7
ルディを先頭に王宮内を歩いていくと、『資料室』と書かれた部屋に案内された。城の警備兵に軽く挨拶をするのはラシャドやリアム、アレクだ。
ルディは挨拶と言うよりも彼らを労ってから資料室に入る。扉を二回ノックしてから話しかけた。
「サクル兄上、少しお時間宜しいでしょうか?」
ルディの言葉に反応して、件のサクルが扉を開く。彼も弟のルディと同じ桃色の髪をしていた。
「どうした、ルディ。おや、お客さんか」
「サクル……どの!お久しぶりだな!」
ロクサスが中途半端な、敬語になっていない挨拶をする。しかし、サクルは笑ってそれを受け止めてくれた。
「ふふ、相変わらずみたいですね、ロクサス殿下。……今日はやけにお連れの方が多いみたいですけど、どうかなさいましたか?」
サクルの疑問にロクサスが答える。
「いや、この世界の雨が止まない話をルディに聞いたので、その調査みたいなもんかな。ついてきてくれてるのは俺の仲間」
「そうか、それはありがたい事です。何か調べ物なら、私がお力になれるかと」
そう言ってサクルはロクサス達を資料室に招き入れた。
流石は薬学の国と言われるザビア王国の資料室だけあって、薬や治癒魔法の類の本や資料が沢山ある。しかし、今のロクサス達には先に聞くべき事があった。
「サクル兄上、この世界の神様の居場所、知りませんか?」
唐突に切り出したのはルディだ。のんびりとした口調だが、しっかりと尋ねる。それにサクルは考える形になった。
「この世界の神……か。残念ながら私は知らない。知っているのは恐らく父上とナジュド兄上だけだろう。私は王位継承権二位だからね」
「そっか……」
肩を落とすルディに、ロクサスが後ろから励ます。
「そんなすぐ諦めんなよ! 俺たちで探そうぜ!」
「う、うん。そうだね」
「サクル殿、この資料室、俺達も使っていいか? 神様の場所の手がかりを掴みたいんだ」
するとサクルはふわりと微笑んで頷いた。
「ありがとうございます、この世界の為に」
「いいよ、これは俺たちが頼まれた事でもあるからな!」
ルディも言う。
「兄上、僕も手伝います」
その言葉にもサクルは嬉しそうに笑顔で返し、彼は向こうで調べたいものがあるから、と幾つかの資料を持って別室へと向かって行った。
それを見送ってから、ロクサス達は早速資料を集め始めた。
以前フェアスでササンとアレクがしたように歴史から遡る。幾つかの資料を机の上に並べて、時系列順に並べてみたりと、時間はかかるが確実に事実を探ろうとした。しかし、肝心の【世界創成】の頃の記述が抜けている。
「これは困りましたね……ここが知りたいのに無いだなんて」
リアムが小さく言うと、他の面々も困ったように声を上げた。
「確かにこれだと情報として弱いけど……とにかく、読むだけ読めないか? リアムは古代語も得意だろ?」
ロクサスの問いかけにやってみますと答えると、リアムは真剣に資料の古代語に向き合った。
「──……る、一人の神となる。彼女は言った。この地は資源が少ないけれど、人々の……が……国だと。それを聞いた我々は決意する。この世界の発展を約束すると。彼女は……に、少ない資源からも多くの実りを得る術を教えてくれた。我々は彼女に感謝し、また共……を作っていくと約束した──字が読めるのは、ここまでです。残りは掠れてしまっていて読めませんでした」
ふむ、とラシャドがひとつ息をつく。
「なるほど、精霊が神になった経緯が欠けているのか」
「はい、そのようです」
リアムが返事をすると、ササンも続いた。
「神様って元はみんな精霊らしいもんね。ここのところ分かると少しは神様に近付けそうなんだけど……」
ササンが指さすのはこの紙束の最初と文字の掠れた部分だ。
「特にこの文字の掠れてるところ、気になりますね……」
アレクがササンの隣に立って文字をじっと見つめる。
「そうだ! ロクサス、君の【修復の能力】で掠れた所は直せないかい?」
「えっ!?」
ルディの発言に、その場が沸き立つ。ラシャドはここまで来るのに見ていたし、ルディはロクサスの友達だから知っていたが、殆どの仲間は初耳だった。
「そういえば、鳥神様が何か仰っていましたね」
アレクが記憶を辿る。
「そういえば聞きなれない言葉、他にもあったよね。【創造神の器】とか」
ササンもじっとロクサスを見ている。
「うん、俺はルシタル王家の血統で、【修復の能力】を持ってるんだ。【創造神の器】ってのはよく分かんねぇけど……」
「なんだか凄い二つ名があるのね。それならぱっと文字直してみてよ! 私も見てみたいわ!」
エリスがはしゃぎながら言うが、ロクサスは唸っていた。
