8

その夜、ロクサスは寝台の上で眠れずにいた。

上半身を起こして物思いに耽る。

思い出すのはあの時──フェアスでの戦いだ。

最初は善戦していたものの、後に現れたルーカスには一方的にやられるばかりで、何も出来なかった。本当に死ぬかと思った。いや、運が良かっただけで、本来ならもうとっくに真っ二つだったかもしれない。思わず拳を握りしめる。

「もっと強くならなきゃな」

ロクサスは勢いを付けてベッドから起き上がると、薄暗い廊下を抜けて鍛錬の間へと向かった。

警備中の兵士に軽く挨拶を済ませると、自分の背中の剣を抜いて素振りを始める。

あらゆる場面を想定して縦、横、斜めに一人ひたすら剣を振るった。

「こんな時間に何してるかと思えば」

「ラシャド!」

いつの間にか部屋の入口にはラシャドが居た。

どうやらロクサスが部屋を出た音を聞いていたようだ。

「眠れないのか?」

「ああ。あの時……ルーカスって奴に俺は手も足も出なかった。それをどうにかしたいんだ」

ロクサスは俯いて答えた。

「そうだな……」

するとラシャドも腰の剣をすらりと抜いた。

「訓練したいんだろう」

「頼めるか?」

「俺はお前の師匠だからな」

ラシャドも剣を抜くと、ロクサスに向き合った。

そこでロクサスは一つ疑問に思った。

「えっとー……まさか、真剣でやるのか?」

「ああ。お前の剣の腕もだいぶ上がったようだしな」

「危なくないか?」

ラシャドはフッと笑って答えた。

「お前の剣は俺には当たらないだろう。こちらが寸止めの技術を持ってるから大丈夫だ」

この言い方に少しだけムッとしたロクサスは、剣を構えて言った。

「後悔すんなよ」

こうして初めての真剣での稽古が行われた。

ロクサスはラシャドの速さを警戒して先には動かなかった。

「お、先に来るかと思ったが……こちらの様子を伺うとは。一つ成長したようだな」

「馬鹿にするなよ、こっちだって真剣なんだ! 絶対に先に一本取ってやる!」

「挑発に乗る時点で減点だな。ともかく、来ないのならこちらから行くぞ!」

するとラシャドは流石の速さで一気にロクサスとの距離を詰めた。ロクサスは直ぐにそれを受け止める。ラシャドは連続で剣戟を繰り出して来るが、今のロクサスにはちっとも堪えなかった。やはり力ではロクサスが勝っているのだ。そして少しラシャドの呼吸が乱れたのを、ロクサスは見逃さなかった。

「今だ!」

ラシャドの速い剣戟が一瞬鈍ったところでロクサスは剣を振るう。ラシャドは剣を弾かれ、しかし直ぐに一歩引いて体勢を立て直した。

「ほう、俺が疲れるのを待っていたか。いいぞ、ロクサス」

「少しだけどラシャドの癖が分かったからな! 今度はこっちから行くぜ!」

すると今度はロクサスが攻勢に入る。しかしラシャドにはすんなりと躱されてしまった。

「くっ!」

「お前のその大きな剣では速さは出せないんだ、そこをどう補ってやるかを考えろ!」

言いながらもロクサスが外した隙を狙ってラシャドは素早く剣を繰り出した。何とかギリギリ受け止めるが、咄嗟の判断だったので身体を捻ったようなおかしな体勢になっている。反撃したくても出来ないまま、ロクサスは無理な体勢に耐えかねてその場に尻餅をつくと、首元にラシャドの剣が突きつけられた。

「俺から先に一本取るんじゃなかったのか?」

「く……」

ラシャドは剣を鞘に納めると、ロクサスの弱点を説明してくれた。

「ルーカスの時もそうだったが、お前は避けるのにいっぱいいっぱいになってる事が多い。避けるのは勿論大切だが、その後直ぐにまた攻撃に移れるようにしないと駄目だ」

肩で息をしながらロクサスは頷いた。そしてまたルーカスと対峙した時のことを思い出す。

「そういえば……あの時も俺は奴の炎魔法を全力で避けて、それから手も足も出なくなったんだったな」

「そうだ。お前の剣は攻めの剣に見えて実は守りに入っている。そして守りすぎて次の攻撃に繋げられない」

「でもどうしたらいいんだ?」

ラシャドは首を横に振った。

「それはお前が自分で見つけないと駄目だ。第一、俺の剣とお前の剣は全く違う物だ。お前の剣に合った守り方、それから攻撃に転じる方法を見つけ出せ。そうすれば、少なくともお前の力なら俺から一本くらいは取れるかもしれん」

「分かった」

ロクサスは素直に頷くと、再び立ち上がり剣を構えた。

「やる気は十分らしいな。行くぞ!」

今度はロクサスが様子を伺う暇もなく、ラシャドが一気に仕掛けてきた。突然の攻撃に驚きながらも何とか左に避ける。そして右手の剣でラシャドの剣を受け止めた。それから直ぐに攻撃に入る。

