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界廊での行軍中、一羽の鳥がこちらに向かって飛んできた。よく見ると鳥の脚には手紙が付いている。どうやらどちらからか返事が来たらしい。
ロクサスが鳥を手の中に納めて手紙を開くと、それは友人からの手紙だった。
親愛なる友人ロクサスへ
手紙の件、了解しました。しかし、今はそれどころではありません。砂の国である我が国に、雨季でもないのに雨が降り続いて困っています。薬の材料も取れないので、後日また改めて連絡します。
ルディ
この手紙の内容に、王子はただならぬ気配を感じた。他の者にもこの手紙を読ませるが、皆一様に眉を顰めていた。
ロクサスから聞いた話ではこの国は砂漠である。そこに雨季でもないのに雨が降り続いているとなると、やはりただ事ではなさそうだ。
「ヤンティでも異変が起こっているようですね……」
リアムが深刻そうに呟いた。
本来乾き切っている砂漠に雨が降り続くのはおかしい。恐らくはこの世界にも異変が起こっているであろう事は容易に想像出来た。
「これはぼうっとしてられない。行こう!」
一行は急いでヤンティを目指した。
馬と飛竜の行軍は行きとはやはり比べものにならないくらい速い。剣の鍛錬をしている余裕も無さそうなので、今回は小さな魔物は馬や飛竜で蹴散らして行った。
それでも時々現れる大型の魔物にはいちいち立ち向かわなければならない。
焦りながらも確実に敵を仕留める。
ヤンティに着く頃には王子もラシャドも、他の戦闘出来る者は皆ヘトヘトになっていた。
それでも友人の国に異変があると分かって放っておける王子ではない。皆も王子の真剣さになんとかついてきてくれた。
「はぁ、はぁ……着いた……!」
漸くたどり着いた扉の前で一度立ち止まる。扉の上には確かに『ヤンティ』と書かれていた。
「久々ですね……」
横にいたリアムが顔を出した。ロクサスとリアムは数年に一度、ここへやってきて外交の手伝いをしていたのだ。しかし、今回は事情が違う。少しばかり緊張した面持ちで王子は頷き、扉をゆっくりと開けた。
開いたそこから、信じられないくらいの土砂降りの世界が広がっていた。王子が息を飲み、苦笑する。
「これの中を突っ切るのは結構勇気がいるな」
口元は笑っているが目が笑っていない。まさに桶をひっくり返したような雨が目の前で滝のように降り続いているのは、正直恐ろしいものがあった。
それでも彼は友人とその世界を救うべく、一歩足を踏み出した。足を地面に付けた側からびしょ濡れになるが、なんとか踏み止まり更にもう一歩と踏み出す。王子の全身が一気に雨に濡れた。
「相当酷いな、これは」
そう呟くと、王子は来たくない者は無理に来なくてもいいと宣言した。とんでもない勢いの雨は、時に恐怖すら生み出すのだ。そんな中に自分の都合で兵士達を入れるわけには行かないと思った。
「殿下、水臭いですよ!」
「俺達も騎士です! これくらいなんともありません!」
すると近衛兵達は次々と土砂降りの中に足を踏み入れてきた。ここまできて王子を見捨てるような近衛兵団ではない。
しかし、フレッド達は違うようであった。
「はぁ、こんな土砂降りに入ったら僕の貴重なコレクションが駄目になるな。ここはお言葉に甘えさせて貰うよ。こちらは界廊から魔物が入らないようにしておく」
「えっ、そんな! ロクサス殿下が行くのに俺たちは行かないんですか!?」
アレクの悲鳴にも似た叫びにフレッドはうるさそうに片耳を手で塞いで答えた。
「なに、お前行きたいのか?」
「勿論です! まだ俺は見習ですけど、騎士としてこれくらい怖がってたらしょうがありません! 殿下にはお世話になっていますし!」
「あ、そう。じゃあ行きたい人は行っていいぞ。特に止めたりはしないから」
フレッドはひらひらと手を振ると、本当にその場で野営の準備を部下の騎士たちに指示しだした。
アレクは深くため息を吐きながら、
「じゃあ、俺は行きますね。扉はよろしくお願いします」
そう言って、相棒の飛竜と共にロクサスに続いた。
次にリアムが踏み出そうとしているが、やはりとんでもない雨の勢いに怖気付いてなかなか一歩が踏み出せない。
「リアム、無理しなくていい。お前はそこでフレッド達と待ってろ」
王子の言葉にリアムはブンブンと首を横に振った。
「それは嫌です! ルディ殿は僭越ながら僕の友人でもあります、見捨てられません!」
しかし、どうしても最初の一歩が踏み出せない。足を出したり引っ込めたりしている。
見かねたロクサスは手をリアムに差し出した。
「後悔しないなら、俺が引っ張ってやる」
「……お願いします!」
「よく言った!」
リアムがロクサスの手を取り、ロクサスがリアムを思い切り引っ張って扉の向こう側へと連れ出した。一瞬でずぶ濡れになるリアムに、よくやったとロクサスは頭を二度ポンポンと叩いた。リアムもこれには少し安堵したのか、少し微笑んでいた。
アイリスもかなり怖がっていたが、それより彼女はアレクと離れることの方が不安らしい。今度はアレクがアイリスの手を取りヤンティに引き入れた。
