第2話 趣味と友達

「あっっっつい…」


季節は夏。


今私は島根にいる。何故そこにいるのかというと、昨日に遡る。




『やぁやぁ!伊織、紡よ。』


『あ!アマテラス様!』


「あ、こんばんはー。」


昨日の夜、アマテラス様がやってきた。


「あ、お稲荷さん食べます?」


『おっ!いただこうかの。』


「どうぞどうぞ。」


『ん〜!んまいのぉ〜!』


お稲荷さん人気なり。


『アマテラス様!今日はどうしたんですか?頼み事のことですか?』


『んぉ?おお!そうじゃそうじゃ!行って欲しい神社があるんじゃよ。』


『どこですか?』


『島根にある、泉神社じゃ。そこにおる、大国主という神の頼み事を聞くのじゃ。』


「オオクニヌシ…因幡の白兎って絵本に出てたよ〜な〜…」


『お!知っておったか。なら、話は早いな。それなら話は終わりじゃ。お稲荷さんご馳走様。頼んだぞ!!』


そう言ってアマテラス様はどこかへ消えていった。


『ねぇ伊織!因幡の白兎ってどーゆー話なの?』


「紡、知らないの?」


『聞いたことないなぁ。』


「えっとね…私もうろ覚えだからなぁ…」


昔々、因幡の国というところに神様の兄弟達がいました。大国主様はその兄弟の1番下でした。大国主様達はそこにいる女神様に求婚しにいってた…と思う。んで、途中でワニザメに毛をむしられたっていうウサギと会うんだよ。毛を元通りにする方法を聞かれてね、兄弟達は面白がって間違った治し方を教えたんだけど、大国主様は優しかったから正しい治し方を教えたの。それでウサギは大国主様に感謝して『姫はきっとあなたを選ぶでしょう。』とか言って、実際そうなったんだ。


「っていう話。ごめんわかった?」


『ん〜大体!』


「今度絵本でも買おうかw」

「さっ!明日の準備しようか!初めて頼み事聞くんだし!」


『うん!』





…ということがあり、朝から電車やらなんやらを乗り継いで島根に来ました。


『伊織〜お腹すいた〜!』


「…そういえば神様ってお腹空くの?」


『ん〜神それぞれじゃない?食を楽しむ神様もいると思うし、、まぁ僕は美味しい食べ物を食べたいだけだよ!ドヤァ』


「わぁ〜清々しい程の本音だね。ありがとうw

私もお腹すいたし、どこかで食べようか!」


どうせなら島根の有名なもの…


「そばが有名なのかな…うん。暑いし!蕎麦食べに行こう!」


『お蕎麦!食べるー!』


近くのお店に行き蕎麦を食べた。ついでにぜんざいも。ぜんざいは紡に半分程食べられた。私のお金…解せぬ…。でも、すごく美味しかった。


『いや〜食べた食べた!ごちそうさまでした!』


「よし!じゃぁ行こうか!」





お、お…

「大きい…。」


しめ縄っていうのかな…とにかくそれが大きい…。


『大きいなぁー!立派だね!』


「ホントそれ…。圧倒される…。」


『ふふふ…立派でございましょう?』


「!?」

「えっと…もしかして…いや。大国主様って男神だよね…?え、いや…うん。」


大国主様は男神だったはず…。ならばこの美しき女性はどなた様だ。真っ直ぐな黒髪に真っ白な肌がとても印象的だった。ポエマーっぽく例えるなら、白百合のようだ。


『ふふっ。驚かせてしまって申し訳ありません。私は大国主様ではないですよ。』


美人が笑うとこんなにも美しいのか…。


『私は凪。大国主様の眷属です。大国主様からの指示で、迎えに来るように言われましたのでこうして来たのです。伊織様と紡様、ですね?』


「え、あっ、はい。鈴嶺伊織と申します。」


『紡です!付喪神です!』


『では、大国主様の元へ行きましょう。こちらへ。』


そう言うと凪さんは堂々と本殿内に入ろうとした。


「あの、凪さん…。」


『はい。どうしました?』


「あの、私が本殿に入ろうとしたらまずいのでは…。2人は…2柱?は周りから姿が見えてないのでいいんですけど、私は見えてしまうので最悪捕まっちゃうんですけど…。」


『あぁ!それなら大丈夫ですよ!本殿の近くは特別な結界があるので許された人しか入らないんです。結界内にいるので今伊織様の姿は周りから見えてないですよ。』


「あ、そうなんですね。よかったぁ〜!

