第3話:行方不明

 アメリが行方不明になってから一ヵ月が経過したが、彼女は今も行方知れずのままであった。

 エラは与えられた城の一室で毎日泣き暮らし、その様子にグレイも心を痛めていた。


「エラ、そんなに泣いてばかりいると、瞳が溶けてしまうよ」


「だって、アメリさんが――っうぅぅ」


(やっとエラと結ばれたと思ったのに、困ったものだな)


 一ヶ月も行方知れずならば、本人が名乗り出る気がないか最悪の場合を想定するしかない。

 その話をルークにしたならば、信頼厚いはずの側近はグレイを射殺さんばかりの勢いで睨みつけてきた。


(エラもルークも、アメリさんと過ごした時間はほんの僅かだというのに。――どうやって心を掴んだのやら)



 信頼とは関わった時間以上に、交わした言葉や共有した考え方に影響される。


 エラは暢気な性格を周囲からバカにされ、怒られることが多かった。

 そんな彼女の人生で一番ともいえる無茶振りを、アメリは苦笑しながら文句ひとつ言わずに付き合ってくれたのである。

 古いドレスはそれなりに蘇り、エラはもっと素敵なドレスで舞踏会に参加することができた。城までの道のりもアメリのおかげで順調だった。

 エラがグレイと再会できたのは、アメリのおかげなのだ。


 ルークは、あの時アメリと一緒に移動する判断をしなかったことを後悔していた。

 もう少し話がしてみたいと思っていただけに、その後の失踪は彼の心に深い闇を宿らせた。

 グレイの言うとおり死んでしまっていたのたら、もう話すことも会うことも叶わないのだ。

 その事実がルークに言いようのない無念と執着を募らせていたのだった。



「できる限りのことをしよう。もう一度アメリさんについて知っていることを全て教えておくれ」


 グレイは、愛するエラと頼りにしている側近のルークのために、アメリを探し出すことを心に決めたのだった。











 高い天井に四方を壁に囲まれ、棚には乱雑に積まれた冊子が並ぶ。無機質な部屋で、アメリは今日もドレスのデザイン画を描いていた。

 足には頑丈な鉄の枷が嵌められていて、部屋には生きていくために必要な最低限のものが揃えられている。

 扉には小さな小窓が取り付けられていて、一日三回そこから食事が提供されていた。


 アメリは縮んだ背中を伸ばすと、持っていたパステルを置き用紙の上の余分な粉を吹き飛ばす。

 うっかり吸い込んだ粉末にせき込み、治まると深い溜息をついた。


(今日のノルマはこれで終わりだけど。もう少し描いたほうがいいかしら)


 心を保たせるために、アメリは慣れた作業に集中することで考えることを放棄しがちであった。これではいけないと首を横に振り、頭を乱暴に掻き毟る。


 その髪は、肩より上の長さまで無残に切り落とされていた。


 この部屋に閉じ込められた当初、隙を見て髪留めに使っていたピンで枷を外し逃げ出そうと試みたのだが、あと少しのところで見つかってしまった。

 ピンで開錠したことが知れると、結ぶ必要のないようにと髪を切られたのだった。


 あれから何日過ぎたのだろうか。日を追うごとにアメリの中で希望も目的も何もかもが薄らいでいく。

 何も考えずにデザイン画だけ書き続けるほうが、いっそ楽だと思えるほどに身も心も追い詰められていた。



 ――コンコン



 ノックのあとは、いつだって遠慮なく扉が開かれる。

 扉の外にはアメリの元婚約者、テイラーが立っていた。




「進捗はどうだい? ――今日の分は全て仕上がっているね。相変わらず君のドレスは人気があるんだ」


 アメリのウェディングドレスを勝手に売り払い、そのことで喧嘩別れをしたあと、テイラーは父親に酷く叱られた。

 その後はドレスのデザインが思うように仕上がらず仕事で苦境に立たされる。アメリを呼び戻そうとしたのだが、彼女の行方が掴めずに困っていた。


 舞踏会の日、テイラーは決まったパートナーのいないアビゲイルのエスコート役として会場にいた。

 そしてアメリを見つけ、彼女がひとりになった隙を突いて連れ去った。

 事がうまく運んだことで、ブルーノ商会は再び優秀なデザイナーを取り戻すことに成功したのだった。




 テイラーの言葉に反応せず、机に向かったままぼんやりと宙を眺めるアメリの前に一枚の紙が差し出される。


「ドレスのデザイン画と製作の募集だ。なんでもやっと決まった王太子の婚約者が、気に入ったドレスを用意しなければ婚約発表したくないとごねたらしい。とんだ我儘女が未来の王妃に選ばれたもんだよな」


