第2話 僕と戦闘用メイド

「護衛がダメだから入学を認めないだなんて! やっとの思いで合格したのに、戦争は終わってから十五年はたっているのにですよ! 奨学金だって勝ち取れたんです、彫刻看板の仕事も頑張って学費は何とかなるんです……あっ、あの、受験番号30301、ノーマ・ノスラーです……」

 

 圧縮砂岩で建立された荘厳な学舎のはずれにある事務室で、ノーマ・ノスラーと名乗った少年は、かれこれ一時間は押し問答を続けていた。


「ノスラー君、当学高等部に入学していただくには国の法律にのっとった護衛を付けてもらわなければならない決まりです。当然、当学既定の品位に達しない護衛傭兵は承認いたしかねます。認定資格を取得した警護メイドを用意していただきたい」


 パリッとしたスーツを着込んだ事務官が、言葉を荒げることなく同じ文言を繰り返す。追い払うようなぞんざいな態度は一切見せず、その振る舞いが余計に隙のない揺るぎなさを感じさせる。


 この国で十五年前に終結した戦争の傷は、癒えるどころか慢性化した標準となってしまい、数々の犯罪や転覆活動が影を落とし続けている。その中でも富裕層を狙う強盗や誘拐は多発していて、彼らが政府警察に頼らず護衛を雇うことはよくあった。


「送迎をお願いするロメロさんは元軍人ですよ、国のために立派に戦った人です。それに護衛のメイドなんて雇えっこないです。うちは両親もいないし、資金もないし、僕を狙う誘拐犯なんていないですよ」

 

 何とか食い下がろうと、オーク材のデスクに身を乗り出し訴えたが、ゆっくりと体の力を抜いた。もはやどうにもならないのだろう。雇われた護衛傭兵そのものが乱暴を働くという事件も少なからずで、学校側の主張も幾分かは理解できたからだ。


「ご理解いただけましたか?」事務官はそっと促す


「お時間……ありがとうございました」なんとか退出前の一礼という礼節を思い出し振り返ると言葉をしぼりだした。


「ノスラー君、君の彫刻は素晴らしい、当学合格にも十分に考慮されたのですよ。気休めかもしれませんが、今の君なら別の道もあるはずです。君のご両親は偉大な医者だったが、あなたを見ればきっと誇りに思うことでしょう……ご両親が生きてさえいれば、残念です」

 

 立ち去る背中で重いドアが閉ざされる音を聴いた。

 

 


 排気ガスの息苦しさと共に、気落ちした少年を街はずれの停留所に置き、路線バスが発車する。


「終わっちゃったか……頑張ったんだけどな」


 旧ノスラー診療所前と彫刻されたバス停の銘板をなでながらつぶやく。それは彼自身が彫刻したものだった。


 街の人々はいまだノーマの両親に敬意を抱いており、遺された息子である彼にも何かと手を焼いてくれた。バス会社の社長もそんな支援者の一人で、路線中のバス停の銘板づくりを依頼し、すこしばかり多めに賃金を払ってくれたのだ。


「みんな応援してくれていたのに……」


 ちょっとやそっとではへこたれない頑丈さを自負していたノーマだったが、さすがに今回の事はこたえたようでがっくりと肩を落とし、呆けた表情で乗り継いだバスを見送り、さらにレッカー車で運ばれて行く角ばった旧型セダンを視線で追った。


「あれ? おかしいぞ、あの車は確かに」


 タクシーや、ホテル送迎車、さらには何十年か前の小金持ちが所有する事が多かったという頑丈で定番な輸入車。護衛のロメロさんに紹介された廃車ヤードから、ようやく手に入れた通学用の車。まだ一度も乗っていない、とっておきの車。


「僕の車が! 待って……待ってくれ……」


 追いすがる事もできず、視界からゆっくりと消えていく。


「結局負けたのかな。影響されずに幸せになれれば、戦争のアレコレにあらがって勝ったことになるって思ったのに」


 その場にへたり込んでしまったノーマに背後から長い影が落ちる。それはゆっくりとさらに長くなりながら近づき、彼の全身を包み込んだ。


「まったくですね。あんな車、変に悪目立ちするうえ取り回しも悪いしで、襲撃してくださいといわんばかりです。走り出す前からすでに負けちゃってます、やれやれですね。処分してよかったです」