「だあっ!」

「飲み込みが早いな、いいぞ」

ロクサスとラシャドが力比べをすればロクサスに軍配が上がる。ロクサスはラシャドへ連続で重い剣戟を入れた。しかし。

次の瞬間、ラシャドの剣はロクサスの喉元に当てられていた。

「!? なんで……」

「お前が連続で攻撃を出す時、剣の重みで必ず隙が生まれる。その瞬間を捉えた。お前には連続攻撃は向いてない」

「クソっ……! もう一度!」

ロクサスは立ち上がって剣を構えるが、ラシャドはその場にどっかと座り込み、ロクサスを止めた。

「待て。勝つことに拘るのは良いが、それを急ぐよりも回り道の方が時にはいい。まずはさっきの相手の攻撃を躱して直ぐに攻めの体勢に入れる技術を磨いた方が良いだろう」

「そういうもんなのか?」

「そうだ。まずはお前のその癖を直せば少なくとも危ない目に会うことは減るだろう」

ロクサスもつられてその場に座ったが、ここでラシャドから突然の提案が出された。

「そうだな、少しだけ話をしないか」

「へ?」

呆気に取られたロクサスである。

「話というかな……リアムの事だ」

「リアムがどうかしたのか?」

「お前、リアムの気持ちにも気づいているだろう」

この言葉にロクサスはドキリとした。

「だが、この間の事でリアムは鳥神の神子の力を失った。これからは怪我をしても直ぐに傷口は塞がらないだろう。お前はどうする?」

「……」

ロクサスは考え込んだ。

「リアムは……あまり危険に晒したくない」

「だな。そのためにはどうすれば良いか分かるか?」

「俺が強くなる……?」

「違う。お前が危険な目に合わないのが一番なんだ」

「どういう事だ?」

「お前が無茶をすればするほど、リアムはお前を守ろうとするだろう」

「……」

「この夜更かしだって、明日に響けば無茶になる。そうなる前に、どの程度で切り上げるのがいいのか、それはお前が冷静さを学べばついてくるはずだ」

ロクサスはここで漸く時計を見た。とんでもない時間になっている。丁度夜と朝の間くらいの時間だ。

「うわ! もうこんな時間になってたのか!?」

「そうだ。お前は強くなりたい一心で時間と疲れを忘れていたんだろう。そろそろ寝ないと本当に明日に響く」

ロクサスは唸った。

「でも眠れないんだよ」

「……そうだな。よし、ひとまず俺の部屋に来い」

「分かった」

二人は鍛錬の間を出ると、真っ直ぐにラシャドの部屋へ向かった。ラシャドの部屋の扉を潜る。

「俺も身体を動かさねば眠れない日は多々ある。そういう時は少し身体を動かしたあと、これを飲むとよく眠れるんだ」

そう言ってラシャドはロクサスに一杯の温かいお茶を淹れてくれた。

「俺はお茶より酒の方がいいなぁ」

ロクサスが愚痴る。

「馬鹿。こんな時間に飲んだらそれこそ明日に響くだろ。まだこの世界の問題は解決してないんだ。それより、騙されたと思って飲んでみろ。美味しいものだぞ」

そう言いながらラシャドは自分の分のお茶を早速飲んでいた。よく匂いを嗅いでみると、確かに落ち着くような香りが漂ってくる。

「じゃあ……いただきます」

半信半疑で飲んだロクサスだったが、確かに美味しい。先程の訓練でかいた汗が冷えていつの間にか身体の熱も無くなっていたから、この温かさが心地よい。無言で二人で茶をゆっくりと楽しんでいると、いつの間にか疲れが心地よい眠気に変わっていた。

くぁ、と一つロクサスが欠伸をする。

「どうだ、なかなかいいものだろう。これなら眠れそうか?」

「ああ、本当だ。かなり落ち着いた。ありがとな、ラシャド」

ラシャドは珍しく優しく微笑んで、それから少し寂しそうな顔になった。

「……この茶は、俺がまだガキの頃サタグル侯爵に教えて頂いたものなんだ」

「前に仕えてたっていう……?」

「そうだ」

「……そうか」

「だから、お前には大事な人を失って欲しくないんだ」

「ラシャド……」

それからラシャドはいつもの顔になって、ロクサスにちゃんと眠るように言った。

「ほら、眠くなったろ。ちゃんと自分の部屋行って寝ろよ」

「分かった。お茶、ありがとな」

そう言ってロクサスはラシャドの部屋を後にした。

ラシャドはそれから直ぐに布団に潜った。彼は大事な人を守れなかった後悔を自分の弟子にはして欲しくなかったのだ。

リアムに会って一日でリアムが女だと気づいた。また、彼女がロクサスを想っている事にも。本人に自覚があるかどうかは分からないが、ロクサスも同様に彼女を想っているようだ。二人の強い絆が悪い方に行かないよう、ラシャドにはロクサスに剣を教えることしか出来ないのだった。

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Xloss/Dimension―クロス/ディメンション― 七瀬 恵凛 @erin109

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