波が引く

 波が引くように、人が離れていく。波が引くように、さらりと無視される。


 そういう経験、ないだろうか。


 心にぽっかり穴が空いたような気分になる。その穴はいつまで経っても穴のままで私たちはその空洞を埋めようとして必死にあがいているのかもしれない。


 穴ってなんだろう。


 人が自分のことを必要としていない、興味を持っていないと思うと穴が空くんだろうか。大きい丘に真っ暗な洞窟があるように、心の緑の丘に真っ暗な洞窟ができるのかもしれない。あちらこちらに美しい花が咲き、色鮮やかな蝶の飛ぶ、強い人の丘にも真っ暗な洞窟があるのかもしれない。


 ここまで書いていてふと思ったのだが、人間は承認欲求の塊のような動物だと思う。言葉が話せるから、意思疎通できるから、文字が書けるから、集団の中で生きていかなければ弾かれるから。だから、「ここにいていいよ」と言われたいとみんなが思っている。「おまえのことなんかいらないよ」と集団から弾かれることは、かつて群れを作ることで生き延びてきた人間にしてみれば、「死」と同等なのかもしれない。だから穴が空くんだろう。キリ、と胸が痛むのだろう。そう、思う。



 前書きはこのくらいで、本題に移ろう。どうやら私は「変な人」のようだ。今まで当たり前だと思っていたことが世間から見れば当たり前でないと気づいてしまったのは一体いつだっただろう。小学5年……? 4年……? とにかくそのぐらいで私の「妄想」「好きなこと」は全部非常識であったと気づいた。これが世間に知られたらいけない、両親に知られたらいけないと必死になって隠した。書いた小説だって段ボールの奥底にしまい込んだ。



 「痛い」は官能的だ。



 そう思っていることをひた隠しにしなければならなかった。そのころはもちろん、官能的などという言葉は知らない。ただ、「痛い」妄想は好きで好きで止まるところを知らなかった。


 高校に上がって初めてちゃんと小説を書き始めた。世間のニーズを研究し、それに当てはまるように自分の小説の形を変えた。評価は伸びない。当たり前だ。私の思っていることではない。私の「好き」なものではない。ある日ふと思い立って、かつてのように一人称で書き始めた。かつてのように「痛み」を中心に据えた小説を書き始めた。


 評価は伸び……ないと思っていた。けれど、こっちのほうが断然伸びる。おかしい。嬉しいがおかしい。そもそも私の思考とは「非常識」なものではなかったのか。それから何度もSM小説を投稿した。伸びる。舞い上がりそうだった。


 世間から疎まれているもの。大々的に書いてはいけないもの。確かにそうなのかもしれない。でもだからこそ、書かなければならないんじゃないか。私がこのエッセイを始めた理由だってそうだ。自分をさらけ出すのは怖い。実際Twitterで誹謗中傷にあったこともある。それでも、私は書きたいからこれから先も書いていく。官能的な「痛み」と世間から疎まれる、弾かれることの恐怖を。

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平凡な女子高生だった私がSMに目覚めた話 揚羽 @ayaayaageha--1120

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