 低い女の声だった。よく響く強い声だった。


「あなたは勝ちます。幸せになる事が勝利目標なら、あなたは勝ちます。圧勝間違いなしです」


「……いや、誰……ですか?」


 背後から突然浴びせられた、あまりに力強すぎる台詞に気圧されながらゆっくり振り返り、声の主を探す。


 十六歳男子の平均的な身長であるノーマよりも頭一つ分は高い身体に、逆光に浮かび上がる紅い光沢を放つヴェルベットのエプロンドレスを着込み、穏やかな風になびく漆黒の豊かな巻き髪は、灰がかった琥珀色の瞳を際立たせる。年の頃なら二十代前半だろう。


 声の主はゆっくりとノーマに手を差しだし、手を取るように促した。


「望んだのはあなたでしょう、私が必要なはずです。あなたには」


 太い眉と厚い唇にうっすらと笑みを湛え、個性的な美しい顔立ちを優しげな愁いで彩る。


「だから誰なんですか? 似顔絵にしやすそうな顔立ちですし、そっち方面の画家には喜ばれるでしょうけど、あいにく僕は彫刻ですので必要ないですね」


「ふむ、初手で相手にノせられないという姿勢は戦闘においてはなかなかよいと思います。でも表情に出てしまっていますね。あなたちょっと笑っちゃっていますよね? 素人さんですね」


 彼女は差し伸べた手をさらに伸ばしノーマと握手の状態にすると、そのまま引っ張り、立たせた。ノーマは無理に干渉されることが好きではなかったが、いやな気はせず、微笑み混じりのため息をついた。ずっと一人だったけど、もし姉がいたとしたらこんな気持ちになれたのだろうか。 


「私はストーリア・エベット。マイデンス慈善財団の学生支援基金により、クリティカルスタンバイ・アンド・ヘビーパッチャー社警護部門から派遣された戦闘用メイドのストーリア・エベットです。あなたの学園生活を守るためにやってきました」


「どっどうも、ノーマ・ノスラーです。で、エベットさんが僕を警護してくれて、その費用は奨学金でまかなわれるって事ですか? でも車がないと通えないじゃないですか、ここから徒歩通学すると日が暮れてしまいます」


「さっきの車は警護に支障がありすぎるので処分することになりましたが、すでに新しいというか、適切な車を手配してあるのです。もしかして、思い出的なものがありましたか? そうじゃなければいいのですが」


「高等部に通えさえすれば僕はそれでいいですけど、僕は本当に高等部に入学できるんでしょうか」


「もちろん、バッチリです。入学の手続きは明日にでも完了します。新学期から始まる安全かつ素敵な学園生活は、私、ストーリア・エベットが保証します! よかったですね」


 ノーマはかつて診療所だった自宅の前にうずたかく積まれた荷物に気がついた。


 たっぷり二トントラック一台分はありそうだ。


「で、あの大量の荷物はエベットさんのものですか? 多すぎじゃないですか?」

 

 オリーブグリーンや、サンドブランの成形色軍用樹脂コンテナに混じり、ワレモノ・紅茶セットやパンダ型寝袋、ビデオテレビ・ゲーム機セット、乗馬型健康器具などと札を貼られた段ボール箱が多数あり、荷物の山には明らかな日用品が含まれているようだ。むしろ段ボール箱の方が多いように見える。


「この田舎町で戦闘力を維持するためにはリラックスできる住生活環境が必須項目です。戦闘用機材よりも休養資材の方が大事なくらいです、なにせ田舎ですから」


「でも、いや、え、まさかとは思いますけど……エベットさん」


「そうです、私は使役メイドではありませんので、全部あなたで運びこんでくださいね。緑の機密箱と砂色の機密箱は衝撃に気をつけてください、爆発しちゃうかもしれません」


「そうじゃなくて、エベットさん……えっ」


  戦闘用メイドは、ノーマの顔が胸に接触するほどの距離まで詰める事で彼の発言を制する。


「あなたは学園ですべての経験をすべきなのです。何者にも邪魔はさせない、絶対にです。どんな些細な障害ももれなく、そして強大な妨害からだって必ずストーリア・エベットが守り抜きます」


