晴れの日に

増田朋美

晴れの日に

晴れの日に

冬とは思えない暖かい日であった。多少しぐれているが、本当に寒いとは感じさせず、のんびりしていて、暖かい日である。冬になっても寒くないのは、寒さに弱い人であればうれしいのかもしれないが、いつまでも寒くならないということで、体調を崩してしまう人もよく見かける。

製鉄所の中でも同じようなことが起きていて、中には体調を崩して寝てばかりになってしまう人も少なくなかった。ものすごい情緒不安定になってしまう人もいるし、持病の症状が悪化してしまう人も多かった。自分たちの判断ですんでしまえばよいのかもしれないが、外部の人の力を借りなければ、生活できない人が、だんだんに増えてしまっているような気がする。

その日、杉ちゃんが、製鉄所に行ってみると、せき込んでいることが聞こえてきた。多分水穂さんであることは間違いないのであるが、それに混じって、大丈夫よ、大丈夫よと優しく語りかけている声も聞こえてくる。一体誰の声だと思って、杉ちゃんが四畳半へ行くと、天童先生が、水穂さんの背中に触って、何か施術を施していた。

「一体何をやっているの?またシャクティパット?」

杉ちゃんが聞くと、そばにいた須藤有希が、ちょっと静かにしてといった。杉ちゃんが、ああわかったよ、そういうもんだよな、納得して部屋を出ようとすると、天童先生が、

「大丈夫よ。ゆっくり吐き出してね。」

と言って、水穂さんの背中を軽くたたいた。同時に、水穂さんが、これまで以上に激しくせき込んで、口元に当てていた、タオルが真っ赤に染まった。

「ああよかった。ちゃんと吐き出してくれたから、もう大丈夫だと思う。後は、しばらく眠らせてあげれば、もう苦しむことはないと思うから。」

天童先生は、水穂さんを布団の上に寝かせてあげて、かけ布団をかけてやった。水穂さんは、やっと苦しかったものが取れたという顔をして、静かに眠り始めてしまった。

「ありがとうございました。」

有希は天童先生に向って頭を下げた。

「いいえ、有希さんが早く教えてくれたから、早く来られてよかったのよ。知らせてくれてありがとう。」

天童先生はにこやかに笑った。

「いやあ、こっちこそ。其れにしてもシャクティパットが、こんなにも効果ありだったとは、知らなかったなあ。」

有希が返答する前に、杉ちゃんが答えた。杉ちゃんという人は、なんでも口にしてしまう癖があって、言ってはいけないことまで行ってしまう癖がある。

「いやねえ、杉ちゃんたら。そんな悪徳な新宗教と同じにしないでよ。これは日本に伝わる、伝統手的な癒しの手法なのよ。」

有希は杉ちゃんに言った。

「だから、いかにも新宗教と同じだというような解釈をされたら困るわ。あたしたちは、悪事をしたわけじゃないんだから。」

「それにしても、なんで有希さんは、天童先生を呼び出したの?こういう時なら、帝大さんとか、そういうひとを、呼び出すべきだと思うけど?」

杉ちゃんが言うと有希は、

「そうなのかもしれないけれど、電話しても誰もでなかったのよ。唯一応答してくれたのが、天童先生だったから。」

と、答えたのであった。

「そうなんだね。まあ幸いよくなってくれたからよかったようなものだけどさあ、一歩間違えたら、大変なことになっちまったかもしれないよ。」

「まあそうかもしれないけど、天童先生がちゃんと施術してくれたんだから、それは良かったんじゃないの?」

杉ちゃんの話しに有希は反発したが、杉ちゃんは平気な顔をして、

「でもさあ、ある意味、一種のマインドコントロールに近いような気もするけど?」

と頭をかじっていった。

「何言ってるのよ。霊気はそんな悪質なものじゃないわよ。ちゃんと古来からあるヒーリングなのよ。ヘんなものと一緒だと思われたら困るわ。」

「でもねえ、こういうものは、医療とは違うだろ?天童先生ではなくて、帝大さんに話をするべきだったんじゃないのかな?」

杉ちゃんと有希がそう言い合っていると、

「二人とも、静かにしてあげて頂戴よ。水穂さんが、眠れないじゃないの。安心して眠れるように、静かにしてあげてよ。」

と、天童先生が注意したため、ああそうだねえと杉ちゃんも有希も黙った。そうすると、水穂さんが、静かに眠っている音が聞こえてくるだけである。

「まあ、結果として、つかえたもんは取れて、こういう風になるんだったら、其れでいいとするか。」

杉ちゃんはまた頭をかじった。

「ほんなら、其れで良いにするか。」

それで納得してくれればいいのであるが、世の中にはこういうヒーリングに懐疑的な人もいる。のんきな杉ちゃんだから、こう解釈してくれるけれど、中には、これは危険だという人もいるだろう。

「ええ、今の水穂さんには、静かに眠らせてあげることが、一番大事なのよ。水穂さんは相当疲れているから。あたしたちがさせてあげられることは、水穂さんが、できるだけ安楽に眠ってくれるようにすることじゃないの。」

