総理16

naka-motoo

その少年、令和の和気清麻呂、菅原道真

「次の方お願いします」


 金田かねだは前総理のブレーンと呼ばれていた学者・評論家といった『識者』と呼ばれる人間たちからのレクチャーをひとり5分で受け続けたが、誰ひとりとして現在の日本国と周辺地域・全世界の苦境を救うための識見を持った人間は居なかった。


 当然だ。


 全員、自分が打ち込みたいことに打ち込んできただけなのだから。


 誰ひとりとして金田のように、本当の意味で火中の栗を拾うような境遇で断りたくとも無理やりに推されて今のポジションにある人間はいないのだから。


「ありがとうございました。これで全員ですか?」

「はい、総理」

「わかりました。あの・・・・僕がお願いしていた宮司様は?」

「すみません・・・・・その・・・・」

「なんですか?」

「政治判断に宗教的要素を持ち込むことは絶対に避けるべきだと・・・」

「幹事長さんですか?」

「はい・・・・・・・」

「これは国難なんですよ?」

「だからこそ・・・その・・・公私混同なきようににと・・・・」

「あの」

「はい・・・・」

「神が『おおやけ』で世を『たいらける』ものでないとしたら、人間の一体だれが公平だというのですか?」

「はい・・・・・はい・・・・」


 総理就任を三顧の礼でもって『強制』されたはずの金田は、誰も自分のホンキを受け止めないことがまるで織り込み済みだったかのようにあっさりと言った。


「分かりました。僕が行きます」


 選挙権が18歳に引き下げられた10年後、日本国は食糧自給の低さを補っていた世界の物流チェーンが崩壊したことによって飢餓の窮地に置かれていた。

 前政権は前首相が旗を振ってサービス産業を中心とした経済振興策を急進させていたが、農林水産業の軽視、特に国土の7割を占める山林を単なる『標高の高い起伏』としか見なかったことから国土も荒廃、いざ農地で農業を行おうとしても山林を追われたクマやイノシシといった害獣が人畜の境界線を完全にはみ出して襲来し、農作業を行うことそのものが命懸けの状況となっていた。


 漁業についても原発事故のあった地域の汚染水海洋放出による風評被害から水揚げされた鮮魚の価格が下落し、そもそも漁業が経済活動としては成り立たないまでの損害を被っていた。


 金田が会う学者は全員が全員、誰ひとりとして物事の本質を捉えていなかった。


 唯一金田と行動を共にする秘書の桃花とうかだけが金田の言う『ほんとうのこと』を理解していた。


 金田は16歳男子。

 前首相が産業振興策推進の見返りとして経済団体幹部から得たインサイダー情報により株式投資を行なっていたというスキャンダルによって日本初の国民によるリコール審判によって辞任(解雇)し、合わせて成立した『被選挙権』を16歳に引き下げる法律に基づく最初の首相となった。


 桃花も16歳。女子。

 金田は同じ高校で学級委員長、桃花は副委員長だったが、金田の首相就任の際、金田自身から請われて秘書となった。


『国政は学級会じゃない!』


 などとマスコミは面白がって揶揄したが、ふたりは毅然としていた。


「人間は一日長く生きれば一日分の垢が溜まります」


 と、16歳といういにしえであれば元服し大人としての識見を備え責任を負うふたりが、その清涼な若さという垢にまみれていないクリーンな頭脳と精神でもって世の重大事に『ホンキ』で取り組むのだ、と宣言した。