後、できれば様はつけなくても大丈夫ですよ?なんか、変な感じがするので…。」


『それでは、伊織と紡、でよろしいですか?』


「それでお願いします!」

『ボクも大丈夫です!!』


『ふふっ、では行きましょう。』


おぉ…。本殿内はこんな風になっているのか。これは貴重な体験だ。


『中も立派だなぁ…!すごい…!』


「ホント。立派すぎる…。」


ほえ〜っとキョロキョロしながら奥に行くと凪さんは1つの障子の前で止まった。


『ここです。大国主様。連れて参りました。』


『うん。入って来ていいよ。』


『失礼します。』


「し、失礼します…。」

『失礼しまーす!』


部屋に入るとそこには…。


『お!いらっしゃーい!待ってたよ!』


大国主様って男神だよね。大切だからもう一度。大国主様って男神だよね?ね?なら目の前にいる超絶美少女は誰なんだ。白いワンピースと麦わら帽子がここまで似合う人っていんのか?凪さん『大国主様』って呼んだよね?あれ?古事記さんミスったのか?私の知っているものと違うよ?性別逆転しちゃってるよ?


『えっと…。大国主様?』


『いかにも!ボクは大国主命!よろしくね♪』


『ボクは付喪神の紡と申します!』


『よろしくね、紡。』


馴染むの早いよ紡。


『…?伊織?おーい?』


「…ハッ‼︎本日はお日柄も良く!!」


『伊織!?落ち着いて!?』


「あっ…。ごめん…。」


『くっふふふ…はっははww

君、面白いね!wwww』


「えっ!あ!あの、鈴嶺伊織と申します!」


『wwwうん。よろしくね、伊織。ははっww』


美少女が笑うとこんなにも可愛らしいのか…。


『大国主様…。人と付喪神と言えど、客人でございますよ。きちんとした格好で出迎えてくださいませ。伊織が混乱したではないですか。』


『いいじゃない。ちょっとくらい、ねっ☆』


『時と場合があるでしょう。ささっと奥できちんとした服装に着替えてください!』


『ちぇ…わかったよ…。』


そう言って大国主様は奥の部屋へと消えた。


『申し訳ありません、伊織、紡。あのような格好をしておりましたが、あの御方が大国主様でございます。男神でございますよ。』


なんていうか…、眷属というよりオカンだな…。


「あ、はい。女神様だっけ?と思ってビックリしました…。」


『でも、すっごい可愛かった!!』

「それには激しく同意する。」


女の子が一度は憧れる超絶美少女。私も憧れてた時代があったなぁ…。現実って、ホント辛いよね…苦


『あれは、その…大国主様の趣味みたいなものでして…、』


「あ、はい。それは大丈夫です。引いたりとかしませんよ。むしろありがとうございます。」


『…!!』


『お待たせー。』


話しているうちに大国主様が戻ってきた…が、


「び、美少年…!」


う、美しい…!!睫毛長い。少し長めの前髪で儚げな印象を受ける。中性的な顔立ち。結んである黒髪。

…パーツが揃いに揃いすぎている。


『フフッ。ありがと、褒められるのは好きだよ♪』


笑顔ありがとうございます。


『さて。本題に入ろうか。』


部屋に緊張感が漂った。


『アマテラス様から聞いたよ。頼み事をしていいんだよね?』


『はい!』


『ん〜じゃぁねぇ〜…』


『紡!ボクと一緒に…女装しようか!』


…ほぇ…?josou?じょそう…女装…?


『女装って、さっき大国主様がしてた女の子の格好をすることですか?』


『そう!!』


『…そんなのでいいんですか?』


紡?引き受けちゃう感じ?マジで?


