もう二度と。

「どれだけのものを注いでも、こうして灰となって立ち消えるのですね」


父の墓碑に金木犀の花を添えながら、少女は吐き捨てるようにそう独白した。


「父の死に顔は、安らいでいました。死に目に立ち会って下さって、ありがとうございます」


私は外見上は年下の少女に向かって、深々と頭を下げる。

失礼があってはならぬ相手であった。

何故なら彼女は、私の祖母にあたる人物であり、永い時を生きる天霊に連なる貴種。

すなわち、神話の住人なのだから。


「貴女がテオの遺体を見たのは、おおよそ二日後でしたね。死後硬直が解け、弛緩した表情筋が安らかな顔に見えただけですよ」


天霊に連なる貴種の証である白金に赤が混じる髪を秋風に棚引かせる少女は、父の墓碑から目を離さずにそう告げる


「死は、孤独なものです。どれほどの富を持ち、どれほど多くの人々に囲まれて送り出されようとも、そのいずれも永訣の先に持ち込むことはできません」


「後悔を、していらっしゃるのですか?」


「ええ、この上なく」


依然として、酷く冷たい声で少女は告げる。


「番など、作るものではありませんでした。エディテオ息子も、100年もせずに私を置いて逝ってしまった。我が子に先立たれることを運命づけられた女に、はたして親としての意義はありましょうか」


その語りは、今まで聞いた父の死を惜しむどの声よりも悲哀に満ちているように聞こえた。

私の中にあった超常者たる祖母への恐怖が薄らいでいく。


――そうか、彼女は私となんら変わりなく、否、私よりも尚…


「少なくとも、貴女の御子が更に子を成し、その先に私はここに生きています。貴女の血の裔として、私は貴女が私の祖母であることに深く感謝しています」


私は恐れを脱ぎ捨て一歩前に出ると、墓碑の前に跪く少女を慰める為の言葉を告げた。


「貴女は、アルメリアと言いましたね。貴女は今の自分が幸福であると思いますか?」


 彼女が初めて私の方を向く。

 自分と同じ褐色の肌を持つ年老いた少女の、赤銅色の瞳には、僅かに潤んでいるように見えた。


「はい。父より継いだ商会の長としての責は重いですが、それらをわが身で受け継いで前へと進むことはとても幸いなことです」


彼女は、どうしていいのかわからないだけなのだ、きっと。

夫との死別という一度きりの悲しみを処理する方法を知らぬまま、悲嘆に暮れている年老いた少女に、私は語りかける。


「続いていくのですよ、御婆様。私たちは、多くのものを受け継いで、システムとしての固有性とその連動が持つゆらぎの中に、その因子を連続させ続けるのです。永く生き続ける貴女には実感できずとも、貴女もまた私の一部として前へと足を運ばせるのです」


だから父も、貴女も、決して孤独ではなかったのだと伝えたかった。

その思いが届いたのか分からない。

ただ、彼女の桜色の唇は小さく弧を描いた。


「だとしても」


可憐な微笑みだった。きっと、祖父はあの笑顔に惚れたに違いないと、そう確信させる美しさだった。


「だとしても、私が番をつくることは無いでしょう。もう二度と」


唄うようにそう言って、少女は立ち上がると、墓所の出口へと歩きだした。


その背に深々と頭を下げる私に吹き付ける秋風が、墓前に添えられた金木犀の香を運んでいく。


顔を上げると、そこにはもう誰も居なかった。

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それは、懐かしい春の日の @ZKarma

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