Seg 63 蒼の覚醒 -03-

「え、まさか……ここ結界の中!?」

 街の人々がすべて消え、おどろ吉之丸よしのまる


 建物や渋滞じゅうたいした車は変わらぬまま、人や鳥、およそ生物といわれるものが消えていた。

 だが吉之丸よしのまる緇井くろいおどろいているのは、生き物がいない事にではなく『風景が現実世界と変わりない』事であった。


 かれらの知る結界といえば、結んだ空間内は暗闇くらやみが通常である。魔法士まほうしはその空間でも視界しかいざされることなく活動ができる……といった程度だ。


 比べて、木戸の結界はどうだろう。現実空間の再現度がとてつもなく高く、そして広かった。

 ざっと見渡みわたす限り、街一つ丸ごと結界で結んでいる。


 彼の能力もる事ながら、ミサギが言霊ことだま増幅ぞうふくさせると如何様いかようにもすることができるのか。


「これほどの大掛おおがかりな結界を一人ひとりで……」

 力の差をけられ、緇井くろいの頭は強くなぐられた衝撃しょうげきが走る。


 彼女かのじょはしばらく――ミサギが「緇井くろいさん」と何度目かの声をかけるまで、呆然ぼうぜんと空をあおいでいた。

「す、すまない。大規模だいきぼな結界は初めてなもので……」

「だからといって、ぼーっとしないでください。アヤカシの大量封印ふういん、できますか?」


「うむ、大量封印ふういんだな……って……は? 大量?」

 平静をもどそうと張り切って返事をした後、戸惑とまどう。

 とぼけないでいただきたいと言いたげに、ミサギの不機嫌ふきげんな表情と指先が空を指す。

 快晴だったはずが、いつの間にか黒い雲がかんでいた。いやちがう。シミが空にどんどん広がっていく。


「え? あれアヤカシッスか?」

「さっき、ユウ君がはらいましたが、強すぎる力に引き寄せられているようです。はらっても絶え間なくている。アレ、随時ずいじまとめて封印ふういんしましょう」

「まとめてって、え? アヤカシが出てくる入口の部分を封印ふういんするとかではなく? え?」


「例えば、空間をつなあなのようなものを想像しているなら、今すぐそののうみそをててください。

 空どころか、この空間どこかしこからもアヤカシがにじていますから」


 なんともはや。

 アヤカシは、かく厳重げんじゅうに管理するため、一体ずつ封印ふういんするのがとことわである。まとめてと無理難題むりなんだいをふっかけられ、緇井くろいは泣きたくなった。しかも、空を見る限り一度や二度では終わりそうにない。


 ミサギがかかわってくると、ことごと魔法士まほうしにおける常識が通用しない。座禅ざぜんでも組んで今一度見つめ直そうかと考えさせられる。


「やっぱ、あんた疫病神やくびょうがみだなっ!」

 吉之丸よしのまる素直すなおさけびに、ミサギはくつくつと笑う。


言葉ことばとして受け取っておくよ」


「だぁーいじょうぶっ♪ 緇井くろいさんも吉之丸よしのまる君も、十二分にすごい実力者だよ。ミサギ君とユウ君が桁外けたはずれなだけだって」

 二人ふたりにとって、アスカの言葉は大してフォローにならないなぐさめだった。


 一方、ユウも空を見上げていた。


 シミがじわじわんでいるのが見える。

「まだ出てくる……!」

 再び構えようとする前に、緇井くろい吉之丸よしのまるが飛び出してきた。


 おどろ子供こどもに、大人おとな二人ふたりかえりガッツポーズを送る。

「上空のアヤカシはわたくしどもが引き受けた! 春日かすが殿どのは、少年をたのむ!」

「できるだけ早めにぶったおしてくださいよ~!」


 二人ふたり背中せなかをポカンと見つめていると、

だれも、君一人ひとりで戦えなんて言ってないからね」

 ユウに言いながら、ミサギは二人ふたりに手をって見送る。


「ヒヒッ、じゃあぼくは木戸君のサポートにつくかな」

 アスカは、ユウをポンポンとでて、二人ふたりと反対方向へと歩いて行った。


「ユウ君、あいつを気絶させることはできる?

