後、体がぐらりと傾いた感じがした。何をされたんだ…。


『もう、目を開けて良いぞ!』


目を開けるとそこは…


「いや…どこよここ…。」


海きれーい。ひろーい。


『?どこ!?え!?さっきまで家にいたよね!?』


紡も私も混乱している。目を開けた瞬間、家にいたのに違う場所にいる恐怖ってすごいな。漫画のキャラクターってすごいな。私に比べたらめちゃくちゃ冷静じゃないか。


『自分たちで行くのは大変だろう?瞬間移動みたいなものさ。少しは助けになると良かったんだが…余計なお世話だったかな?』


「!いやいや!全然!!寧ろありがとうございます!!」


『移動って結構疲れるもんね〜。』


「それは紡がはしゃいだりするからでしょーが!」


『ははは!2人は本当に仲が良いな!本当に娘達のようだ…』


大山津見様は少し悲しみを含んだ目をしていた。


『…大山津見様!!ボクたちに任せてください!!』


『…あぁ。任せるよ!

…では、私はこの後することがあるからここで失礼するよ。…本当に2人には感謝している。』


「大山津見様、その感謝は私達が目的を達成した時に言ってください。それにここまで連れてきてくれましたし、ありがとうございます!力の及ぶ限りを尽くします!」


『…あぁ!任せたよ。…あ!後、君たちが心縁神社に入ったら君たちの姿は周りからは見えなくなる。それは大国主の時に学んだかな?石長姫は夜を好んでいるから夜に行ったほうが良いと思う。だから、夜に神社に入っても大丈夫だよ。』


そう言って大山津見様は消えて行った。


「夜…か。一旦宿に行ってから夜にまた来る?」


『う〜ん…今から行ってみたいんだけど…ダメ?』


「そうだな〜…まぁいっか!場所確認のついでに行こっか!」


『うん!!』




とは言ったものの…


「階段…キツイ…。」


『伊織ぃ〜…早く〜!!』


「ちょ、っと…まっ…てっ…っ!!」


あまり運動は得意じゃない。走るのはまぁまぁ速いがそれ以外はできない。短距離ならばの話だが…。そして何より疲れることを自分からしたくないのだ。というわけで、体力は当然の如く全くない。


「ハァハァ…頑張れよぉ〜…鈴嶺伊織〜…。これを上りきれば…っ!ハァ…ヤセルゾ…っ!!!!」


運動もしなければ食べる量も減る。体重は今までキープできてた。別になにもしなくても。だが最近、紡がお菓子を食べるので、私も食べてしまう。そして、太る。女性としては少し気になってしまう。


