第4話:信じる者は救われる?!

 王太子がわざわざ一介の商会まで足を運ぶのだろうか――破格の待遇に一抹の不安を感じながらも、ブルーノ商会は王宮の使者と対面を果たす。


 挨拶を交わすと、先方からブルーノ商会が王室御用達の水準に足るかを確認したいと言われ、会長は揉み手に笑顔で大きく頷いた。


「いくつか質問したい。まずはドレスのデザイナーと会わせてほしい。私の婚約者の要望をヒアリングしデザインするのであれば、当然紹介してもらえるのだろう?」


 グレイの言葉に、テイラーはすぐにその狙いを察した。


(やはり、アメリを探しに来ているんだろうな。だが所詮は温室育ちの貴族共と同じだろう。狡猾な商人の話術でどうとでもできる)


 会長が息子へ目線を送ると、テイラーはあざとい笑顔と声色で丁寧に回答する。


「本日は別件のデザインを聞きに出払っております。打ち合わせが始まれば必ず本人を同席させますので。本日は僕が代わりに相談、要望、なんでも承ります」


「不在ならば仕方ないな。それでは次に、今からブルーノ商会が王家御用達に足る商会かどうか改めさせてもらおう」


「――それは、監査にございますか」


「ああ、なにか問題でもあるか?」


「いいえ滅相もございません。どうぞご自由にお改めくださいませ」


 ここで拒否すれば、問題がありますと宣言するようなもの。内心冷や汗をかきながらも会長は大きく頷いたのだった。



 許可を得ると連れてきた役人たちが、家人に案内された部屋で一斉に仕事を始める。それとは別でルーク率いる数人の騎士が、屋敷のとある場所にまっすぐ向かっていた。




 アメリがブルーノ商会で働いていたことはエラの証言ですぐに分かった。

 ただ、証拠がないので立ち入るための理由を見つけるのに、数ヵ月のあいだ苦戦を強いられたのだ。


 なにか他の正当な理由にかこつけて乗り込もうとしたのだが、ブルーノ商会を一通り洗ってみても、きな臭さはあるが決定的な汚点が見つけられなかった。

 分かったのは、手を付けている大多数の商売がどれもイマイチであり、唯一順調な貴族相手のドレス工房の売り上げが、他の損失を補っているという事実だけであった。


 ならばブルーノ商会が得意とするドレスで釣ろうと、エラの婚約発表用のドレスを募集したところ、彼らは見事にアメリの存在を出してきたのだ。


『アメリがデザインしたドレスです。青い薔薇なんて絶対にそうだわ!』


 婚約発表のドレスに『青い薔薇存在しえない』など、嫌味と取られかねないモチーフ選定は、アメリからエラへ贈られることで、『ブルーフェアリーの咲かせた青い薔薇奇跡』へと意味を変える。

 元々怪しいと踏んでいたブルーノ商会から出たことで、確証を得たのだった。



 ルークは事前に入手した邸の地図から、空白の――たぶん隠し部屋だと推測される場所の入り口を探していた。


 役人が監査を終えるまでにアメリを探し出さなければ、二度と踏み込めないだろう。

 それどころか、王太子の素行を疑われる理由に使われかねないほどに危険な橋を渡っていた。


 ――ガタン! ガタタタタタ


 何かが落下する音が響き、その音を頼りに突き進む。

 人の気配のあった部屋の扉をそっと開ける。


「――誰かいるのか?」

「ひっ!」


 小さな悲鳴のあと、ガタンと倒れる音がして慌てて中に入ると、ひとりの女が倒れていた。

 その姿が記憶の中の彼女と違いすぎて、認めるのに少しだけ時間を必要とした。


「アメリさん、ですか?」

「ルークさん。どうして――」


 ルークは絶句したまま、アメリの体を抱き上げた。

 助けにきたとか、無事でよかったと声をかけるべきなのだろうが、アメリの酷い仕打ちを受けた姿に心が押し潰されてしまい、それどころではなくなったのだった。





 ブルーノ商会の王太子訪問と監査は、予定時間を大幅に繰り上げて終了となった。


 アメリを監禁していた部屋に保管されていた裏帳簿を手にした役人が、王太子の待つ部屋へ入り、その後からルークに横抱きで運ばれるアメリが入ってきたことで、テイラーは息を呑む。


