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 初めて会った彼女。

 肩にかかる黄色の髪を揺らして、ニコリともしなかった。

 車の後方に座る彼女の母親が、俺に会話が途切れることなく話しかけてきているのと対照的に、彼女は助手席でピクリとも動かず、首をやや曲げて外の景色を眺めていた。

 運転席と助手席だけが土足厳禁にしている俺の車で、その旨を伝えていないのに、彼女は察したのであろう。靴置きトレーにキチンと両膝をくっくけて、足を置いて動かない。

 時折、ブレーキを踏んだ時、ゆらっと少しだけ前のめりになって少し毛先のはねた髪が揺れる。

 彼女の母親が、彼女に話しかけると「そう……」とか「へぇ……」とか、小声で応える。どう見ても“話しかけないで”という雰囲気だ。

 横目で見ると、長いまつ毛の奥はよく見えなかった。

 ただ、どこかを見ているようで、見ていないようだった。風に揺れる花を眺めていたのかもしれない。


 二回目に会った彼女。

 親父から頼まれたものを届けに、彼女の家に行くとリビングに彼女の姿はなかった。

 お茶とお菓子をご馳走になりながら、彼女の両親と話をしていると、トスン……トスン……と静かな足音が聞こえた。二階の自室から降りてきた彼女は、薄いピンクのフワフワしたパーカーとショートパンツ姿。同じ色の膝上まである靴下を履いているが、歩く度に少しずつ下がってきて、白い太ももが見えた。

 黄色い前髪からちらりと茶色い瞳が見えた。


「今度、近くを案内するよ」


 俺は、そう声をかけた。


「……ありがとう」


 消え入りそうな声で、俺を見ずに彼女は反応する。前向きそうなお礼の言葉とは裏腹に、全く興味もなく何処にも行きたくない様子だ。

 彼女の目は、何かを失くして探すことを諦めた、そんな光のない瞳だった。


 三回目に会った彼女。

 家族で引越しをしてきたが、彼女の両親はもともとここが地元だ。彼女だけ、知らない土地に知らない人だらけで、友達も恋人もいない。

 あの瞳は、寂しさの現れなんだろうと考えた。

 だけど、知らない土地ならもっと興味を持ったりしないんだろうか。

 部屋にいても、テレビを見ているわけでもなく、ゲームをしているわけでもなく、ただただベッドでずっと眠っているようだ。


「……眠っていたいから」


 彼女は言った。


 現実から目を背けて、死にたくても死ねない。ギリギリの周りを思いやる気持ちが彼女を存在させている。存在することが、どれほど苦痛であるかは、誰も気にしない。苦痛に耐えながら、縛りつけないでくれと心が叫んでいるんじゃないか。もう何も見たくないと瞳だけが静かに悲鳴をあげていた。

 今日も俺は、親父の使いっ走りで、黄色の髪を揺らすパーカーとショートパンツ姿の彼女を見る。


 四回目に会った彼女。

 婚約者がいて、もうすぐ結婚するんだと言った俺に、柔らかく心から祝ってくれるような初めての表情と笑顔を見せた。


「おめでとう」


 黄色の髪は、光が当たると少し透けて薄い金色になる。近くの港まで案内すると、彼女は海を眺めて俺の知らない歌を口ずさんだ。

 瞳を輝かせた姿を初めて見た。

 可憐な花のような笑顔を初めて見た。

 俺は満足だった。それから時間ができた時には、彼女を海に連れていくことになった。婚約者に紹介もしてやりたいし、知り合いが増えれば彼女は安心してこの土地で過ごせるんじゃないか。笑うことは規制されていもしなければ、楽しく過ごす時間だって自由だ。もっと毎日を幸せそうに過ごして欲しいと、彼女の笑顔を見てから願うようになった。


 孤独を胸に抱く彼女。

 えりか……エリカという花がある。花言葉は“ 孤独”だ。えりかの瞳は、ずっとずっと孤独を宿していた。


 今、瞳を閉じたえりかは、どこか幸せそうな安心して眠る子供のようで。何も知らない純新無垢な少女が遊び疲れて眠ってしまっているようで。

 俺は彼女と過ごした時を振り返る。

 何を映し出しているのかわからない瞳が、唯一、海を見る時だけ無邪気な子供のように輝いた。潮風に煽られた髪が透けて物語のヒロインのように儚げに花が散るように揺れた。海だけに心を開いた。歌を聞かせて、踊りを披露した。


 彼女は海に帰る。だから、もう目覚めない。

 彼女は海に帰る。そして、もう戻らない。


 えりかはひとり、孤独を選んで、孤独を受け入れた。孤独を愛していたわけではない。選択肢には、孤独しかなかったんだ。俺は力になれなかった。「おめでとう」と言ってくれた笑顔は本物だったはずだけれど、もしかしたら……もしかしたら、えりかをもっと誰も手の届かない高い高い場所に、俺は置いてきてしまったのかもしれない。


 えりかの部屋に初めて入ると、許可されるまで出ることを許されない病室のような異質さを感じた。目立ったのは、そこそこの大きさの本棚だ。むしろベッドと本棚しかないような部屋。薄暗く、光も入らない部屋。本棚に並ぶ書籍の類は、勉強嫌いな俺には全くどんな作品なのかわからなかった。寝ていると言いながらも、本当に寝ていただけだったんだろうか……タイトルに「旅」という文字が見えた本に手を伸ばし何気なく手に取ると、するりとあの部屋着のような薄く淡いピンクの栞が落ちた。同時に、俺の目から涙がポツリと落ちた。


「ごめん……」


 助けてあげられなくて、ごめん……


 もう二度と出会えないえりかに、いつかまた会えるのではないかと夢のような願望を抱いたままで、俺は今日も船に乗る。そして、柔らかく穏やかに波打つ広い海で舵を取る。海岸に彼女がいるのではないかと、いて欲しいと願って目をやる。


 笑顔で手を振る、えりかが見えた。

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