「あの、私は何かすることとかありますか…?」


『ん〜、、あ!男装する!?したいなら服貸すよ!!』


「いえ大丈夫です。遠慮しときます。」


『え〜残念♪』


全然残念そうに見えないんですが…。


「でも、ホントにそんなことでいいんですか?もっと過酷なことかと思ってたんですが…。」


『君たちは神様をなんだと思ってるの…。人の子と付喪神ごときにできることなんて限られてるでしょ。できないことさせるとか、無慈悲にも程があるとボクは思うね。あくまでもボク個人として、ね。』


「…大国主様は優しいんですね。」


『まぁね♪それに、女装する趣味がある神ってなかなかいないんだよね。だから、誰かと共有したいんだ…。』


なるほど…つまり…


「寂しかったんですね。」


『!?!?ねぇ!それ分かってても言わないやつだよ!!!寂しくなんてなかったし!!!』


『あら、この間の夜に外に出て、『寂しいな…。』と呟いていたような…気のせいですかね♪』


『凪!?見てたの!?…あっ!!』


『ふふふっ♪』


大国主様…可愛いかよ…。


『大国主様!!一緒にじょそうしましょ!!』


『…ねぇ、紡…。さっきよりなんか笑顔というか…ニヤニヤしてない?』


『だって、大国主様がボクらに会えて嬉しいって聞いて喜ばないわけないじゃないですか!』


『…!!!あ、っそ…!』


あ、大国主様耳赤い。紡ストレートに言ったもんね。素直なとこは紡の美点だよね。


『じゃぁ早くボクの部屋に行こ!伊織と凪も!!』


「えっ、私もいいんですか…?」


『…折角だし、みんなと、一緒に、楽しみたい…じゃん…。』


「ぜひ、お供させていただきます。」


チョロい!チョロいよ私ぃぃぃ!!!!


『フフッ♪では行きましょう。』




『紡!コレ着てみて!絶対似合う。』


そう言って差し出されたのは下がスカートのようになっている水色の着物。


『お、女の子っぽい…。』


『女装なんだから、当たり前でしょ?』


『…そうだね!でもサイズとか…ボクめちゃくちゃ小さいし…』


『それなら平気だよ。…ホイ!』


『え!?小ちゃくなった!どゆこと!!?』


『こーゆーことなら修行すればすぐできるようになるよ。神様の服って人の子みたいに買うこととかできないからね。誰かが作ったやつを自分でサイズを調整するんだよ。コレはボクが作ったやつなんだ♪』


『因みに、大国主様が先程着ていたものは私が作ったのです。…あんまり着てくれませんが。』


「あれ作ったんですか!?すごいですね…!めちゃくちゃ綺麗でしたよ!!」


『ありがとうございます、伊織。』


あれから私は凪さんと話をし、大国主様は紡と一緒に女装を楽しんでいた。大国主様も紡も楽しそうでなによりなにより。


『…ありがとうございます、伊織。』


「へ?あ、服のことですか?いやいや、めちゃくちゃ綺麗でしたホントに!大国主様に似合いすぎt『違います。』…?」


『大国主様のことです。』


「大国主様…?私何かしましたっけ?」


『大国主様の趣味が女装だ、と言った時、伊織と紡は肯定してくれたでしょう?引かずに。』


「肯定…、あ…!」


(あ、はい。それは大丈夫です。引いたりとかしませんよ。むしろありがとうございます。)


「あれか…。てか、引くわけないじゃないですか!人の好み…ん?神様の好み…?まぁいいか。誰かの好みとか趣味をバカにするのは何人も…何神も…?できないんですよ!もう面倒なので人で括っていいですか?」


『ふふふ…大丈夫ですよ。』


「趣味とか好みってその人をその人たらしめるというか…個性?って言うのかな…。個性を否定するってその人が成立している基盤を殺してるようなものだって私は思うんですよ。基盤を殺されたら、その人は壊れてしまう…、すみません。うまく言葉にできなくて…。」


『いえ、充分ですよ。…私は大国主様が心から笑っていらっしゃるのを久しぶりに見たのです…。大国主様にご兄弟様がいらっしゃるのはご存知ですか?』


「あ、はい。」


ストレートに言うなら兎に嘘をついた方々だ。


『大国主様はご兄弟に言われたのです。』


     "お前の趣味はおかしい"

     "気持ち悪い"


『そう言われてから、大国主様は大変落ち込みまして…。言い返そうにも、大国主様は末弟でございますから強く出れなかったのです。

それから大国主様は心から笑うことがなくて…猫をかぶった、貼り付けたような笑顔だったのです。』


大国主様にそんなことが…。


『私は大国主様に助けられた恩があります。ですから、私の前では無理をしなくていいと何度も言って…長い時間をかけ、ようやく私にも本音を話してくれるようになったのです…。』


「恩…?」


『あら…?言ってませんでしたっけ?