「これ…はっ…!痩せ…る…ため…っの!!し…れん…なんだ…っよ!!」


そう言って自分を励ましながら(戒めながらとも言う)なんとか石長姫がいると言う神社にたどり着いた。


「着いた〜〜!」


『伊織…体力つけないとね…。早死にしそう…。』


「ウッ…頑張ります…。てか、紡は飛んでるからいいじゃん!!!」


『飛んでも体力は消費しますぅー!!伊織の体力が壊滅的にないだけですぅー!!!』



心縁神社は高い所にあるからか、とても清々しい気持ちになる。少し風景に目を奪われているとおばあさんが話しかけてきた。


「おや。若い子がここに来るなんて、珍しいこともあるもんだねぇ。」


「へっ…?」


「あぁ。驚かせてごめんなさいねぇ。あまり若い子は見ないから珍しくて。」


「あ、いえいえ。此方こそ…。」


「お嬢さんはどうしてここに?」


「あ、えっと…こ、古事記で!石長姫様の話を聞いて…気になっちゃって…。ここにいらっしゃると聞いたので行ってみよっかなって…」


『伊織…わかりやす…。』


「紡は黙ってて。」


「おや。あの話を知っているのかい?皆、木花開耶姫は知っているんだが、石長姫はあまり知られていないからねぇ…アタシはビックリしたよホホッ」


「そう、ですか…。」


「…お嬢さん、時間があるなら。少しおしゃべりに付き合ってくれないかい?」


「へ?あ、いいですよ。」


その後近くのベンチに一緒に座った。


「あ、紡、私ここにいるからどこか行きたいところがあったら行きな?」


『ううん。ここでいい。ボクも話聞きたい。』


小声で紡にも確認をしておいた。


「さて。じゃぁ、私の若い頃の話をしてもいいかい?」


「は、はい…。」


そう言ったらおばあさんは静かに語り始めた。私たちの他に人はいない。風に揺られた木々が大きく鳴った気がした。



「アタシが24歳くらいの頃かねぇ、当時付き合っていた人がいたんだ。」


結婚の約束もしてくれて、これから幸せになるんだって信じていた。アタシも凄く舞い上がっていたんだ。好きな人と結婚できるんだからね。それに彼は顔がカッコよくて、誰にでも優しかった。だけどね、それは彼の表の顔。ホントは女を取っ替え引っ替えしていて、浮気もしていた男だったんだ。それを知った時、アタシは悲しくてねぇ…彼と出会ったここに避難してきたのさ。運悪く雨も降ってきたから、神社で雨宿りをさせてもらっていたんだ。耐え切れずに泣いてしまった時、鈴のような声を聞いたんだ。


『…どうしたのですか?…何か悲しいことでも?』


顔を上げたら、目の前に女の人が立っていてね。ビックリして涙も一瞬止まったもんだ。その女の人は顔は隠れていたけど、とても優しいオーラがあったんだ。それに安心したのか、無意識に事情を話していた。するとねぇ、その女の人は、


『少しだけ、あなたを手伝って差し上げましょう。』


そう言ってアタシの手を持ち上げて空中で何かを切ったんだ。


『あなたに、素敵な出会いがありますように…。』


なにがあったのか全く分からなくて、混乱していたけど、声を出そうとした時にはその人はもういなかったんだ。


「そんなことが…!」


『…もしかしてだけど…それって…』


後で調べたらここには石長姫という、恋愛に関する神様がいらっしゃることを知ってねぇ。


「あれ?石長姫様って不老長寿とか健康長寿の神様じゃなかったっけ?」


「おや…石長姫は縁結びの神様でもあるんだよ。…そして、縁切りの神様でもある。だが、その縁切りは幸せになるための縁切りなんだ。」


アタシは確信したんだ。あれは絶対に石長姫だって。それから毎日ここに通っているんだ。また会えることを信じてね。そして、毎日通っていたらね、本当に素敵な出会いがあったんだ。そこで、出会ったのが今の旦那様なんだ…。


「それからは毎日ここにきてありがとうって言っているんだ。最近は足腰が悪くなってきたから週に3回とか少なくなってきたがねぇ…。」


「…石長姫様はやっぱりとても優しい方なんですね…。」


「あぁ。アタシを救ってくれた。石長姫にも幸せになってほしいねぇ…。…ありがとうね、こんな不思議な話をちゃんと聞いてくれて…。信じられないだろう?」


「いえ、信じますよ。おばあさん、とっても幸せそうに話していたから。」


「そう言ってくれたのは旦那様以外にお嬢さんだけだよ…。ありがとうね。」


そう言っておばあさんは家に帰っていった。


『石長姫様ってすっごい優しいんだね…!』


「多分…石長姫様って優しすぎるが故に自信を無くしちゃってるんじゃないかな?他人優先が過ぎるんじゃない?」


『自分のことは後回しにしそうだね…。』


「…まっ!そのあたりは夜に行って聞こう。私たちも宿に戻るよ。」


『はーい!』


…夜にまた上らないといけないんだ…。

休息大事!!!



その後、宿に戻った私たちは美味しいご飯を堪能した。…食べ切れなかった分は紡が食べてくれた。


『伊織…疲れた?』


「へ?なんで?…まぁ疲れてはいるけど…。」


『…伊織、いつもならこれくらい普通に食べてたから…。食欲ないの?顔も赤い気がする…。』


「ん〜…そうかも。けど、大丈夫だよ!顔はさっきお風呂に入ったからだよ!」


『…そう。無理しないでね…?』


「大丈夫!大丈夫!!ほら!じゃぁ行くよ!大山津見様にも頼まれたんだから!」


『あ、待って!』




「っ…ハァハァ…ハァ…ッ」


あれ…昼に来た時はまだ平気だったのに…やっぱ疲れが溜まってたのかな…。


『伊織〜…本当に大丈夫なの?』


「大丈夫!疲れが取れてないだけだよ!」


こんな会話を繰り返しながらなんとか登りきった。


「つ…着いた…っ!」


『お疲れ様伊織。…さっきよりも顔赤いよ?…何度も聞くけどホントに大丈夫??無理してない??』


「紡は心配しすぎ!これくらい……大丈…ドサッ」


『伊織!?』


あれ?視界が暗い…フラフラする…。体は暑いはずなのに、寒いって感じる。



    私はそのまま意識を失った。

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