Seg 62 蒼の覚醒 -02-

 ユウがまだおさなかったころは、兄がアヤカシをすべて消しはらってくれていた。

 だが、今は一人で戦わなければならない。


 怖いのは確かだ。だが、大丈夫だとユウは確信を持つ。


「さて、アヤカシの群れと少年。どちらも君を狙ってるね」

 少年がなぜアヤカシなのか、謎はひとまず置いといてとミサギが隣に立つ。

 後ろには木戸とアスカ、さらには緇井と吉之丸までも臨戦態勢に入っている。


 それだけでなんと心強いことか。一人ではない、そう思うだけで勇気づけられる。ガチガチに固まったユウの身体は自然と和らいだ。


 ユウが「むんっ!」と気合いを入れると、呼応して瞳の輝きが増した。蒼く深い瞳孔の奥で、光という絵の具が一滴落ち眩さと蒼さが混ざり合う。凪いでは揺れる海がそこにはあった。


「ミサギさん、ボクやってみます」

「大丈夫? 相手は明らかに君より強そうだけど?」

 彼の言葉に棘はあったが、同時に心配も詰まっていた。


「生意気言ってごめんなさい。でも、ボクがやらないといけないんだって思ったんです」

 力を得たからと、調子に乗っているわけではない様子だ。

 わかった、とミサギはユウの頭を撫でた。


「じゃあユウ君、僕からのアドバイス」

 言って、空を指さす。


「空にいるアヤカシは、思いっきり錫杖を振ってごらん。ただ、思いっきりやるだけでいい」


「え? は、はい」


 言われるがままにユウが構える。と、錫杖へ力が伝わるのを感じた。

 強く握りしめる手から、踏み込む足元から、はらはらと花びらが舞い始める。


 かつて、ユウが出していた花びらは白く、数枚散るにとどまっていた。


 だが今。咲き誇り舞うのは、術者の強さを知らしめる光放つ蒼白い花びら。

 術の威力が、計り知れない規模だと表わす花びらの数は、満開の花吹雪となって術者の周囲を、出番は今かと踊り狂う。


 心が高揚し、力いっぱい薙ぎ払う。


 振るう錫杖の先から暴風が生まれ、花びらが巻き上がった。

 ユウ自身、踏ん張っても飛んでいくかという勢いで、曇天のアヤカシを空ごと切り裂いた。


『っ!!??!?』


 幻覚か何かを見ているのではないか。

 ミサギ以外の脳は、目の前の光景に理解が追い付かずにいた。ただ、限界以上に目を見開き、口をあんぐりさせて見上げている。


 風と花びらに煽られ、思わず防御をしていた少年までも目を丸くしていた。


 空は、ユウの放った一撃が空全体に広がり、あっという間に晴れ渡りアヤカシは残らず消滅した。


 見事に青く澄んだ空を仰いで、

「ヒッヒッヒ、懐かしいね〜。ミサギ君が能力を覚醒させたとき……いや、それ以上の規模じゃないか?」

 アスカは苦笑した。本人をちらと見ると、飛ばされかけるユウを抱きかかえていた。


 歳の割に軽いユウは簡単に吹き上げられ、ミサギは思いの外慌てて引き戻した。


「っは……はぁ……は……?」

 花吹雪で呼吸もままならなかった様子で、肩で息をするユウ。気づけば、細くもたくましい腕に再び強く包み込まれていた。


「予想以上の力だったね。よくできた」


 声が頭上からふわりと降りてくる。ユウは見上げようとするが、いきなり頭を抱きこまれてしまい身動きが取れなくなった。


 大人しくしているが、頭の中ではワタワタ大パニック祭り開催中のユウ。


「今まで群れで襲われて怖い思いをしてきたんだ。これくらいの報復は可愛いものだよね」

 表情はわからなかったが、心なしか嬉しそうだ。


 風がおさまると、ユウはやっとミサギの腕から解放され、改めて空を見上げる。

 自身がやった事に蒼い瞳を丸くした。


「ボクにも、できた……!」

 と、思わず顔が綻ぶ。


 しかしこれ以上は緩んでいる場合ではなかった。

 頬をバシンと叩き、なんとか引き締めて視線を戻す。


 その先に立つのは、唸りをあげて警戒する少年。

 ユウの力に怯えているのか、先ほどから動かずただ威嚇に声を上げるだけだ。


 身体は明らかにアヤカシと人間が混ざり合い、瞳を赤く染めて、黒く巨大な腕を構えていた。


 ユウは、きゅっと唇を引き結ぶが、ふと緩めた。


「人の中にアヤカシがいる」


 ユウの言葉に、全員の表情が変わる。


「え!? あ、あれ人間!?」

「アヤカシがとり憑いているならば、封印するぞ! 手遅れになる前に引き剝がさねば!」

 緇井は吉之丸にすぐ封印の準備をさせる。


 一方、ミサギとアスカはやけに冷静だ。

「とり憑く、かあ……それなら楽だけど」


「お好み焼きの全混ぜだな」


『は?』


 ミサギの一言に、お子様以外の全員が首を傾げた。

 さらに追い打ちをかけたのは、ユウだ。


「ボクの感覚だけど、人の部分がほとんどないよ。消えてはいないけど、多分あの人の命はアヤカシとない交ぜになってる」


「!」

「凄いな! そんな事までわかっちゃうのかい?」

 アスカが驚いて思わずメモ打ちする。


「しかし……それだとアヤカシを封印すれば、御曹司は死――」

 言い終わる前に、がっくりと膝をつく彼女。その顔は、絶望に崖から突き落とされていた。


 ミサギは少し考え、ユウを見る。傍目から見ても魔力は溢れ、体中から滲み出ているのがわかる。


「ここは一旦動けなくするのが得策、かな」

「ま、待てっ!」


 絶望から這い上がろうと緇井がミサギに詰め寄る。

「何をする気だ! 東条殿、まさかアヤカ、いや御ぞう……あの者を倒すつもりか? 正気かっ!?」

 怒鳴る声は悲鳴に近い。


 言い争いかと、周囲がざわめき出した。


 ミサギは、まだ言う緇井の言葉を手で遮る。


「アヤカシが見えない世界の人々が混乱しているね」

 ミサギの瞳は何も映してくれないが、代わりに世界を感じてくれる。


 彼には、辺りがざわめく他にも、アヤカシの見えていない人々の街が、渋滞やら喧嘩、強盗と次々と騒ぎになっているのが感じ取れた。


「木戸、結界を結べ。強く、広くディ プロイエ バリエ ソリディエ ラ ラシエ ポルテ

 ミサギが言霊を発する。

 同時に、木戸は現れた鍵を手にした。

 差し込むべき鍵穴は、緇井の事務所の扉である。


 重い金属音を鳴らして施錠されると、突然、耳が詰まる違和感を覚えた。

 音が物足りないと感じた時には、人の声も姿も一斉に消えていた。



「えマジ?」

「ウソ〜!」

 野次馬になって、友達と興味本位で騒ぎを見に来ていた女子高生数人が立ち騒ぐ。

 青い髪の少年が、身の丈もある棒を振り上げると、曇り空が一気に晴れ渡ったのだ。


 また、大渋滞を面白半分で実況配信していた動画投稿者の映像に、急に姿を消したユウ達が映り込んでいた。

 ネット上で大騒ぎになったのを、総領寺が火消しに周章狼狽しゅうしょうろうばいすることになったのは、数日後のことである。

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