Seg 61 蒼の覚醒 -01-
ユウの錫杖を持つ手は、魔力と共に緊張が走っている。
しっかり握っていないと、どんどん湧き出る力でどこかに吹き飛ばしてしまいそうだ。
しかし力があるからと言って、アヤカシが平気になったわけではない。
今も立っているだけなのに、目の前は滲みだし、歯がカチカチと勝手に震えだす。手に力を込めても込めても錫杖がしっかり握れない気がしている。
今まで経験した恐怖とトラウマは、ユウの心に散り積もるだけでなく身体にも深く刻み込まれていた。
鼓動が一つ高鳴るたびに、アヤカシの記憶が蘇ってくる。
加えて、頭の中では子供の声が何度もユウに囁き歌う。
――ささげましょう はなとともに
はなびらしんじつ しるために
「イヤだって言ってるじゃんか!」
途端に、瞳の蒼い力が弱まってくる。
振り払うように頭を左右にする。しかし、それは記憶を覆っていたモヤも消してしまったようだ。
そうだ。
ユウは思い出した。
幼い記憶にもこの小さな歌声は聞こえていた。
ユウがまだ五歳にも満たない頃、数多のアヤカシが一斉に襲ってきた。
何も理解していなかった当時、歌声に惑わされたユウは、歌われるまま、自ら喰われに行こうとしていたのだ。
自分を取り囲む黒い影。
狙い定めジッと見つめてくる無数の赤い光。
いつ喰らおうかとねっとりと垂れてくる粘液。
食べられている感触が手を足を侵していく。
闇に消えていく。
繰り返し囁いていた歌声は、いつの間にか鐘の音へと変わっていた。
鈴混じりの音に、我に返った瞬間ユウは暗闇に放り込まれた孤独と、手足が喰われていく恐怖で泣き叫んだ。
「イヤだ……イヤだ! イヤだイヤだイヤだ! 助けて!」
兄が助けに来るのはまだ先だ。救いのないはずの記憶に、覚えのある声が、手を差し伸べながら優しく響いた。
「大丈夫」
ミサギの声だ。
ハッとして、慌てて叫ぶ。
「だ、だめだ! 来ちゃダメだ! 兄ちゃんまで食べられちゃう!」
混乱しているのか、ミサギを兄と間違えているようだ。
「食べられないよ。大丈夫」
ミサギは言うが、ユウの様子がおかしい。
落ち着かせるための言葉を紡いでも、ユウの耳には届かなかった。
「ダメだよ! ボクは呪われて……ほら、周りの人も……!」
息を荒げ、焦点は揺らぐ。
ミサギはユウと目線の高さを合わせ、手を握り締めた。
「………
彼の言霊に、一時は落ち着いたかに見えた。
が、蒼い瞳はすぐまた揺らぎ闇が混じりだす。
「ダ、ダメだ、アヤカシが来るっ! 一緒にいたらあぶない!」
慌てて離れようとするユウ。
ミサギは、逃げるユウを無理やり引き寄せ、ぎゅうと抱きしめる。
「大丈夫」
ユウが叫んでもがけばもがくほど、彼は包むように抱き込み、優しく肩をポン、ポンと宥め
「お願いだよ兄ちゃん……ボクをおいてって……! またケガしたら、ボクどうしたら……」
置いていけというわりに、そばにいてほしいとばかりにギュッと抱きついてくるユウ。
ミサギは、そっと頭を撫でる。
「置いていかない」
強く、はっきりとした言葉。
見開いたユウの眼から涙が溢れる。
衝動に駆られた操り糸を切られ、ユウはだらりと腕を垂らす。
「なんで……?」
「君はよく頑張ったね。自分の事より
ミサギの手がゆっくりと頭を撫で続ける。
「ボクは、もう、だいじょーぶ……強くなって……もう、兄ちゃんに、みんなに……迷惑かけないから……」
耳元で、静かな声がユウに囁く。
「まだ大丈夫じゃないくせに、大丈夫なふりをするのはもうお終い」
「おし、まい……?」
ようやくユウはミサギの顔を見る。蒼い瞳は不安と怯えが溢れ、止めることもできずポロポロと零れていた。
「ヒスイも僕も、迷惑だなんて言った覚えはないよ?」
「……え……?」
「僕たちは、君を助けるためにいるんだ。
君が助けを叫んだとき、必ず、そばにいるから」
ミサギは、そっとユウの頬を撫でて涙を拭く。
すると、闇混じりの瞳が段々と蒼く澄みわたっていく。
「あ……ミサギ、さん……?」
ようやく我に返ったようだ。が、すぐにユウの顔が真っ赤になった。
「ああ、ああああのミサ、ミサギ、さん!? ボク、な何かしました?」
パニックになるのも無理はない。今、二人は互いに抱き合おうとしている体勢でいる。いや、既に抱きしめ合ってはいたが、混乱したユウにその記憶があるかどうか。
ミサギは盛大にため息をつく。
「まったく、ヒスイと間違えるなんて失礼じゃないか」
「ご……ごめんなさい?」
「いいよ。何とか自分でコントロールができたみたいだし」
「……はい!」
ユウは、まだほんの少しだけ震える気持ちを軽く蹴飛ばして、空に広がる雲と化したアヤカシを睨む。
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