第2話:いざ、舞踏会へ!
舞踏会当日――
城までの交通手段を持っていないアメリとエラは、軽装姿で乗り合い馬車をつかい、城の近くまで来たあと控室を借りて身支度を整えていた。
「え、顔と名前しか知らない相手と再会するために、舞踏会に出たかったの?」
エラがどうしても舞踏会に出たがっていた理由を聞いたアメリは、コルセットの紐を絞めていた手が思わず止まる。
「でも、シーズンオフの領地で子供のころから毎年お会いしていました。会えない年もありましたけど、今年はシーズン初めの舞踏会に参加するから、そこでの再会を約束したのです」
(どうして上手くいくと思えたのかしら。――ちょっとオツムが弱い子かもしれないと思っていたけど、本当に弱かったのね)
騙されたか遊ばれた可能性もあるのに、エラは相手の男性ときっと再会できると信じて疑っていない様子であった。
「アメリさんが素敵なドレスをプレゼントしてくれたから、余計に運命を感じました」
エラのおめでたい思考は、アメリの
アメリはなんだか申し訳ない気持ちでいっぱいになった。
そんな空気を気にも留めずにエラは夢見心地で話し続ける。
「アメリさんは、まるでブルーフェアリーのようですね」
ありえないような奇跡が起きたなら、それはブルーフェアリーの加護があったのだと人々は感謝を捧げるのだ。
「それは、褒めすぎじゃない?」
「そんなこと。私ひとりでは乗合馬車も乗れませんでしたから」
エラが本当に行き当たりばったりで舞踏会に参加しようとしていたのだと知り、アメリは開いた口が塞がらなくなった。
開演時間を少し過ぎた頃、二人は会場入りをした。
すでにダンスフロアには人が溢れかえっていて、この中から特定の人を探すのは容易ではないと直ぐに分かった。
「大丈夫です! きっと会えますから」
エラが会場を歩いて目的の男性を探す後ろを、アメリは周囲を見回しながらついていく。
(あっちにもある、あれも、これも――)
ブルーノ商会でアメリがデザインしたドレスを、会場のいたるところで目にすることができた。
(やっぱり人気なのよ。それに私のデザインしたドレスは、他の工房の作品よりも素敵だわ)
身内の欲目、もしくは自画自賛の類が多少は混じっていたが、自信を無くし志を失っていたアメリにとって、その光景は萎んだ心をよみがえらせるのに十分であった。
アメリの頬が紅潮し心が弾んでいたとき、エラもまた大きく目を見開いていた。
(いた、あの人だわ。間違いない。でも――)
動揺し一歩後ろに下がると、着いてきていたアメリにぶつかって、それ以上は下がることができなかった。
その間に、男性はしっかりとエラの目線をとらえて向かってくる。
正装に使われた特別な色に、胸元の勲章に――。彼の動きに合わせて人々が道を譲っていく。
「お待ちしていました。――会いたかったよ、エラ」
「あ、お、お久しぶりです。グレイ――殿下?」
王太子にあやかって同じ名前を付けたがる人々は国中に沢山いた。
継母と義理姉から躾の不出来を理由に社交場に出させてもらえず、貴族や王族の顔をまともに見るのも今日が初めてであった。
エラはまさか自分が会っていたのが王太子本人などと思っていなかったのである。
ショックで距離を取ろうとするエラの手を、逃がすまいとグレイがつかむ。
「逃げないでよ。傷つくな」
「だって、聞いてないもの」
「言ったら態度が変わってしまうかと思ってね」
動揺するエラの後ろではアメリも同じく驚いていた。目の前で奇跡のような出来事が起きたのだ。
(エラの方こそ、ブルーフェアリーの加護がついているようだわ)
この日、長年婚約者選定を避け続けた王太子が、ついに意中の相手を見つけたのだと国中が知るところとなった。
フロア中央で、グレイとエラがファーストダンスを踊っている。それを壁際で眺めるアメリの横には、グレイの側仕えである騎士のルークが立っていた。
「アメリさんは踊らなくて良かったのですか? 私でよければパートナーを務めますよ」
親切な申し出も、アメリにとっては残念な話にしかならない。
「私、貴族出身ではないので踊れません。お気遣いありがとうございます」
「そうでしたか」
それ以上の会話が続かなかったので、沈黙が苦痛になる前にアメリはこの場を解散できるよう仕向けることにした。
「ルーク様は、誰かお目当ての令嬢のところへ行かれなくてもよろしいのですか?」
王太子狙いの令嬢たちが、先ほど全員婚約者募集中に看板を掛け替えたところである。
同時に見目麗しく装った子息達が、急に活発に動き出してもいた。
ファーストダンスが始まる直前まで物凄い勢いで声を掛けていたし、今も次の曲でパートナーを得るために、いたるところで駆け引きが続いている。
「私に婚約者はいませんし、今日は殿下の護衛も兼ねていますから」
「お仕事熱心なのですね。素晴らしいです」
「同僚には、仕事バカだと言われていますね。何人か令嬢を紹介されたのですが、最後には『仕事と私とどちらが大事か』と問われてしまって、終わってしまうほどです」
ルークは自分の情けない話を雑談として提供したつもりだった。
けれどアメリの脳内では、元婚約者の大きな声が響き渡る。
――アメリは仕事ばかり優先する。僕より仕事のほうが大切なんだろう!