「うーん、形のあるものは今まで直してきたけど、文字を修復とかはしたことないなぁ」
「えー! 見たい見たい! とにかくやってみようよ!」
エリスの高い声に負けて、ロクサスは渋々掠れた文字の上に手を当てる。彼がすぅ、と小さく息を吐きながら目を瞑ると、その手に光の粒が集まってくるのが見て取れた。
「わぁ……!」
アレクの影に隠れていたアイリスが思わず声をだす。きらきらと眩いそれは、ほんの数秒で消えてしまった。
「どう……ですか?」
リアムが恐る恐る聞いてみる。
ロクサス自身も首を傾げながらゆっくりと手を開くと、そこには修復された古代語が綺麗に書かれていた。
「おお!」
思わず自分で声を上げたロクサスである。自分でも意外だったのだ。
「よし、じゃあ最初のページも修復しよう!」
ロクサスは今度は意気込んで紙束に手を当てた。
もう一度目を瞑って、息を吸い込みゆっくりと吐き出す。しかしそこには何も変わらない紙束があるだけだった。
「あれ?」
これには皆拍子抜けしてしまった。見ていた者は確かに光の粒は集まったけれど、なにも変わったようには見えないと口々にした。
「うーん、無理かぁ」
ロクサスが頭を掻きながら少し恥ずかしそうにしていると、リアムが助け舟をだす。
「きっと、そもそもここにない紙束は『壊れていない』、つまり『今も存在する』から修復出来ないのではないでしょうか?」
「ああ、なるほどなー。確かに壊れたりしてないと俺には直せない」
ロクサスは納得すると、次はリアムを促した。
「リアム、もう一度読んでくれるか?」
「は、はい!」
一同が注目する中、リアムは大きく息を吸って一呼吸置いてから話した。
「では、読めるところから。──……る一人の神となる。彼女は言った。この地は資源が少ないけれど、人々の温かさがある国だと。それを聞いた我々は決意する。この世界の発展を約束すると。彼女は我々に、少ない資源からも多くの実りを得る術を教えてくれた。我々は彼女に感謝し、また共に記憶を作っていくと約束した──」
辺りが静まり返る。
「人々の温かさ、ねぇ」
沈黙を破ったのはササンだ。
「俺は記憶を作るというのが気になったな」
ラシャドも自分の見解を述べる。
「でも、やっぱり最初の文がないとよく分からないわね」
エリスは困ったように呟いた。
しかし、それを横目に何やら考え込んでいるルディが居た。
「どうした? ルディ」
ロクサスが尋ねる。ルディははっと我にかえって、少し困ったような顔をしていた。
「え……あ、ううん、なんでもないよ」
ロクサスはもちろん、ほかの面々もどうしたのだろうと顔を見合わせる。
「とりあえず、今日はもう遅いし食事にしよう。今用意させてるから」
「おっ! 飯!」
気づいたらもう既に夕方だった。ルディの提案に顔を緩めるロクサス。
「ザビアの料理は美味いぞ! 俺は久々だから楽しみだ!」
「ふふ。みんなのお口に合うといいんだけれど」
ロクサス達は調べ物を一旦切り上げると、またルディを先頭にホールへ案内された。
どうやらザビアでは久々の来賓だったらしく、忙しいながらもザビアの国王が計らってくれたらしい。
「お前の父上、忙しいのに優しいな!」
目の前に広がった豪華な料理を前に、ロクサスはルディの父を褒めた。
「うん、父上も嬉しいんだとおもう。本当はロクサス達にも会いたいはずだよ。雨さえなければきっと自ら歓迎してくれたと思うよ」
「そっか……! じゃあその為にも早く何とかしないとな!」
ロクサス達が会話に花を咲かせている横で、お腹を空かせた数人が今にも食らいつきそうに食事を見ている。
「お腹すいてるからか、豪華だからか、すっごく美味しそうですね」
アレクが珍しく目を光らせている。
豆と肉を煮込んでパイ包みにした料理に、根菜のスープ、この辺りでは高級であろう魚や大きな肉も並んでいる。そのどれからもスパイスのいい香りがして、食欲を極限まで高めてくる。
「おっと、ごめんね長話しちゃって。みんな、好きに食べてね」
「あれ、でもナイフとフォークがありませんよ?」
アレクの疑問に、ルディは笑って答えた。
「ああ、この国では手で直接食べるのが習慣なんだ。スープはお皿から直接飲んでいいよ。食べにくいなら持ってこようか?」
アレクは自分の隣でお腹を空かせつつもおろおろしているアイリスを見て、ではお願い致しますと丁寧に言った。
ロクサスやラシャド、ササンやエリスはあまり気にならないらしく手で直接食べ始める。リアムは遠慮がちにナイフとフォークを頼んで、それぞれ久々にゆっくりと摂る食事に舌鼓を打った。
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