付喪神の幸せ旅

ツユねこ

第1話 出会い

「フィ〜〜〜〜〜…。」 


 2週間前、おばあちゃんが死んだ。おじいちゃんと同じ、老衰死だ。正直、両親が死んだときよりも悲しかった。まぁ、両親のことはほとんど覚えていないからなんだろうけど。


 3歳の頃に両親を亡くした私を育ててくれたのは祖父母だった。両親が死んだ時、記憶はあんまりないけど、親戚達が言い争っていた記憶はある。今思えば、きっと遺産がどーのこーのの話だろう。そんな中、遺産目当てではなく、純粋に私を心配して、ここまで育ててくれて…。ホントに感謝しかない。でも…。


「ごめんなさい…。」


 おばあちゃんの遺品整理を終わらせてから、何もしてません。大学も辞めました。してるといえばバイトだけです。正直、バイトなんかしなくても、両親とおばあちゃん達の遺産があるので生きていけます。毎日ダラダラと過ごしております…。


「ホント。これからどうしよう…。」

 おばあちゃんの部屋の畳の部屋で寝ころぶ。

おばあちゃんが死んでから、もう、私は、ひとりぼっちだ。心に穴が空いたみたいだ。きっとこれが『寂しい』という感情だろう。


 私は、やりたい事が特になかったから、今まで『なんとなく』で生きてきた。

『なんとなく』大学に進学して。

『なんとなく』バイトをして。

やりたい事を見つけていく周りの人達を見ても、焦った事はなかった。自分もいつか見つかる、そう思って生きてきた。

 しかし、現実とは上手くいかないもので、 20歳になった今でもやりたい事が見つからない。今更だが、焦ってきた。就職しないとおばあちゃんにもおじいちゃんにも、両親にも顔向けできない。

 こんな時、おばあちゃんだったら…。


『焦らんでもええ。ゆっくり、探しな。』


 って、いうんだよn…!?


「ダレ!?」


 確実に声を聞いた。えっ、普通に怖いんですけど。助けてくださいおじいちゃん、おばあちゃん。就職活動頑張るから!めっちゃ頑張るから!

縁側へ行き、空に向かって土下座しながら念じる…。我ながら何をしているんだろう…。


『おーい!何してんの笑?ココだよ。ココ、ココ。ボクの声が聞こえてるみたいだね!…?どうしたの?おーい。伊織ー??』


 声はおばあちゃんが使っていた文机から聞こえた。

…なんかいる。小人…?和装した…こう…。神主さんが着ているような…。それよりちょっと派手な…。


「…Who are you?」


『…えっ?』


 何故か英語になった。我ながら謎すぎる。


「ど、どちら様でございましょうか…?」


『ボクは付喪神だよ!』


つくもがみ…tsukumogami…付喪神…?

えっ。付喪神…?付喪神って、あの付喪神…?


『さては、信じてないなー?』


「…心の声が聞こえてるんですかね?」


『伊織は昔から顔に出るんだよ。』


昔から…?


「いつから私の事を知ってるの?」


『伊織がこの家に来た時からだけど?』


…少なくとも、家には私とおじいちゃんとおばあちゃんしかいなかったはず…。


『もー!信じてないなら証明してあげる!』


証明…?


『あれは伊織が5歳の時かなー。伊織が菊と源蔵に「蛍見たい!」って言って、蛍が出る場所に連れて行ってもらった時だったね。伊織ったら、蛍に夢中になり過ぎて、川に落ちちゃって笑すっごい浅い川だったのに、すっごい大泣きして源蔵に抱っこされながr…「もういいです。信じますからやめて下さい。」…もういいのー笑?』