 呼吸でかすかに上下する胸の上部に険と盾かたどった徽章きしょうが付けられている。彼女はそれにそっと手を当てた。


「クラスⅢ戦闘メイド章とマイデンス家の名にかけて守り抜きます」


「あっありがとうございます。それはすごくうれしいですよ。で、クラスⅢってすごいんですか?」


「ええ、それはもうとびきり強いです。あらゆる訓練状況、任務をこなし、各種武装携行許可をもって雇い主に貢献する、かなり強いクラスですので。あと、私のことはスーと呼んでください。ストーリアのスーです。さぁ、荷物をどんどん運ばないと日が落ちてしまいます」


 ノーマはストーリアに背中を押され、よろめきながら荷物へと向かう。


「あの、僕とスーさんって、今後一緒に住むって事なんですかね?」


「ええ! 今更この話の流れで? 当然です。私は戦闘用メイドですので、銃は当然私持ちですが、住はあなた持ちです。こんな立派なおうちなのに一部屋ぐらい、いいでしょ」


 ノーマはそういう事じゃないのになと、納得できないモヤモヤした気持ちと共に荷物を運び始める。


「私の呼び名はスーでお願いしますノーくん。スーさんだとなんだか間が抜けている気がします。無責任な行き当たりばったりな人みたいです」


「ノーくんだって否定されている感じしかしないですけどね。そんなふうに呼ばれた事なんてないですよ。だいたい一文字しか省略できてないし、適当なことばかりを言いますねスーさんは」


 荷物を苦労しながらも運ぶノーマの姿を少し離れて眺めながらストーリアは安堵していた。過去の悲しみで道を踏み外し、悪人になったりはしていなかった。もっとも、そうなっていても警護は全うするつもりだったのだが。戦争で両親を失っても、まっすぐに育ったようだった。それがうれしかった。


「よかった……本当によかった……」


 頬を一筋の涙がこぼれ、胸の徽章きしょうではじけた。




「なんとか運び込めましたよ。これで全部ですよね」


 ノーマはかつての診察室にストーリアの荷物を運び込こみ、彼女を案内した。半円状の出窓がある簡素な部屋は、そこかしこに痛みがあるものの清掃補修は続けられているようで、長らく使われていない機材もまとめられ、よく整頓されていた。


「素敵なお部屋、人間の中身っぽい絵のポスターが少し気になっちゃうけど、出窓もかわいくて、わぁ! ベッドの上にも人間の部品ぽい置物が」


「元々診療所なので中身ポスター的や部品ぽい置き物もありますが、気に入っていただけてよかったですよ。でも、突然なのでびっくりしているんですけど、こう言うのって前もって知らされないんですかね?」


「いろいろ行き違いと手続きとかで、突然になってしまってごめんなさい。あ、偽メイドとかじゃないです。本物ですから! 車泥棒とかでもないです。車の事は、盗聴装置や爆発物、追跡機器設置の可能性があるので即座に処分する必要があった訳ですけど……」


 ストーリアは段ボール箱から白と黒の熊のような形状の寝袋を取り出し、パイプでできたベッド敷くとそこに腰掛けた。


「スーさんの話がたとえ全部嘘だったとしても、それでもいいんですよ。一番落ち込んでた瞬間にスーさんと話せて、ちょっと救われましたし。それに今の僕から奪える物はなんてほとんどないですよ。本当じゃなくても、なんとなく歓迎ですよ」


「だめ‼」


「うわっ、びっくりした。突然大きな声出さないでくださいよ。じゃあ本格的に歓迎という感じにしますね」


 ひっくり返った人間の部品ぽい置物をノーマはそっと正しい向きに直す。


「あーだめっ、そんなんじゃだまされ放題です。つけこまれて、利用されて、砂漠に捨てられて、ハイエナの餌になって、でもノーくんはおいしくなさそうなので全部食べきってもらえなくて無残な姿に。それくらい世の中は厳しいです」


「それ、スーさんが言ちゃうのって気が、結構強めにしますけど」


 ノーマの抗議の半ばでストーリアの興味は、壁に掛けられた木彫りの扁額へんがく に移ったようだった。身を少し乗り出し、真剣な表情になる。


『怒りを受け止める盾をかざし、憎しみを断ち切る険を携え、我、医の道を行く。世が武具を捨て去る日を君に託すことを許せ』


「僕が生まれた時に医者だった父さんが彫ったんですよ。僕はそんな平和な日を創り出せる人になれるだろうかって思いますが、でも結局、尻拭いよろしくみたいな具合なので、戦争で死んじゃってなかったら抗議の一つでもしたいですね」