「え、封印ふういんじゃないんですか?」


 ミサギはユウと視線しせんが合い、少々居心地いごこち悪そうにほおく。

「ちょっと事情があってね。ぼくがやったら一発で消し飛ばしてしまいそうなんだ。

 動けなくさせるだけでいいから」


 ミサギから初めてのたのまれごと

 ユウは今までで一番うれしそうな表情で「はい!」と答えた。


「無理はしないように。したら、ぼく一瞬いっしゅんであいつを消しちゃうから」

「えっ!? 消すのはダメなんじゃ……」

「そう。だから君が頑張がんばって」

「はいっ!」


 ウォアアーアアーァアアー


 少年は、囃子詞はやしことばひびかせた。

 かみからのぞしゅは食らう獲物えものを見定め、立てるきばえて垂涎すいぜんをギシリとみしめる。


 対するユウも、威嚇いかくかれにらみつける。

「あいつを消さない……でも動けなくする……!」

 口元でわすれぬようにかえす。だが、気付けば別の言葉が混じってきた。


――あけふち

  かつえた祝福、手招くのろ

  おそれるな 解き放て 心おもむくまま


 知らず知らずのうちに、ユウの口からこぼれるようにつむがれた言葉。

 一度たりともうたったことのない詩が、不思議と泡沫うたかたごとく静かな記憶きおくの湖面に現れては消えていく。

 だれ記憶きおくか何の記憶きおくか。だが不思議と疑念ぎねんはなかった。ただ、すべき事だと自然にうたう。


 先に動いたのは少年だった。


 きょうでを大きくるい、アスファルトを大きくえぐる。勢いを利用してユウへと突進とっしんしてきた。

 ユウの頭上へと到達とうたつしたするどつめは、獲物えものへ向かってとされる。

 いてつぶした。少年の顔がよこしま笑顔えがおかべる。


 だが、あとを見るとユウがいない。


 キョトンとする少年に、すべてを見切っていたユウが眼前に現れる。

「!」

 おどろきの表情があおひとみうつころには、ユウの反撃はんげきが少年の鳩尾みぞおちに入っていた。

 身体に錫杖しゃくじょうつかんだ少年。とらえようとユウの首へ手をき出した直後、かれの身体がちゅうう。


 頭が理解に置いて行かれ、空中を泳ぐかれ自身が投げ飛ばされたと気づくのに数秒。

 ふわりとした感覚に視線しせんめぐらせ、見つけたユウは上半身をらせていた。

 刹那せつな視界しかいがユウのくつでいっぱいになる。


 あふれる力をに集中しているからか、ひとみそのものが力にあふれているのか。

 周りの空間にあるものの動きがすべて感じ取れ、今なら世界中を感じて理解できる勢いだ。

 身体も思いのままに動かせたユウは、少年のあごりざまにげる。

 勢いのままに跳躍ちょうやくした身体は、大きくえがいて、音もなく着地する。


 対して少年はくずれる体勢のまま地面に激突げきとつし、いたみの感覚がないままに土煙つちけむりむ。

 仰向あおむけにたおれた視界しかいはすぐに開けた。

 土煙つちけむりが風でき去り、蒼白あおじろい花びらに少年の身体はビクリと引きつった。


 立ち上がろうとするが、右腕みぎうでが動かない。キョロリと目をやれば、黒く大きなてのひら錫杖しゃくじょうち、ユウもいた。


 錫杖しゃくじょうからは花びらがいあがり、ホロホロと手をくずしていく。


 だが、チャンスだ。


 今、にぎりしめればユウをつかめる。

 くわえる。口から唾液だえきあふれる。


「っぐううぅぅう!」


 花散るが先か、にぎるが先か。


 しかしかれの思う通りにいくはずがなく、ユウは錫杖しゃくじょうきふわっとちゅうへ飛び上がる。

 つかもうとばした手は花と散る。


 少年は、無謀むぼうにも残る人間のうでして攻撃こうげきしてきた。


 我武者羅がむしゃらされる攻撃こうげきに、ユウはつま先軽く右へ左へ。

 後ろへ後ろへといながら最後にふわりと上昇じょうしょうすると、少年の背中せなかにトンと乗る。


 ユウの足元から花びらがあふれ、少年のもまたホロホロと花びらとして散っていく。

 いやがる少年が暴れると、ユウはまたふぅわりと空の風に身を乗せた。

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