もう信じよう。おじいちゃんとおばあちゃんの名前まで知ってるし…。恥ずかしい思い出も何故か知ってるし…。


「…ホントに、付喪神様なんですね…?」


『様はいらないし、敬語もいらないよ。

 ホントの付喪神ですドヤァ』


もう細かいことは気にしないでおこう。


「あっ!そうだ!」


立ち上がって台所に行き、冷蔵庫を漁る。

昨日の残り物があったはずだ。


「どうぞ」


『あっ!お稲荷さんだ!懐かしい…。菊もよく持ってきてくれたんだよねー』


 そういえば…。


「おばあちゃんがたまに、お稲荷さんとか置いたまま食べなかったから、食べようとしたら怒られたっけ…。もしかして、あなたに食べものをあげてただけだった…?」


『そうそう!伊織ったら、ボクがくれたものを食べようとしてたなぁ笑。』


「…おばあちゃんは君のこと知ってたの?」


『菊は見えてただけだったよ。今みたいに、話すことはできなかったし、そもそもボクの声も聞こえてなかったみたいだった。』


「そっかぁ…。でも、なんで私は突然見えたり、話したりできたんだろ…?」


『それはわしの力じゃ。』 


…!?なんか増えてる!?女の子…?


「えっと…。あなたも付喪神…?」


『ほう…視えており、話すことも可能か…。わしは本物の神じゃ。アマテラスじゃよ。

 聞いたことないかね?人の子よ』


アマテラス…天照大御神…って!


「確か…格上の神様…ですよね…?」


『いかにも。詳しく言えば、三貴子の1柱。 そう固くなるな。リラックスじゃよ!リラ〜ックス♪』


「祟られたりとか…?」


『何もしておらん相手には祟らんよ笑』


「それで貴方様の力とは…?」


『人はな、本来誰しもそういうのを視る力があるんじゃ。視える力は個人差があるがな。神まで見れる人はほぼおらんにも等しい。お主はめちゃくちゃ稀な人の子じゃな。

じゃが、ほとんどの人は視える力を無意識に抑え込んでおる…。簡単に言えば、スイッチみたいなものじゃ。わしはそのスイッチを押したにすぎぬ。』


そうだったのか…。


『菊…お主の祖母は半分押されてたから、見えただけなんじゃろう。完全に押されてたら喋れたんじゃ。じゃが、本来自分でスイッチを押すこと自体、凄いんじゃよ。お主も菊も凄いのぉ。』


「なるほど…。では、何故そのスイッチを押したんですか?」


『おぉ。そこが本題じゃ!

 お主には手伝ってもらいたい事があるんじゃよ。ホレ』


そう言って、手帳みたいなのを渡された。

…ナニコレ?


『それは御朱印帳じゃ。さて、ここからは自分で言うんじゃ』


『はい!』

『改めまして、ボクはこの懐中時計から生まれた付喪神です。』


「これ…おばあちゃんがずっと大切にしなさいって、言ってた…。」


 動かないのになんで取っておいていたのか分かんなかったけど、付喪神がいたからなんだ…。


『結論から言うとね、ボクはね、神様になりたいんだ。誰かを幸せにできる神様に。』


「そんなことできるの?」


『前例はないができんことはない。じゃが、神になるための修行、試練はとてつもなく厳しいものとなる。此奴もそれを分かった上で言っておるのじゃ。』


『はい。そして、付喪神から神になるためには、まず多くの神々から認められなければならない。その御朱印帳は神様から[認めます]っていう印をつけるものなんだ。』


最初のページを開いてみた。


[天照大御神]


「…アマテラス様しかないじゃん…。」


『ウッ…。事実だから何も言えない…。』


「でも、アマテラス様から認められれば他の神様も認めるんじゃないの…?」


『それはダメじゃ。』

『たしかに、わしはお主の言う格上の神じゃ。しかしな、

「わしが認めたから自分も認める」

 と此奴の本質を見ずに認めてしまうのもまた違うじゃろう?』


なるほど。確かにそうだ。


『じゃからわしは他の神々に言ったのじゃ。


 自分の目で見て、此奴の魂の本質を見極めよ、と。


わしは此奴の汚れのない、純粋な願いを応援したいと思うただけじゃよ。』


 アマテラス様…、優しく、慈悲深いお方だ。


『それに面白そうだしな!ドヤァ』


前言撤回。最後の一言がなければ完璧だった。案外お茶目なお方だ。


『アマテラス様はこう仰ってますが、この御朱印帳は神々のお願いや頼み事を聞いたらもらえるんです。…ボクも挑戦してみたのですが…。上手くいかなくって…。だから、伊織に協力して欲しいんです。』