私は大国主様に助けていただいた兎ですよ。因幡の白兎です。』


え…?


「えぇぇぇぇぇ!?」


『!?伊織!?どした!?』

『ビックリした〜…凪、何話してたの…』


『私が因幡の白兎であることを伝え忘れておりまして…。』


『…そんなにビックリすることだっけ?』


「いやホントわからなかったので…。」


『相変わらず、伊織はいい反応するなぁ〜www』


『ねぇねぇ!それよりこの服どう?』


「お、おぉぉ〜!!!」


紡が女の子になってる!!!


『紡って童顔だから似合うと思ったんだよね〜!!』


紡が着ていたのは淡いクリーム色とピンク色の着物だった。着物自体もすごく可愛らしい。


『大国主様も女の子にしか見えない!可愛いですね!!』


「それホント思う…。」


『へ…あ、ありがと…。』


『大国主様、耳が赤いですよ笑。』


『凪うるさい。』


大国主様が来ていたのは紡のと色違いの着物だった。色は淡いクリーム色と水色。

…似合いすぎじゃない?


『…そういえば時間大丈夫ですか?かなりもう暗いですが…。』


「え!!今何時!!?」


『ん〜と、夜の7:00だね。』


oh…大分ここにいたなぁ…。


「紡。今日はもう遅いからお暇しよ。」


『は〜い。』


『えぇ〜もう帰っちゃうの?』


『寂しいんですか?大国主様。』


『いや、別に…、そういう訳…じゃない、けど…。』


『素直じゃないですね笑。…伊織、紡。今日はここに泊まっていってはどうでしょう?』


「えっ!いいんですか…?」

『凪!?』


『もちろん。大国主様の許可があれば、の話ですが、ねニコッ』


『…!!許可出すに決まってんじゃん!!ね、紡、伊織!今日はここに泊まっていきな?』


「…では、お言葉に甘えていいですか?」


『パァァもっちろん!!甘えちゃってください!!』


『大国主様、すごい嬉しそう!!よかったですね!』


『〜〜〜っ!紡!それ分かってても言わないやつ!!』


『へっ!?そうだったんですか!?』


「ははっあっははwww」

『ふふふ笑』


その日はとても賑やかな夜を過ごした。凪さん以外は枕を投げ合ったり、大国主様と紡の女装も続いた。誰かと一緒に過ごすのはとても楽しかった。






次の日。


美味しそうな匂いで目覚めた。匂いにつられていってみると、凪さんが朝ごはんを作っていた。


「おはようございます、凪さん。」


『伊織でしたか、おはようございます。』


「すみません、作るの手伝いますね!」


『ありがとうございます。では、お稲荷さんを作ってもらえますか?』


「得意料理です!お任せを!」


お稲荷さんって神様の間で人気なのかな…。


「そういえば、神様って食事とかするんですか?」


『いえ、普通はしませんよ。我々はお腹が空くこともなければ満腹になることもしないので…。ですが、食事というものはとても楽しいものなので食事をする神も少なくないんですよ。』


「そうだったんですね!あ、できましたよ!お稲荷さん!」


『とても上手です♪では、あっちに運びましょうか。』



『あっ!お稲荷さんだ!!』

『凪、ありがと。』


「紡、手伝って。」


『は〜い!』


『皆さん行き渡りましたか?…では、』


「『『『いただきます。』』』」


「…この味噌汁、めちゃくちゃ美味しいんだが…。」


『伊織の作ったお稲荷さんもとても美味しいですよ。』


凪さんの料理はとても美味しかった。凪さんホントなんでもできる…さらに美人…。

羨ましい…。


『さ、紡!今日も一緒に女装しない?』


『いいですよ!!やりましょう!』


『え、いいの?』


『?大国主様がやろうって言ったじゃないですか?』


『いや…嫌だったらちゃんと断ってもいいんだよ?』


『?嫌とは思ってないですよ。むしろ楽しいですし!』


『…そっか!じゃぁ行こう!』


そう言ってまた奥の部屋に入っていった。


「すみません、長居しすぎてしまって。」


『いえいえ、大国主様も楽しそうですし!紡と伊織には感謝しかないのですよ。』


「…私も、こんなに楽しい時間を過ごせてとっても幸せです。」


『…!!大国主様!!』


突然凪さんが大声をあげた。


「!?どうしたんですか!?」


『凪。落ち着いて。』


『大国主様…?どうしたんですか?…顔、真っ青ですよ…?』


いつのまにか大国主様と紡が戻ってきていた。か、可愛い…。じゃなくて!