こうして次々と王子側にも人が集まった。ラシャドやササンは勿論、エリスもいる。近衛兵団もだ。王子は皆の気持ちに感謝しつつ、とりあえずは友人のいる王宮を目指した。
王子の友人ルディのいるザビア王国の王宮は砂漠の中のオアシスのすぐ近くにあった。そのオアシスも、今は雨で泥水へと変わっていた。王子一行は雨の中を慌てて走りながら王宮へと向かうと、門番に取り付いだ。
「これ、ルディの手紙だ。会わせてくれないか?」
入口には門番が四人立っていた。
本来ならば第三王子と言えど、きちんとした手続きを踏み、必要な書類を集めてからの面会になるが、今は緊急事態である。
ロクサスはなんとかルディの手紙のサインを見せて門番に通して貰った。幸いこの門番のうち二人はよく見る顔である。王子は自分の姿とリアムを知っているだろうと詰め寄ると、門番達は流石に友好国の、しかも顔見知りの王子と軍師をそうそう追い出すわけにも行かず、なんとか通してくれた。
案内人として、二人の小者が使わされると、早速中へと通される。
外観から美しい金色が多い王宮は、中も負けず劣らず金の装飾が施されている。赤い絨毯ににも金色の刺繍が鮮やかに縫い取られていた。
壁は茶色の石造りだが、銀の燭台が幾つも灯されていて、やはり金色に輝くようであった。
王宮の中はてんやわんやになっていた。原因不明の雨が続き、その対策に追われているようだ。
小者の案内でとりあえず暖かい部屋に通された。全員ずぶ濡れである。小者は急いでタオルと着替えを持ってきてくれると、王子達は一旦それに着替えた。
近衛兵達はこの部屋で控えさせ、自分たちはこの国の第三王子であり、王子の友人でもあるルディの部屋へと向かった。
王子はこの国の友人の部屋の前に着くなり、小者を押し退けて彼の部屋の扉を開けた。
「ルディ!」
そこには桃色の髪の毛に、よく日に焼けた肌色の青年がポカンと本を開いて持って立っていた。赤い服の袖は白い薄布で出来ていて、肌の色を際立たせている。腰には日除け用の白い布を巻いていた。
「ロクサス? なんで……」
「お前の世界にも異変があるみたいだったから飛んできたんだ!」
ロクサスは手紙に書かれていた内容が明らかに異常である事、これまで旅してきた世界にも異変があったことを伝えると、ルディは納得してくれた。
「そうだったんだね。この世界では二週間くらい前から雨が降り止まないんだ。このままだとサボテンが枯れてそこから取れる薬の材料も取れなくなるし、本当に困っているんだ」
ルディは持っていた本を閉じ机の上に置くと、ロクサス達をソファへ座るように促した。
「久しぶりだね、ロクサス、リアム。その方達は?」
ルディはこんな時にも関わらず、マイペースに尋ねた。元来のんびり屋の彼に、とりあえず一通り紹介を済ませることにする。
「こっちが俺の剣の師匠のラシャド」
ラシャドが丁寧にお辞儀をする。流石元騎士だけあって、こういう場面がとても様になっている。
「そっちがササン、それとアレク」
「どうも、こんにちは」
「初めまして、ルディ殿下」
ササンの挨拶は相変わらず軽かったが、ルディは気に止めることも無く、にこにこと挨拶を返していた。
一方のアレクはやはりきちんとお辞儀をしている。
「それとアイリス、エリスだ」
「えっと、こんにちは」
「初めまして!」
恥ずかしそうに挨拶するアイリスとは反対に、元気に答えるエリス。
ロクサスはそれぞれ順番に紹介していくと、早速本題へと入った。
「ルディ、この世界で雨が降りやまなくなった直前、変わった人達を見なかったか? 例えば白
い服の奴らとか……」
「あ、そう言えば王宮に来てたよ、白い服の人が何人か」
「ルミナスか!?」
「ルミナス?」
聞きなれない言葉に、ルディは目をぱちぱちさせている。
「ルミナスはなんかの組織らしいんだけど、神様とか世界に悪さしてる奴らみたいなんだ」
「そ、そうなの? それは大変だね!」
「ああ。ルディ、この世界、ヤンティの神様の場所は分かるか!?」
「ごめん……僕は知らないんだ。父上か兄上なら知ってると思うけど……」
「よし、とりあえず聞きに行こう!」
「待って、ロクサス。 父上は今この雨で忙しいんだ。聞くならサクル兄上がしか居ないと思う」
「サクル? 一番上の兄のナジュドじゃなくてか?」
「……うん、あの、せめて目上の人には〝殿〟とか付けてね。ナジュド兄上もこの雨の原因を調べる為に遠征に出てるんだ。サクル兄上はこの城で調べ物してる」
するとロクサスは立ち上がった。
「よし、サクル……殿、だな! 早速会いに行こう!」
言うが早いかロクサスは早速部屋を出るが、ラシャドに掴まれて飛び出るのを阻止された。
「お前、ルディ殿の案内無しでサクル殿の居場所が分かるのか?」
これにロクサスは漸くあっと声を出した。
「分かんねぇ」
「言わんこっちゃない。ルディ殿下、案内を頼めますか?」
「うん、いいよ」
ルディも立ち上がると部屋の皆を連れてサクルの元へと向かった。
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