「…私が協力してもいいものなの…?」


『よいよい。たかが付喪神1柱ごときににできることは限られておる。神々もなかなか曲者でな。じゃが、甘やかすでないぞ。』


「でも…。」


 私には何も才能もない。アマテラス様が言うに、ただ"視える"だけだ。両親を亡くし、私だけが生き残って、祖父母も亡くし、前に

進むと思ったら、


 未練がましく、


 "やりたいことなんてないから"、


 そんな言い訳を述べて、


 ただ毎日を、


 自堕落に、


 生きて。


 おばあちゃんみたいに、なんでもできるわけでもなく、おじいちゃんみたいに、誰かを元気づけたりも出来なくて。

 いつだって幸せにされていた私が、

 誰かを幸せにさせたことのない私が、


 …誰かを、


 …幸せになんて、


 …できるの?


「….ごめんなさい。」

「私じゃ…力不足だよ。」


『…ねぇ、伊織。』

『伊織はさ、何をしたいの?』


「…わかんない…。それがわかってたら、こんな思いはしないよ。」


『伊織はさ、今、幸せ?』


「これが幸せそうに見える?笑」


『全然。じゃぁさ、伊織は、』


 菊と源蔵と一緒に暮らして幸せだった?


「…あたりまえじゃん!おばあちゃんとおじいちゃんがいなかったら、ここまで生きてないよ!おばあちゃんとおじいちゃんは!私にとって、幸せをくれた神様なの!」


 だめだ…。涙が出てきた。寂しさが…後からやってくるって…人間って、嫌な構造してる。


『…やっと本音を口に出したね。ホントは自分が思ってたより寂しかったんだよ。

 伊織は色々思うだけで、口に出さなさすぎなんだよ。』


『口に出すだけで、誰かに話すだけで、ちょっとスッキリするでしょ?』


  さぁ、本音をもっと言ってごらん?


「…ホントはすごく寂しい。おじいちゃんもおばあちゃんも、いくら健康体でも、歳には勝てないことも、わかってる…。

…私は、友達も、出来なかったから、私にはおばあちゃんとおじいちゃんしかいなくて、2人は何も言わなくても、私の考えてることとか、わかってて、嬉しくて…。」


誰にも言えなかった本音が次から次へと出てきて、それを人じゃなくて、付喪神に言うなんて…。


『さっきボクは"伊織は昔から顔に出るんだよ。"って言ったけどね、身内とかずっと近くにいた人なら分かるんだよね。』


…?


『つまり、他の人には分かりにくかったんだよ。だから、ボクや菊や源蔵とかは伊織が考えてること分かってたけど、他の人は分からなくて…それに伊織は優しい子だから、迷惑かけないように辛くても、大人とか先生に平気なフリをしてたんでしょ?』


「…」


『よく。頑張りました。ニコッ』


その言葉は、私の心にスッと入ってきた。

そして、身体中を血液と共に巡った。

心から暖かくなるというのは、このことだろう。


 付喪神に頭を撫でられた。誰かに頭を撫でられるのは、何年ぶりだろうか。

そんなことを頭の片隅で、冷静に考えたが、そんなことも忘れるくらい、付喪神の手は、とても小さいのに、なによりも暖かく感じた。







 …り。……おり…!……ぃおり……!


『伊織!』


「はっ!」


 ガバッと起き上がった。寝てたのかな…?


