Seg 64 蒼の覚醒 -04-
「所長……あれって、戦ってるんスよね?」
離れたところでアヤカシを封印しつつ、子供を気に掛ける吉之丸は息を呑む。
見れば、誰もが吉之丸と同じ気持ちになっただろう。
アヤカシが獲物を喰らおうと殺伐とした空気の中で、狙われているはずのユウ。だが捕食者に追われる被食者は、軽やかに遊び飛ぶ蝶になっている。
戦いの場は花びらがあふれ舞う、まるで花園であった。
ユウの描く軌跡は鱗粉となって煌めき、柔らかな雰囲気が漂う。
まるで、春が来て喜び舞う蝶を連想させた。
「戦って、いる……はずだ」
緇井も食い入るように見ている。
「なんか、踊っているみたいッスね……キレイだなあ」
吉之丸がうっとり見惚れている。
先程の不思議な言葉を紡いでから、ユウの体は軽く、自由奔放に身を踊らせる。
ユウが見ている世界からは、少年が繰り出す攻撃は深呼吸できるほど遅かった。
自身の振るう錫杖は、全て少年の攻撃を突き崩したうえに、さらなる反撃を見舞う。
さて、彼を動けなくするには、どうすれば良いか。
アヤカシであろう黒い右腕は、気付けば再生していた。
喰らおうとする牙、爪を避け、反撃しつつも思案する。が、もともと頭脳派でもないユウが思いつくのは、とにかくボコボコに攻撃する事だけだった。
錫杖が、迫る黒い腕を払いのける。
残る手がユウを掴み寄せる。牙と涎が襲う。
錫杖が間に割り込んだ。時も間に入りユウが両手で花びらを散らす。
「うぐぅうああ!」
少年の苦鳴が零れた。再び失くした腕を抑える。
解放されたユウがひらりと距離を取る。
「ユウ君、何遊んでるのさ? 『目』を軽く攻撃すればいいだろう!」
見ていてもどかしさを我慢していたミサギが、とうとう口を開く。
ごもっともな指摘にユウは「あ……そっか」と洩らした。
人の姿をしていてもアヤカシなのだから、きっと『目』はあるはず。
言われて、急ぎ少年を凝視するユウ。
朱い感覚はすぐに見つかった。
だが、彼の表面にあるのか内部なのかまでは判別できない。
アヤカシの『目』を感じたのは頭部であった。
思い立ったユウは、いきなり挑発するが如く手を叩く。
「おーい、こっちだ! 鬼さんこちら!」
もし、人間の知能を持ち合わせていたならば、こんな戯言にはのらなかったろう。
少年は弾丸となって突っ込んできた。
炎が彼の周囲に生まれ渦となり、自らの意志で矢を象った炎は、ユウに向かっていく。
「あの炎は……!」
ミサギは少年の炎を見て、さらに失くした腕を見て納得した。
つい先日の事で、巨大なサルのアラミタマを消したとき、同時に、片足を消されながらも逃げていったイヌのアラミタマがいたのを思い出す。
「あのときのアラミタマか」
少年が雄叫びをあげる。
ユウを狙って飛び、爪を振り上げた。
勢いで速さが加わる。
真横をユウがすり抜ける。
瞬間、ユウの顔が少年の瞳に映った。
心の底から楽しそうな、少し歪んだ笑顔。
アヤカシの本能か、喰らいたいと涎を垂らし、少年の口が悦びに歪む。
茶色の髪が揺れ、剣呑とした双眼がユウを捉えた。
見つけた、左目だ。
彼の左目が宝石そのものとなって輝いている。
「『目』だけに、目にあるってか? みっちゃんみたいなギャグだな」
ユウは、捕まえようとする手を躱して、ひらりと自身の手を返す。吹いていた風も翻り、少年を上へ上へと巻き上げる。
「うぐううう!」
必死の抵抗か最後の足掻きか。
もがく彼の体から炎が吹き上げた。
「喰ワぜロっ!」
声は響き、囃子詞に鳴り変わる。
ユウの瞳に宿る蒼い力が、キュウと凝縮する。
