第3話 追放会議
「そんなっ! 私、やってませんっ!」
会議室に、リリィの声が響く。
「それでは、リリィくんはマティオス王子が嘘をついていると言うのかね」
「はいっ! 私はマティオス王子を襲ってなどいませんっ!」
「先生から朝一番に学園に来るように言われたので、僕は昨日の個人指導の続きをして頂けるのだと思って、訓練室に行ったのですが……」
彼の白シャツの胸元は、ビリビリに引き裂かれている。
「ふむ……。ではリリィくんは、マティオス王子を襲うために朝一番に呼び出したと……」
「理由は分からないですが、おそらく……」
「違います、学園長! 私が、マティオス王子に呼び出されたんです!」
学園長を中心として、マティオス王子とリリィの主張が飛び交う。
この両者の食い違う主張は、俺の記憶の中では、マティオス王子の方に軍配が上がることになっている。
「これは非常に由々しき問題である。我が学園としては、生徒、それも王子に手を出したとあっては、いくらリリィくんが優秀であったとしても、教員として籍を置いておくことはできない」
「そんな……」
「皆も異存はないな?」
周りの教師たちが一同に頷く。
重い雰囲気の中、マティオス王子の主張を立証できるものは何もないにも関わらず、リリィの追放が認められようとしている。
リリィは誰にも信じてもらえず、静かに涙を流している。
二度目の追放。改めてこの場に立つと、あまりにも酷い処断であることが痛切に知覚できる。
なので、俺は――
「俺は反対です」
会議室にいる者全ての視線が俺に突き刺さる。
「昨日、リリィは俺にこう言っていました。『明日から夏季休暇だから、マティオス王子への個人指導はずっと先まで延期になった』、と。そのことは、おそらくマティオス王子も了承済みだったはずです」
「ふむ……」
「なので、先程のマティオス王子の『昨日の個人指導の続きをして頂けるものかと思って、訓練室に行った』という主張には、ほんの少しですが違和感があります。まぁ、昨日の今日のことですから、そう思うのも分からなくもないですが」
「では、やはりマティオス王子が嘘をついていると?」
「それは判断しかねます。ただ、明確な証拠がないのに、リリィを追放することには賛成できない、と言っているんです」
「それでは、破れたシャツはどう説明するのかね? これも王子の自作自演と?」
すると、学園長に続いて、マティオス王子が
「シャノン先生、僕を信じて下さい! 僕には自作自演をする理由なんてありません!」
理由なんてない……か。
リリィに視線を向けると、彼女は涙で目を赤くしながらも、王子の告白を断ったという事実については、黙っておいてあげるつもりらしかった。
仮にこの場で暴露したとしても、到底信じてもらえそうにない動機ではあるが。
「確かに理由はないかもしれません。ただ、マティオス王子」
「なっ、なんですか?」
「その胸元の破れは、魔法のダメージというより、何か怒りに任せて力ずくで入れられたように見えます。なので、あなたの言葉を信じるならば、自分よりも体格が小さく、力も弱い女性に負け、シャツを引き裂かれたということになりますが。それで間違いないのでしょうか?」
「ふっ、不意を突かれたんです!!」
「王子は、何かリリィを怒らせるようなことでも言ったんですか?」
「いいえ、何も……」
俺はゆっくりと会議室を歩き、マティオス王子のそばまで近づいた。
そして、彼の耳元で――
「例えば、リリィ先生の告白を断ったとか」
そう囁いた。
マティオス王子は目を見開き、驚愕の表情で俺を見た。
「とにかく俺はリリィの追放には反対です。もし、どうしても彼女を追放するというのなら……」
「追放するというのなら、なんじゃ?」
「俺もこの学園から去ります」
俺は学園長に向かって、自らの強い意志を見せた。
◇ ◇ ◇
「……で、なんで俺まで追放されているんだ?」
「先輩は格好つけすぎなんですよ、全く!」
王立学園の巨大な門を
俺が単騎で反旗を
しかし――
「先輩は前日に火事を起こしちゃったんだから、大人しくしておかないと!」
リリィは、王子に手を出した
自分で学園を去ると言っておきながら、追放されているのだから、全く格好がつかない話である。
「そう言えば、そうだったよなぁ……」
小細工をしてみたり、格好をつけてみたり、やり慣れていないことをしすぎたせいで、俺は結局、職を失う羽目になってしまった。
すると、リリィが小さな声で――
「でも、先輩が味方してくれて、私、本当に嬉しかったです……」
思わぬ言葉に、彼女の顔を
よかった。今度は間違えなかった。
こんなことになる予定ではなかったけれど、俺は満足だった。
「先輩、これからどこに向かいますか?」
「どこ、ねぇ……。こんなことになるとは思わなかったからな……」
「行く当てがないなら、聖都に行ってみませんか!? 立派な図書館があるみたいなので、私、一度行ってみたかったんですよ!!」
興奮した様子で、そう言うリリィ。
その知的好奇心が前面に押し出された彼女の姿を見ていると、なんだか年相応の幼さがあるような気がして、なんだか彼女がとても可愛く思えた。
だが、聖都には行けない。
かつてリリィは、聖都に向かう道中でマティオス王子の息の掛かった奴隷商に
無論、俺が警戒さえしていれば、奴隷商に
しかし、できることなら不安な要素は排除しておきたい。
なら、どこへ向かおうか……。
「なぁ、リリィ」
「どうしました!? 先輩も聖都に行ってみたくなりました!?」
「俺と一緒に、俺の故郷に行かないか?」
「へっ!?」
さっきまでの興奮が嘘のように、ピタリと静止してしまったリリィ。
「図書館なんてない小さな村だが、村のみんなにリリィを紹介したいんだ」
「えええええ、紹介っ!? そそそ、それってまさか……」
「ついて来てくれるか?」
「行きます行きます! 絶対行きます! 喜んで!」
こうして、俺たちは聖都へ向かう道を外れ、田舎の村を目指して歩き始めた。
しばらく世話になった王立学園の方は、もう振り返らなかった。
俺はともかくとして、天才リリィのいなくなった学園は、今後色々と大変なことになるだろう。
あとは、全ての元凶、マティオス王子にどう一泡吹かせてやるかだが……。
直接手を下す……のは流石にヤバそうだから、王国に敵対している国の魔術教師にでもなって精鋭部隊を育ててみるか。
まぁ、何にせよ……。
「どうしよう……。私、急に緊張してきちゃった……」
「大丈夫だよ。リリィは俺よりずっとしっかり者だから、村のみんなにもきっと気に入られると思うぞ?」
「えへへ~、そうかな~?」
リリィが笑顔を絶やさず幸せに過ごしていることが、マティオス王子にとって一番ダメージが大きいのかもな。
俺が幸せにする、なんて根拠のない大それたことは口が裂けても言えないが。
もう二度と後悔をすることがないように、日々を丁寧に生きていきたいと思った。
リリィと一緒に。
王立学園の魔術教師、生徒に手を出した疑いのある後輩女教師を追放したが、それは王子の策略だった~俺はなんてことを、しかし今更……目を覚ますと、俺の前に彼女が。巻き戻っている時間。今度は絶対に間違えない~ 剣月しが @shiga_kenzuki
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