 ズキッ。「…頭痛い…。」


『伊織、昨日すごく泣いてたもの』

『んで、そのまま寝ちゃってたから、毛布かけといたよ。』


「…あ、ホントだ。ありがとう…。」


 …ぁあー。だんだん思い出してきた。20歳だというのに、幼稚園児並みに泣いた。付喪神と本物の神様の前で。


 …恥ずかしい…。


『伊織!』


「?なに?」


『気分はどう?ニコニコ』


「…スッキリした…ニコ。」


『それはよかった!』

『…ねぇ、伊織。ボクのこと、協力してくれますか?』


「…わたしはホントに頼らないかもしれない…。それでもいいの?」


『もちろん。ボクは伊織だから頼んでるんだ。』


「…頑張るね!」


『見事!』


「アマテラス様…?」


『見事じゃ。付喪神よ。合格じゃ。』


「合格…?テストかなにかしてたんですか?」


『テスト…みたいなものじゃな。

 実はな、お主に協力してもらうにあたって、条件をつけたのじゃ。』


「条件?」


『その内容は、お主を笑顔にすること。

お主は、心に負荷がかかっておった。言わばストレスじゃな。寂しさと我慢が募りすぎたんじゃ。それはもう、1人では癒えないほどにな。』

『"誰かを幸せにできる神様になりたい"

そう思うなら、まず身近にいる者を幸せにしないと始まらぬ。どうじゃ?最初と比べるとお主は幸せか?』


「…はい。最初に比べると幾分か、幸せです。」


『うむ。それならよかった。じゃが、お主は人を、大事な人を亡くしておる。心の傷、寂しさはこれから、時間をかけて治っていくじゃろう。協力してくれて有難いが、無理だけはするでないぞ。』


「はい。ありがとうございます。」


『うむ!では、改めて説明をしよう。』

『付喪神が神になるにはまず、多くの神々から認めてもらわなければならない。認めてもらうには、神々からの願い、頼み事を聞くことじゃ。お主…伊織にはそれを手伝ってもらう。付喪神と協力するのじゃ。神々は色々曲者揃いじゃから気をつけるんじゃぞ。

 そして、神々の名前をその御朱印帳に記してもらうがよい。その御朱印帳が名前でうまったとき、付喪神には高天原で修行をしてもらう。』

『行ってもらう神々の所へはわしが指示する。神社じゃな。その神社へ行き、頼み事を聞くのじゃ。』


「『はい!』」


『良い返事じゃ。では、伊織。此奴に名をつけてやれ。』


「な、名前…?」


『うむ。いつまでも付喪神じゃ呼びにくいじゃろう。そして、お主と付喪神に特別な縁を結ぶ。わしの加護付きじゃ。ちょっとの呪い等を祓ってくれたりと、お主らを守ってくれるじゃろう。

ゆっくり、考えてやるんじゃ。』


「えっ…。呪われるんですカ…!?」

 聞いてないんですけDO☆


『神々の中には邪神もおる。そやつらから守るのじゃ。協力してもらうんじゃ。これくらいはなせんとな。』


「ありがとうございます…!」


アマテラス様のお墨付きだ。きっと大丈夫だろう。うん。名前決めよう。


「…懐中時計から生まれたから…。

"紡"とかどうでしょう。時を紡ぐみたいな感じで…。あ、安直すぎですかね…。」


『紡…つむぐ…。良い…!紡が良い!!

 ありがとう、伊織!!』


『うむ!良い名じゃ。これでお主らは特別な縁で結ばれた。付喪神…いや紡よ。これから精進するんじゃぞ。』


『はい!!』


 縁とか見えないけど…目には見えないのか。


『伊織!これからよろしくお願いします!』


「こちらこそ。よろしくね、紡。」





 これから始まるは、1柱の付喪神と1人の人間が幸せを知る旅物語。

 これで誰かが幸せになれたなら、また不幸になったなら、

 それもまた、儚き人生の一興である。























  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る