 彫刻を始めたきっかけになった物で、共有できたことがただうれしかった。そういえば、そんな話を誰かにした事なんてなかったかもしれない。


「うっ……うっ、ご、ごめんなさい。私……」


 うつむいた膝に大粒の涙が落ちる。ノーマは突然の事にしばし戸惑ったが、隣に座り、嗚咽する肩を軽く抱いた。


「スーさんは泣いてくれるんですね。戦争でみんな徹底的に傷ついたんです。死んじゃった人も、傷つきすぎて動けなくなっちゃった人だっています。でも、僕は生き残れたし元気だし動けます。だから楽しく生きることで戦争そのものに勝とうと思っています」


「わーああぁぁん、ごめん……っなさい」


 声をかけるほど、すがるように泣く彼女にただただ胸を貸す。


「今日スーさんと出会えたことだって、ちょっとした勝利だと思ってます。泣きたいなら泣いててもいいですよ。スーさんは戦闘用メイドなので、戦闘時以外は弱くてもいいですから。あれ?右耳が」


 かなりのボリュームのある巻き髪で隠され気がつかなかったが、彼女の右耳が丸く欠けている。銃創なのかとノーマは思った。ストーリアだって戦争に巻き込まれたのかもしれない。


「うっうっ……子供の頃っ、犬にっ、かじられてっ……」


「まさか、政府軍がよく使った軍用犬での制圧作戦で!」


「飼ってた犬の、チャチャに……かじられて」


「戦争のせいじゃなかったんですね。よかった。なんだか小型犬ぽい雰囲気の名前ですけど」


 それからしばらくし眠ってしまったストーリアに、ノーマは白と黒の熊のような形状の寝袋を毛布代わりに掛けると、往診室と札がある部屋をのドアをそっと閉めた。




 朝食の匂いがあたりを優しく包み、窓から差し込む柔らかな朝日が新しい始まりを告げる。それは穏やかで、得がたい物だった。


「スーさん、もう起きてくださいよ。朝食が冷めてしまいますよ」


「わはひはきゅうひめいどひゃないので おひぇんたくも」


「分かってますよ。給仕メイドじゃないから食も僕持ちなんですよね。洗濯も今やってますよ」


 しばし後、明るいチョコレート色のジャージ姿で食卓に登場したストーリアを見て、メイド服じゃ無いんだと少しがっかりしたが、”なんとかメイドじゃないので”という下りを予測し、避けるため、ぐっと言葉を飲み込む。


「そうそう、アレちゃんとしてくれました?」


 彼女は要求をしながらも、ナイフとフォークを器用に使い鶏肉を口に運ぶ。その姿はダサジャージと相反して優雅だった。


「おしゃれ着洗いで洗濯機してますよ」


「ノーくん、おしゃれ着洗いやさしいモードです、もーぉ、ちゃんと言ったのに」


「女の人の下着の洗濯なんて知らないですよ。僕、昨日まで一人で生活してたんですから」


「これからは違うので、ちゃんと覚えてください。下着は、おしゃれ着洗いやさしいモードです。あと上下セットで陰干しです。いいですか? 上下セットですよ。私は教育メイドじゃないのに、これはサービスです。まったくノーくんは」


 彼女に言わさないでいこうと思った下りを別の方向から発せられ、さすがのノーマもいらだち、抗議をしようと言葉を選び始める。


「スーさんは」


「ノーくん、実は!」


 ノーマの試みはストーリアの得意げな笑みにより完全に受け止められ、阻止されてしまった。


「私たちの車が届きますよ。これで新しい学園生活が送れますね。よかったですね! ブブブブーーブブブーーンギュンギュンです」


「ブーンはなんとなく解りますけど、そのギュンギュンってなんですか?」


「六気筒可変タイミングリフトエンジンが高速過給モードに入った時の音です。かっこいいですね」


 ノーマ・ノスラー 十六歳は、この世に決して勝利することができない物があるのだという事をこのとき知ったのだった。


 入学式まであと一月と半分、旧診療所にとって最も幸せな時が流れた。



―私が絶対、あなたを守るから。すべての脅威から、悪意から、あなたを守るから。

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メイドインメイド ~戦闘用メイドと始める学園生活 in バナナ共和国~ 々 六四七 @topologic_dream

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