「あ、アメリ! なんでここに」


「テイラー殿、彼女はデザイン画の担当者ではないのですか?」


「いいえ、違いま――」

「私が作りました!」


 テイラーの声を掻き消すように、アメリは必死で訴えた。


「私がエラのためにデザインしました。あれは、私がデザインしたドレスです!」


 アメリのメッセージをエラが受け取ってくれたおかげで、無事に助け出され今ここにいるのだ。

 奇跡に心が震え、アメリの顔はくしゃくしゃに歪む。


「まさか初めての取り引きで嘘をつかれたうえ、なにやら良からぬ資料も見つかったようだ。一度中身を改めさせてもらおう」


「そ、そんな! お待ちください。これは何かの間違いで――」


「間違いかどうかは公正に精査するさ。その身が潔白であるのなら問題なかろう?」


 ここで拒否すれば、問題がありますと宣言するようなもの。どうしようもないのだと悟った会長は大きく項垂れたのだった。






 後処理を役人たちに指示すると、グレイはルークと助け出されたアメリに笑顔を向ける。


「さてルーク。我々も帰るとしよう。アメリさんにも同行願いたい。あなたのドレスでなければエラは私と婚約してくれないと、たいそうご立腹でね」


 グレイは多少話を盛っていたが、概ね事実であった。

 アメリの無事を見届けなければ自分の幸せなど考えられないと、毎日エラに泣きながら謝られているのだ。


「申し訳ありません。エラさんと一度話をしてみます」


「アメリさんが見つかったなら全て解決しますから。何もする必要はありませんよ」


 グレイは軽く笑ったあと、ずっとアメリを抱きかかえているルークの不自然さに気がついた。


「ところで、ルークはいつまでアメリさんを抱いているつもりなんだ?」


「彼女は足に怪我を負っていますので、こうして運ぼうと思います」



 裁縫箱に手を伸ばしたあのとき、箱の奥底にあった紐通しの道具に気づいたアメリは、足枷を外すことに成功した。


 王太子訪問の当日に合わせて部屋から出たのだが、階段を上っている最中に足首を捻って一番下まで転がり落ちてしまった。

 なんとか両手両足を使って階段を上り終わった先で、運よくルークとの再会を果たしたのだった。


(数ヵ月間、ほとんど寝るか座るかしかしてなかったから、うまく歩けなかったなんて恥ずかしくて言えない……)


 ルークには、暗がりで足を踏み外したのだと誤魔化してあった。


「ふーん。なら、このまま抱えて運んでやれ。馬車も使っていいぞ。私はお前の馬で帰ることにする」


「お待ちください、殿下。その命令は従えません」


「お前、アメリさんを馬に乗せて運ぶつもりか? それとも私が乗る馬車に彼女を乗せる気か? どっちも愚案じゃないか」


「っ! ですがっ」


 主人を自分の馬に乗せ、主人の馬車に乗って城に戻るなど真面目なルークには許容しがたい状況であった。


「アメリさん、嫌でなければ馬車の中でルークを相手してやってくれ。この朴念仁が珍しく会話の続く女性と出会えたことを、私は応援したい」


「殿下!」


「なんだ。万策尽きたと嘆いた私を睨みつけたくせに! せいぜい嫌われないように努力しろよな」


 目の前で繰り広げられた軽快な会話から察するに、ルークはアメリのことを気に入ってくれているようだ。

 そんな夢のような話が本当にあるのだろうか。ここにエラがいれば笑顔で肯定してくれそうである。


(仕事に真面目な方は嫌いじゃないわ。ううん、どちらかといえば、そういう殿方は好ましいわ)



「アメリさん、その。嫌でなければ私と一緒に馬車に乗ってください」


「はい、喜んで。馬車の中でたくさんお話しましょう」



 アメリの言葉通り、馬車の中で二人は尽きることのない会話を楽しんだ。

 その内容は――仕事の姿勢についてから始まり、仕事とはいかに尊いものなのかという、まったく色気のないものであった。


 意気投合した二人は、その後、順調に仲を深めていく。

 

 そして、王太子妃のお披露目ドレスの発注を勝ち取ったブルーノ商会だが、王室御用達には当然なれず、唯一成功していたドレス工房もなぜか急速に衰退し、ある日突然、大勢の雇人をそのままに、主一家が姿をくらましたのだった。

 



 1年後――


 王太子妃教育を終えたエラが、正式にグレイとの婚姻を結ぶ。

 結婚式当日、純白のドレスに身を包み幸せそうに笑うエラと、その姿に目を細めるグレイの傍らには、王太子の側近であるルークと、王太子妃の衣装係となったアメリの姿があった。


 真面目で仕事優先な二人は、主人たちの結婚式が終わったあと小さな教会で簡単な式を挙げようと計画していた。

 けれどその話を知った王太子夫妻が待ったをかけて、盛大な結婚式へと転向したのだった。

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ブルーフェアリー・ガール 咲倉 未来 @mirai999x

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