「あの、何かあったんd『大国主!!』」


『…!!』


玄関の方から男の人の声がした。

明らかに大国主様が青ざめている。


『…行ってくる…。』


『大国主様…。』


『凪。大丈夫だから。大丈夫…。』

『…凪、命令だ。もしものことがあったら、2人を守れ。』


『…はい。承知致しました。』


『伊織、紡。ちょっと待っててね。』


そう言って大国主様は玄関の方は消えていった。


「凪さん、何が…?」


『大国主様の兄上殿が来たのです。』


「お兄さん…?」


『…大国主様に女装を辞めるように時々こうしてやってくるのです。』




        気持ち悪い。

    男が女の恰好をして何になる。

     恥ずかしいから辞めてくれ。

    お前は男だ。男らしくしないか。





「そんな…。」


『私は眷属であります故、何も、出来なくて…。こうして大国主様が戻ってくるのを待つことしか出来なくて…。ホントに、不甲斐ない…っ!』


「不甲斐ないことはないです。」


「考えてもみてください。もしここに凪さんがいなかったら。大国主様はひどいことを言われた後、一人ぼっちですよ。でも凪さんがいるから一人ぼっちじゃない。凪さんがいるだけですごく安心すると思うんですよ。

…だから戻ってきたら"おかえり"と出迎えてあげてください。大国主様は凪さんがここにいるから、ここを預けたんだと思います。」


『伊織…ありがとうございます。お見苦しいところを見せてしまいましたね。』


「いえ、でも気持ちは分かりますよ。何も出来ないことってすごく悔しいですよね。

私たちは信じて待ちましょう!落ち込んだ大国主様を元気づけましょう!!」


『…はい!!そうですね!』


「ね!紡も待っていよう…ね…?」


あれ…紡がいない。


「紡!?」


『え!?紡がいない!?』


その時、玄関から声がした。




  『気持ち悪くなんかないです!!!』




「…今のって…。」


『…紡の声でしたね。』


「行きましょう!」


『え、ですが…。』


私は有無も言わさずに声のした方に走った。


「紡!!!」


『なんだ。付喪神の次は人の子か。大国主、其方こやつらを其方のおかしな趣味に巻き込んだのか。はた迷惑なやつだな。』


『迷惑なんてボクは思ってないです!!』


『紡。いいから…。』


「紡、その人は神様だよ。落ち着いて。」


『伊織!でも…。』


「すみません。ご無礼をお許しください。」


『伊織…!』


『ほう。其方は礼儀がちゃんとなっているようだな。まぁよい。許そう。』


「…ですが、たとえ神様であろうと、人の趣味に口出す権利もございません。」


『…なに?』


『…!そうです!大国主様は大国主様です!!好きなことをして何が悪いんですか!好きなことを好きと言って何が悪いんですか!!』


『ちょ、紡も伊織も落ち着いて。ボクは大丈夫だから…。』


「大国主様が女装をすることで誰かに迷惑をかけているなら話は別ですが、今のところ迷惑なんてかけていないんですよね。」


『ぬぅ…。』


『ね、もうホント大丈夫だから…。』 


「大国主様もですよ。」


『え…?』


「大国主様の趣味は決しておかしなことではないです。趣味なんて人それぞれじゃないですか。周りの目など、迷惑をかけていないなら気にしなくてもいいんです。もっと好きなものは好きと、堂々としてればいいんですよ!私達の前で振る舞ったように、堂々としてください!!」