「イヤだね」
一言、ユウは宙をふわりと舞って、左目を思いきり蹴飛ばした。
「がっ……ぁ……」
攻撃が直撃すると、少年の動きが止まった。思わず時も一緒に止まる。
数秒が何分も何十分にも感じた後、バランスを崩した人形のようにバタンと倒れる。
あっけなく、それはそれはあっけなく少年は撃沈した。
◆ ◆ ◆
気を失い、ピクリとも動かない少年。
「……え? あれ? もしかして死んじゃった!?」
微動だにしない、呼吸もない少年を見て、ユウが慌てふためく。
空から滲み出るアヤカシの群れも出現が途切れ、緇井と吉之丸が何とか封印し終えたようだ。
ユウと合流し、一緒に少年を眺めている。
「アヤカシに死の概念とかあるッスか?」
「ダイジョブジョブなんじゃない?」
アスカはいつの間にか鑑識の真似事をして、組織を採取したり、カメラ片手に現場写真を撮影していた。『DNA用』とシールの貼られた試験管に、雑に抜いた毛髪を十数本押し込んだ。
「見た目は人間だけど、ほぼアヤカシなんでしょ? だったら、心肺停止してたって死後硬直も腐敗もしな……あ、腕ちょっと腐ってるや……」
「うわぁああ! ごめんなさい!」
鑑識官になりきったアスカに平謝りする。
「ところで、どーする? この少年アラミタマ御曹司」
「複雑な呼び方をするな」
ィイーラェーアァー……
ユウの耳に、囃子詞が届く。
ガバッと顔を上げ、少年を凝視した。
気を失っているはずの彼から、囃子詞が零れ出ている。
「みんな! こいつまだ――!」
ユウの言葉を遮って、少年が牙を剥いて飛び起きた。
ガチガチと歯をかち鳴らし、周囲を威嚇する。
禍々しい響きで紡がれゆく言葉。
まるで呪いだ。
耳から入り込んだ言葉は、ユウの頭の中で衝撃となって暴れ狂う。
頭を抑え込んでも、ブリキのバケツをガンガン叩かれる騒音と痛みが鳴り響く。
「あぁぁああああ!」
ぐらりと身体がふらつく。
同じタイミングで少年がユウへと飛びかかった。
「……っ!」
霞む目で応戦するが、出せたのは細い片腕。そこへ少年が、ユウの腕に思いきり喰らいついた。
「うぐっ……ぐうぅ!」
少年の牙がユウの腕にぐりぐりと食い刺さる。
ミシリギシリと骨が悲鳴を上げた。
力を振り絞って、ユウは、
「痛っ……たいなあバカぁぁあああ!」
腕ごと、少年の頭を地面に思いっきり叩きつけた。
「食うなっつってんだろぉ! ボクはお前のご飯じゃないんだ!」
しかし少年も全く引かない。腕を噛みちぎろうとギチギチと歯を立てる。
「ふぐぐぅ……ふぐぁ! ぐうぅ〜!」
「痛だだだだっ! は、な、せぇぇえええ!」
二人は、殴る蹴るに噛みつき合いの取っ組み合いとなった。
ほとんどの力を使い切った様子で、先ほどまでの威圧も威勢もない。
もはや
「あーあ、やめるッスよ二人とも……」
ゴシャッ
止めようとした吉之丸が、巻き添えをくらって殴り飛ばされる。
吹っ飛ぶこともなく、へちゃりと倒れ込む彼を見ると、威力はほぼ子供の力にまで落ちたようだ。
「須奈媛、魔力値を調べてもらえるか?」
呆れながらミサギが問う。言わずもがなと計器を見ていたアスカも苦笑していた。
「……うん、底をついたみたいだね。回復するにしても数週間から数か月じゃないかな」
「とりあえず、帰ろう」
喧嘩する二人以外は、ひとまずの安堵から盛大なため息をついて、それぞれに崩れ落ちた。
蒼の魔法士 仕神けいた @tsukagami
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