「――せめて、仕事と同じくらい愛してほしいと言ってくれたら、こちらだって頑張れるのに。残念ですよね」
「え?」
「だってそうでしょう? 仕事は生きていくために辞めることなどできません。対価に見合った成果を渡そうと思えば真剣に努力するものです。それとパートナーを天秤にかけるような質問は、相手を追い詰めるだけで良いことがひとつもありません」
アメリは思い出したテイラーに対して腹を立てた。ウェディングドレスの件以外にも深く気にしていなかっただけで、引っかかる発言はいくつもあったのだ。
やはり結婚しなくて正解だったと確信する。
「そう言っていただけると何だか心が軽くなりました」
「? それは良かったです」
アメリはルークを見上げてにこりと笑った。彼は非常に柔らかな微笑みを浮かべていて、整った顔立ちが輝いて見える。
(王太子様も見目麗しかったけど、こちらの方も負けず劣らずね)
この顔なら狙っている令嬢はさぞ多いのではなかろうか。アメリは悟られないよう周囲を見渡すと、憎しみの込められたいくつかの視線と目があってしまった。
「あー。次の曲を踊りたいお嬢さん方が声をかけたそうですよ。ぜひお誘いしてはいかがです?」
「いえ、お気遣いなく。それに殿下を待つあいだ、こうしてアメリさんと一緒に有意義な時間を過ごすのも悪くない」
仕事に遠慮する令嬢は何人も知っていたが、仕事を理解してくれそうな女性と初めて出会ったルークは、アメリに興味を持ったのだった。
アメリとルークが穏やかに会話を楽しんでいると、やがてファーストダンスの曲が終わりを告げる。
足元がふわふわとおぼつかないエラの体を、グレイがしっかりと腰に手をまわして支えながら戻ってきた。
戻ってくるグレイとエラよりも、アメリは周囲の動きが気になった。
ダメもとで次のパートナーに立候補したい令嬢が、徐々に距離を詰めてきていたのである。もしくは王太子に見初められたエラと、仲良くしたいだけかもしれないが――
気になるのが、この人だかりで何故か手に赤ワインやソースをたっぷりかけた肉の皿を持っている者が数人いるのだ。
(私の作ったドレスが汚れたら、どうしてくれるのよ!)
思わずエラを庇う位置にアメリが進み出ると、同じく危険を察知したルークが横に立つ。
「きゃ~、ごめんなさ~い」
「足元になにかが~」
酷く間延びした声とともに、放りだされた皿とグラスがルークとアメリに降りかかる。
ルークがアメリを庇うように少し前に出たため、彼が一番の被害を受けてしまった。おかげでアメリは、ドレスの裾を少し汚した程度で済んでいた。
「アメリさん、大丈夫ですか!」
「私は裾を少し汚した程度で――っ! 預かっていた大切なドレスなのに。直ぐに染み抜きしないと! ルークさんもそのままだと衣装がダメになってしまいます。一緒に行きましょう」
「私は大丈夫です。アメリさんは先に行ってください」
ルークは皿とグラスを投げ出してなお、悪びれずにグレイに近づこうとする令嬢を止めていた。
「わかりました。少々失礼いたします」
アメリはその場を辞して、荷物を置くために借りていた控室へと向かう。
残されたエラは、ルークが止めている令嬢のひとりを見て思わず口に手を当てる。
「お、お
「エラ、あなたばかりズルいわ。わたくしにも殿下を紹介しなさい!」
その猛々しい姿に、エラは異常なほどに怯えた。
エラの待遇があまり良くないのではと以前から危惧していたグレイは、その想像が事実であることを確信する。
「ルーク。私はエラの具合が良くなるまで別室で休むことにする。お前も程々で着替えてこい」
「御意」
エラはグレイに保護されて、そのまま城に滞在することとなった。
夢が叶い愛する人との再会を果たしたエラだったが、彼女に悲しい事件が降りかかる。
――このとき以降、アメリが姿を消してしまったのである
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