『は、はい!!』


『大国主様、私もそう思います。…もっと堂々としても大丈夫ですよ。そちらの方が、カッコいいです。』


『凪…。』

『…兄上。私はなにもおかしなことをしておりません。兄上がどう思っていようと、私には関係ありません。この恰好が好きなのです。

…もう、今後一切。私の趣味については言及しないでいただきたい。』


『…!…弟のくせに、付喪神のくせに、、人の子のくせに…!無礼だぞ!!』


そう言いながら剣を私に向けてきた。



あ、ヤバい…。

気づいた時には遅くて、言い過ぎてしまった。


『伊織!!!』


凪さんの声が聞こえた。

…もう死ぬのかな。


静かに目を閉じた。



『…っ!兄上!!』


痛みはいつになっても来なかった。目を開けると、大国主様が剣を抜き、私に降りかかるはずだった剣を受け止めていた。


『…っ兄上!人の子にっ…!手を出してはなりません!!』


大国主様がお兄さんを弾き飛ばした。


『…もう、お引き取りください。』


『…!!』


大国主様からは考えられないほどの低い声で告げられたお兄さんはその凄みに驚いたのか、帰っていった。


『…もう、知らぬ。』




『…!!伊織!大丈夫だった!?ごめんね、怖い思いをさせてしまって…。』


『伊織〜!!!大丈夫だった!?』


『伊織!!』


「…えと、大丈夫、です…。」



『ホントにごめんなさい…。』


「…大国主様は悪くないですよ。さっきも言ったじゃないですか、"もっと堂々としてください"って。」


『…!!うん。ありがとう、伊織。紡もありがとう。』


『!皆さん、中に入りましょう!伊織と紡は今日も泊まっていってください。ゆっくり休んでください。』


「すみません…。そうさせてもらいます…。」


私たちは中に入っていった。

すると凪さんが言った。


『大国主様、伊織、紡。』




      おかえりなさい。



   『『「…!ただいま!!」』』






その日の大国主様と凪さんの顔はどこか晴れ晴れとした顔だった。…そういえば、


「あ、あの私神様に対してめちゃくちゃ失礼なこと言いましたよね…た、祟られませんか…?」


『…ボクもだ。…大丈夫かな…。』


今度は私と紡の顔が青ざめた。…やばい、寿命が縮む…!?


『それなら大丈夫だよ。ボクがそんなことはさせないから。それと…』


はい。と言って渡されたのはミサンガみたいなものだった。


『それをつけていれば、ボクが助けに行ける。伊織と紡には恩があるんだ。困ったことがあったら呼ぶといい。』


「え!いいんですか…?」


『当たり前でしょ。いいから渡したの!』


『「…ありがとうございます!」』


『後、はい!出して!』


「…何をですか?」


『…なんのために君たちここにきたの…?』


『「…あっ!」』


『嘘でしょ。忘れてたの…。』


「あはは…。」


そうだ。本来の目的は頼み事を叶え、名前を御朱印帳に書いてもらうことだった。


『忘れてたね…。御朱印帳のこと…w』


『…それ御朱印帳って呼んでるの?』


「アマテラス様がそう言っていたので…。」


『分かりにくくない?普通の御朱印帳と。名前変えたら?』


「いいんですかね?そんな事して。」


『いいでしょ。はい、なんか考えて!そしたら名前書くから!』


「ええぇ…。そうは言ってもなぁ…。」


突然のことなので全然思いつかない。


「紡〜、なんかある?」


『ん〜……福禄帳とか?』


『福禄…幸せと似たような言葉ですね。いいんじゃないですか。』


「紡が福禄とか知ってることに驚いた。」


『伊織、失礼だよ。』


『うん。いいんじゃない?はい、じゃぁ改めて。福禄帳を貸して。』


『「はい!」』





       [大国主命]





『我、大国主命は其方たちを認める。

…がんばってね!伊織、紡!』


『…!記念すべき!初の!!名前!!』


「やったね!紡!」


『伊織、紡。水を差すようで申し訳ありませんが…もうそろそろ出発しないと帰りが遅くなりますよ。』


『そっか、もう帰っちゃうんだよね…。』


「…大国主様、凪さん。たった2日間でしたが、お世話になりました!」


『大国主様、また来てもいいですか…?』


『…当たり前じゃん。むしろ!来ないと怒るからね!!たまにでいいから、遊びに来てよ。』


『では、入り口まで見送りますね。』


『凪!ボクも行く!』





『本当にお世話になりました。』


凪さんが深くお辞儀をした。


「いやいや!こちらこそありがとうございました。」


『また遊びにいらしてくださいね!』


「はい!」


『困ったことがあったら、呼ぶんだよ?

…友達、なんだから…。』


『…!!友達!!頼らせていただきます!』

「友達…神様と友達とか言っちゃって大丈夫かな…。」


『!いいに決まってるでしょ!!ボクらは友達!これ決定!!』


大国主様は自分から言って恥ずかしかったのか、顔を赤くしながら言った。



『じゃぁ…またね!』


『「またね!!」』



傍には大きな向日葵が空に向かって咲いていた。





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