 テイラーが裏で貴族をこき下ろすのは、いつものことであった。


「次はそのデザイン画を描いてくれ。仕上がったら直ぐに製作に入る。君のドレスなら間違いなく予選のデザイン審査は通るだろうからね」


「王太子妃様のドレスなら、私も製作に関わりたいわ」


 全てに無反応を貫いていたアメリが急にしゃべりだしたことに、テイラーは片眉を上げてその心境を探る。

 けれどきっかけがなんであれ、ドレス作りを愛しているアメリが大舞台にやる気を出したのなら、気持ちを削ぐのは逆効果だろうと判断した。


「わかった。ひとりで全行程は難しいだろうから、簡単な作業はいつも通り雇人をつかって進めてくれ」


「はい。ありがとうございます」


 従順なアメリの反応に気をよくしたテイラーは、その後も精力的にドレスを作る彼女の姿を見て安心したのだった。




 アメリのドレスのデザイン画は、予選を通過し実物で競い合う本選へと進んだ。





「――お願いします、助けて下さい。ブルーフェアリー様」


 心が折れそうになるたびに、アメリはブルーフェアリーに祈りを捧げた。


 変わらず狭い隠し部屋に足枷をはめたままの生活で、アメリの心は日々擦り減っている。


 仮にドレスが選ばれてエラがアメリの存在に気付いたとて、ブルーノ商会の屋敷の奥にあるこの部屋から助け出すことなど容易ではない。

 彼らがアメリの存在を指摘したところで、テイラーが知らぬ存ぜぬで押し通してしまえば終わりだ。


 気を抜くと絶望的な未来ばかりが思い浮かんだ。


 ――諦めなければ、奇跡は起きる


 絶対に出会えるはずがないと思っていたのに、エラは見事に運命の相手と再会を果たした。しかも相手はこの国の王太子だ。

 それにエラのおかげで、アメリは自分がデザインしたドレスを舞踏会で見ることが叶ったのだ。


 ――奇跡は起きる。絶対に、何度でも


 そう信じるに足るだけのものを、エラは見せてくれていた。

 その希望にすがりながら、アメリはドレスを仕上げていく。


 幾重にも花弁を重ねたスカートは、まるで一輪の薔薇を連想させる。

 大輪の薔薇の造花を、腰を絞るリボンのアクセントに縫いつければ、鮮やかな青が美しいドレスが完成した。


「きっと気づいてくれる。エラだったら、きっと――」




 仕上がったドレスをテイラーに預けた数日後、アメリのドレスが選ばれた知らせがブルーノ商会に届いたのだった。








 婚約発表で着るドレスの追加とウェディングドレスの注文のために、王太子が直々にブルーノ商会へ足を運ぶ話となり、テイラーは舞い上がっていた。


「やった。これで我が商会も王家御用達になれる!」


 テイラーは、当日サプライズでドレスのデザイン画を出すことを思いつき、アメリに仕事の指示を出すことにした。

 今後王太子妃のドレスをデザインすることになるので、そのことも説明して良いものを作るように言い聞かせる。


「ご本人の好みを聞くために、私も打ち合わせに同席させてください」


 急に前のめりの姿勢で仕事に口を出してきたアメリを、テイラーは訝しんだ。


「王族相手だし僕が取り仕切る。アメリは変わらずここで指示に従えばいい」


「良いものを作るなら相手と直接話をしないと。上手くできる自信がありません」


「本当は顔見知りの王太子妃になる女に助けてもらうつもりなんだろう? そんなことさせるわけがない」


 食い下がるアメリの本心をとっくに見透かしていたテイラーは、彼女の愕然とした顔を見て笑いだした。


「舞踏会で誰と一緒にいたのかを見ていなかったとでも? あの日お前とその連れは目立っていたからね。おかげで直ぐに分かったよ」


 言いながらテイラーは底意地の悪い笑顔を浮かべる。


 審査を突破しさえすれば、その先は相手の好みに合わせて作るだけで対応可能だろう。

 目の前で項垂れているアメリはしばらく使い物にならないだろうが、諦めた頃にまた働かせればいい。


「また来るよ。おバカさん」


 テイラーは部屋を出ると、鍵を施錠し何度も確認してから立ち去った。







 暗闇に包まれた部屋の中で、アメリは絶望の淵に立たされていた。

 やっとエラに居場所を伝えられたのに、ここから抜け出せなければ、なんの意味も無くなってしまう。

 必死に作ったドレスは、いまやブルーノ商会が飛躍するのに役に立つだけになってしまっていた。

 アメリはこれから一生、この部屋で飼われてドレスを作るだけの生活になるのだ。


 心に小さくともっていた光が消えかけ、己の愚かさを呪う声が聞こえてくる。



 それでも、なんとか折れそうな心を鼓舞し、責める声を振り払うように頭を振った。



 ――諦めることだけは、絶対にしたくない



 エラの奇跡を見届けていたアメリは、必要なのは信じ続ける心なのだと教えられた。

 というか、諦める選択肢は最後まで残るので、わざわざ選ばなくても良いのだと気付かされていた。



 残されている僅かな希望を探し出して、とにかく何でも、馬鹿みたいなことでもエラのように試してみるのだ。


 周囲を見回し、柱に繋がれた鎖と足首の枷に目が留まる。


 ――踵が無ければ、鍵を外さなくても抜くことができるかもしれない


 同時に、裁縫箱の中にある厚手の布専用の裁ちバサミが、頭の中をよぎったのだった。

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