BL短編

@saneomi

真夏日

 くろだー、ノートかして。家に上がるなり、何のためらいもなくそう言ってきた男の足元に、俺は三冊のノートをぶん投げた。テストが近いこの頃に、野田ちゃんが来ることは読めていた。だからこそ、鍵も開けはなしていたのだ。

 本当に暑い暑い、夏の日だった。俺は床に寝転んだまま汗を拭う。ぼろぼろのアパートに最初から存在していたエアコンなんて、せいぜい生暖かい風を送ることしかできやしない。夢の一人暮らし、東京生活でも夏の暑さの前では魅力もくそもなかった。俺はこの暑さの中テスト勉強をする気力もなく、ただただ消費カロリーを抑えるべく寝転がっている。金のない大学生なんてそんなもんだろう。

 野田ちゃんはといえば、投げられたノートを拾うためにしゃがみこんでいた。首筋の汗を袖で拭う。飄々とした彼が、汗をかいているのは何か滾るものがあるなと湧いた頭で考える。この暑さにも関わらずパーマでロン毛なもんだから、余計暑いだろう。「見てるだけで暑い」髪切ればいいのにとは言わない。だって似合ってるし。ぱらぱらとノートをめくり中身を確認する彼に、一応後でアイスおごってよと投げかける。「え、俺金ないんだけど」「知ってる」金がない。故に、俺もお前もこの暑さに対抗する手段なんて持ち合わせてはいないのだ。気が狂いそうにあつくても。ほんと、大学生なんてどうしようもない。さらっとノートを借りに来る阿部ちゃんも、それで貸してしまう俺も。「ねえ、俺溜まってんだけど」雑に言葉を投げれば、それまでノートに向かっていた野田ちゃんがびっくりしたのか振り向いた。真っ昼間に言うものではなかったなと思うけれど、口に出てしまったものはしょうがない。開き直って、野田ちゃんを見つめ返せば、彼は至極真剣な顔で言い切った。「暑くない?熱中症にならない?」心配するべきはそこかよ、おかしくなって思わず笑い声をあげた。馬鹿だな。もっと気にすべきことがあるだろうに。「てか黒田がそんなことゆーの珍しいね」「暑くて馬鹿になってんだよ」「違いねぇや」よっこらしょ。色気のない掛け声とともに、寝転んだままの俺に野田ちゃんが覆いかさぶる。結ばれてない髪が俺の顔の横にかかる。「抱きたい?抱かれたい?」彼はいつもこうやって俺に選択権を委ねる。俺はいろいろなことを考えて、いつも同じ言葉を返す。「抱かれたいかな」流されただけのくせに。流されただけの野田ちゃんを抱きたいなんて言えるはずがない。もしも俺が野田ちゃんのこと抱きたいって言ったらどうするつもりなんだろう。野田ちゃんはいつもと変わらずいいよ、と笑ってくれるのだろうか。「くろだ、ベッド行こ」軽いキスを落とした野田ちゃんが、愛おしいものでも見るかのように目を細める。これも全部夏のせいだ。


一通りセックスして、黒田が寝落ちた後。本当に熱中症になったらヤバイからと、外の自販機へと向かった。どうせ彼の家に飲み物のストックなんてないだろうし。ノートのお礼だ。ようやく日が落ちて涼しくなってきたな。あの暑い中セックスをしていたのは、普通にどうかしている。

黒田は多分、俺のことが好きなんだろう。それは多分、俺の思い過ごしではない。そうでなければ、一度ならともかく二度目のセックスなんてしないだろうし、こちらを伺うように定期的に誘いはしないだろう。それでもいつも自分が受け手に回ることを選択するのは、多分あくまで俺がいつでもやめられるようにするため。そんな吉田を真面目だなぁと思う。決定的な逃げ道は塞がないなんて。

結局今に至るまで決定的な言葉は聞いていない。言う気も多分ないんだろう。もし、彼が言ったら。その時は答えようとは思っている。それぐらいには絆されている。とりあえず目覚める前に届けようと、ポカリを買った。

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