行けるところまで、まっすぐに。

多賀 夢(元・みきてぃ)

行けるところまで、まっすぐに。

 登場する直前は、いつも緊張と興奮が入り混じる。

『皆さん、お待たせしました!K県が誇るエンターテイメント集団、OPa-lの登場です!』

 爆音の音楽とともに、仲間が呼ばれた順に舞台へと飛び出していく。それぞれが自己紹介がわりにパフォーマンスをして、観客から喝采を浴びる。

『続いてアクロバット担当、NAO!』

 僕も袖の端から全力疾走して、舞台の真ん中より手前で強く床を蹴った。


 高く飛んで、思い切りよく宙返り。

 より大きな感嘆、嵐のような拍手。

 着地をしてポーズを決めると、僕は観客に全力の笑顔を振りまいた。


 体操の要素を混ぜたアクロバットパフォーマンス。

 これが、僕の仕事その1だ。

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「――では、次のお便りです。ラジオネーム『ぽんぴー』さん」

 僕の仕事その2は、地方FM局のパーソナリティーだ。

 色々と良いご縁があって、僕はこの地方でテレビや舞台のお仕事も頂いている。主軸はパフォーマーだと思っているけど、人を楽しませる仕事ならどれでも楽しい。


「『NAOさんこんばんは。なんと私、東京からK県に引っ越すことになりました!これでOPa-lの公演も生で見られます!』……ええー!ていうか、今まで東京から聞いてくれていたんですか。ありがとうございます!

 K県はいい所ですよ、風光明媚だし食べ物もおいしいし、県外勢の僕が保証しますからね!」

 力強く頷くと、目の前でニュース原稿を用意していたアナウンサーの女の子が慌てて口を押えて笑いを耐えた。そうだよな、これラジオだもん。リスナーからは僕の動作なんて見えないもん。

「それでは、ここで曲に参りましょう。今月のプライムチューンです、K県出身のアーティスト――」

 その時、目の端で手を振られた事に気が付いた。観覧できるように、ロビーとの間に設けられた防音のガラス窓。その向こうに、そこはかとなく見覚えがあるシルエット。

 誰か分かって、頭が真っ白になった。

「――はなの新曲。『ゼラニウム』」

 なんとか最後まで言い切って、今度はこっちから思いっきり手を振った。そこにいたのは高校のクラスメイトで同じ体操部の、浩輔だった。



「たまたまタクシーでラジオ聞いてたら、聞いたことある声がしてホント驚いたわ」

 仕事明けまで待ってくれた浩輔は、僕が連れて行った居酒屋であぐらをかいて笑った。

「今は観覧禁止でごめんな。コロナ前なら自由に見てもらえたんだけど」

 ラジオ局は感染対策のため、現在は一般客の観覧は禁止となっている。浩輔には音楽を流している間にブースを出てその旨を伝え、外で待ってもらった。

「こっちへは仕事で来たの?」

 ビールを注いでやりながら、僕はさりげなく浩輔を観察する。目元には高校時代の面影があるが、ふっくらした顔や体だとか、そり残したヒゲは年相応。堂に入ったスーツ姿など、もう完全に立派なサラリーマンだ。

「そうそう。リモートにも限界があるからさ、県をまたぐ移動をするしかないのよ。東京から出るときと入るときの、PCR検査の費用が半端ないわ」

「あー、テレビで見た。大変そうだなぁ」

 相槌を打ちながらウーロン茶を飲む。僕は車なので、酒は飲めない。

「なんだお前、他人事だな」

「こっちはそこまで深刻じゃないんだよね」

「それじゃだめだろ。てかお前、今マジで何してんの?」

「何って?」

「仕事だよ。ラジオ出てるし、見た目も明らかにリーマンじゃねえし」

「うーん」

 どう説明しようかと一瞬迷った。だって相手はあの『浩輔』だ。

 でも、嘘はつけない。

「パフォーマーやってる。体操の技とか入れて」

「は?えええ!?」

 浩輔は口をぽかんと開けて、僕の体を隅から隅まで見回した。納得したようにうなずいたと思ったら、打ち消すように首を振っている。何を思っているのかなんとなく分かって、申し訳ないが面白い。

「だってお前、練習大嫌いだったろ」

「競技が嫌いだったんだよ。体操はずっと好きだよ」

 浩輔は頭をかきむしった。そういや、こいつの髪少し薄くなってるな。

「嗚呼。結局はそういうことか」

 後ろの壁にもたれるようにして、浩輔は天井を仰いだ。

「浩輔?大丈夫か?」

 虚ろな表情を見て不安になる。目に光るものが見えた気がするが、気のせいだろうか。

「直也」

「ん?」

 久々に本名を呼ばれて、顔を上げる。

「俺は、競技が好きだったんだ」

「ああ」

 よく知ってる。僕と浩輔は一緒に体操をやっていた。僕は飛ぶことは好きだがそれだけだった。だけど浩輔はいつも大会で上位に入り、体操部にも浩輔のメダルやトロフィーが飾られていた。

 やる気のない僕ですら、その完璧に近い演技は目で追わずにいられなかった。

「より忠実にやることが、楽しかったんだよ。それでメダルが取れたから幸せだったし、優越感もあったよな」

 いつの間にか注文された焼酎のロックを、浩輔は一気に煽った。

「なんで体操やめたんだろ、俺。あの頃みたいな気分は、会社にはないんだよな」

「なんか、あったん?」

 こちらの方言が少し混じった。浩輔はそれを少し笑って、首を左右に振った。

「いやあ、勝手に諦めたんだ。歳をとったら飛べなくなるから、ピークのうちにカッコよく去ろうって。だけどさ、去ったらそれでお終いだったんだ。分かってなかったんだよ」

 明らかに酔っている浩輔は、あの頃の輝きも迫力もなかった。こんなに小さかったかと疑うほどに、影が薄く消えそうにすら見える。

「直也はさ、いつまで飛ぶわけ?」

「え?さあ……考えてはいるけど」

 鍛えてはいるものの、気づけば自分も36歳だ。飛べているのが奇跡と言える年齢かもしれない。もちろん飛べなくなった先を考えて、深く悩むこともある。あるけれど。

「限界まで飛ぶ、それしか答えが出ないんだよね」

「そう!それだよ!」

 浩輔は急に大声を出し、突然起き上がって俺の両肩を持った。

「何かを極めているやつはな! みんなそればっか言うんだよ! ピークだとか勇退だとか、カッコつけたやつを笑って追い抜いていく! 俺はそれが非常に悔しくて!」

「浩輔、ちょ、声大きい」

「非常に! 惚れる!」

「キモチ悪いわ!!」

 突っ込む僕に向かってケタケタ笑い、浩輔は「トイレ!」と手をあげて席を離れた。

「だから大声は出すなっ、感染対策!」

 僕もうっかり大声で答え、口を押えた。だけどその手の下で、どうにも笑いがこみあげてくる。

「なんで喜んでんだ、僕」

 少し考えて、僕もウイスキーを注文した。そういう気分になってしまったのだ、今日はここで浩輔に潰されるまで飲もう。朝までの駐車場代が気になるけれど、男に惚れられちまったから。それも、かつて憧れていた男に。

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行けるところまで、まっすぐに。 多賀 夢(元・みきてぃ) @Nico_kusunoki

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