 ふたりはそれぞれの職に就くために高校を中退した。


「金田くん。ほんとうにふたりだけでよかったんですか?」

「うん。とても残念なことだけど、この国では神社は私的なものとしか捉えてもらえない。だからSPをお願いするわけにも公用車を使うわけにもいかないんだ」


 金田と桃花は九州の東側の山を登っていた。険しい山ではないが議員報酬と秘書の給与以外の収入が無いふたりはタクシーを使うこともできず、徒歩で山頂を目指した。


 伝統深き古き、けれどもふたりのように青春の清涼をたたえた、すがしい神社があるのだ。


「金田くん。枯葉が水を吸ってクッションみたいですね」


 桃花のやわらかで穏やかな表現力に金田は首相就任以来の一本のピアノ線をつま先で渡るような毎日が一気に解きほぐされる思いだった。


 社殿では、金田が求めていた宮司が待っていた。


「総理、遠方までお越しくださりありがとうございます」

「宮司様、おやめください『総理』などと」

「はは。今更『坊っちゃま』とお呼びするわけにもいかないでしょう」


 金田の父親は政治家で次期首相と嘱望される俊英だった。


 だが、前首相との党首選挙期間の最中、秘書が運転し自分が同乗していた車が人身事故を起こした。


 父親は停車させようとしたが秘書はそのまま車を走らせ、数十メートル進んだ所で父親は強引にドアを開けてそのまま飛び降りて被害者の救護に当たったが・・・・・


『現職大臣、轢き逃げ』


 秘書が轢き逃げしたことは紛れもない事実であり、父親はそのまますっぱりと議員辞職した。


 金田と桃花は既に宮司が社殿内に用意していた神事のための赤い敷布の上に正座した。


「首相」

「はい」

「あなたのお父様は、前首相に陥れられたのです」

「えっ」

「お父様から時が来るまで決してあなたに告げてはならぬと申しつけられていましたので・・・」

「宮司様。どういうことですか?」

「前首相が、秘書を恫喝して、事故を起こさせたのです」

「まさか・・・・・・」

「前首相は反社とのつながりもありました。秘書は、家族の安全を優先せざるを得なかったのです」

「・・・・・・・・・・わかりました」

「?それだけですか?」

「はい。それが事実ならば、そうと知るのみでもう結構です」


 宮司は、嘆じた。


「あらうれしや!父が政治家として『国家安泰・世界平和』祈願の儀式の折、ちょこんと端に座っていたあの男の子が・・・・・・神様!こんな立派な大人となって再び大志を告げに参りましたぞ!」


 祈願するのは金田と桃花の連名だった。あくまでも総理としての務めを『公職』と胸に刻む金田はその職を秘書である桃花とふたりしてやり遂げると決意していたのだ。


 国家安泰・世界平和。


 父親とまったく同じことを神前に願い出た。


 宮司が祝詞をあげる。


 山中の静寂の中、羽音が聞こえた。


『スズメバチ・・・・・・・』


 桃花はそうと気付いたが、宮司は整えた衣装の内側で汗を絞って祝詞に集中しており、金田はその姿を微動だにせず真っ直ぐに見つめていた。


 だから、桃花もそうした。


 スズメバチは社殿の中を浮遊するように飛んでいる。


 だが、祝詞が終わりに近づいた頃、羽音が次第に弱まった。


 宮司が一糸乱れぬ、けれども渾身の祈願をしているその真後ろの冷ややかな木肌の板の上に、不時着するように降りた。


『ああ・・・・・・ここを死地に・・・・』


 神に礼していた桃花はその瞬間だけスズメバチの亡骸に敬意を払った。


「総理!」

「はい」

「ご神饌が出ましたぞ!」

「はいっ!」


 金田は首を垂れる。


「『日本国首相に申す。私利私欲の者ども、首から上だけで動く者どもに屈するでない。ただひたすらその方の誠心を旨とせよ。いにしえの道を探し当てよ。さすれば必ずや暗雲晴れん!」

「ははあ!」


 手をつき、ひれ伏して感謝の気持ちを表す金田と桃花。

 それから最後に宮司が付け加えた。


「神様が、『応援しているぞよ』と」

「ありがとうございます」


 宮司は駅まで車で送ると言ったが、金田と桃花は丁重に断って、下山の道をまたふたりで歩いた。


「金田さん。頑張りましょうね」

「うん・・・・桃花さん」

「はい?」


 落ち葉のクッションを、雲の上を歩く時はこんな感じだろうと考えながら金田は言葉をつないだ。


「なんでもない」

「?・・・そうですか?・・・」

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