天童先生にそういわれて、杉ちゃんも有希もはいといった。確かに水穂さんがかなり疲れているということは、医者には見抜けないかもしれなかった。杉ちゃんも有希も、わかりましたと納得して、その場は丸く収まったのであるが。

その事があって、数日後。杉ちゃんが、自宅の近隣にある神社へお正月の飾り物を貰いにいった時の事であった。

「おい、なにか臭いにおいがするんだけどな。」

杉ちゃんは、神社の近くに在った民家のほうへ、車いすを動かしてみた。

「何か、腐ったみたいなにおいがするぜ。何だろう。」

杉ちゃんは、ある一軒の家の前で車いすを止めた。

「申し訳ないけど、窓開けさせてもらうぜ。あの、すみませんが、何か腐ったようなにおいがするんですけどね。一体何のにおいですか?ヒョウタンでも腐らせているんでしょうか?」

と、勝手にその家の窓を開けて、中を覗いてみると、中の部屋には、いろんなものが散乱していて、ひとりの人間が床に寝そべっているのが見える。

「あのちょっと、一体なにがあったんでしょうか。なんか腐らせてものを作っているの?」

杉ちゃんが言っても、答えがなかった。倒れている人を良く見ると、顔つきから倒れているのは男性であるのだが、右腕にウジ虫が付いていた。誰か周りに家族とかそういうひとがいないかなと杉ちゃんは覗き込んだが、それらしい人は見当たらなかった。

「おーい、誰かいないの?ご家族とか、いないのかよ。」

杉ちゃんはまたデカい声で言ったが。本当に何も反応がない。孤独死だろうか?それとも、ほかの家族がいるのだろうか?とりあえず、人が死んでいるのだから、警察や救急車を呼ぶのが当たり前だ。でも、杉ちゃんには文字の読み書きはできなかった。なので、杉ちゃんは急いで神社へ戻り、神社の社務所の扉をたたいて、

「おい、あの家に、人が死んだまま放置されている。急いで警察に電話してくれ!」

と、頼んだ。宮司のお爺さんがすぐに出てきてくれて、杉ちゃんと二人でその匂いがする家に行く。

「ほら見ろよ。家の中で誰かが死んでいる。警察か誰かに言ってくれ!」

杉ちゃんがそういうことを言ったため、宮司のお爺さんは、直ぐに通報してくれた。まもなく、その家の周りは警察関係の車がたくさんやってきて、物々しくなった。宮司のお爺さんは、通報してくれと言ってくれる人が現れるのを待っていたらしい。杉ちゃんも警察の人たちに事情を聞かれた。杉ちゃんの場合は、ただ臭いにおいがしたので、中を覗いただけだと答えた。初めのころは、杉ちゃんが犯人だと疑われるように聞かれたこともあったが、幸いそれはすぐ終わった。

「はい、実はあの家は、前々から気になっていたことが在りまして。」

宮司のお爺さんは、そういうことを言っている。

「それはどういった事なんでしょうか?」

警察の人が聞くと、

「ええ、何回も若い男性の泣き声がしていましたが、ある時期から急にパタッと止まってしまいました。初めのころは、男性がどこかに旅行に行ったのか、其れか入院でもされたのかなと思っていましたが、半年近くたっても、声が聞こえないのでおかしいなと思っていました。さすがに、そのお宅へ入ってしまうことは失礼かなと思ったので、それはしませんでしたが。」

宮司のお爺さんは、そう答えた。もしかしたら、それを実行することができたら、防げた事件だったかもしれなかった。日本では、時折こういう事件が起こる。周りの誰かが気が付いてやれば、防げたという事件。最近、自分の事だけで精いっぱいという日本人が多いと思われる。

「においがしたことには気が付いていましたか?」

警察の人はそう聞くと、

「ええ、最近一週間くらいから、においがするようになりまして。」

と、宮司のお爺さんは答えた。

「そうですか。わかりました。そのほか、彼について、というより彼の家についてでも構いませんから、何か知っていることが在りましたら教えてください。」

警察の人は、そう聞いた。宮司のお爺さんは、さすがに宮司という職業についているからか、この地域の家庭事情を薄々知っているらしい。そうですね、と一度考えた後、

「ええ、あのお宅は、何かお教室でもやっていたのかもしれません。よく若い女性たちが、あのお宅へ出入りしていました。」

と答えた。

「へえ、そんなに出入りのある家で、なんで男性の死体というものがあったんだろうか?」

と、杉ちゃんが宮司のお爺さんに口をはさむ。

「ええ、そうですね。私も、そこに来ていたのが若い女性ばかりというのが気になりました。なんだか男性の出入りは基本的に受け付けないような、そんな教室だったのかもしれません。」

「はあ、いま時男であるからと言って、習い事してはいけないような法律はどこにもないと思うけどね。」

「まあそうかもしれませんが、私が知る限りでは、毎日のように、誰かが出入りしていて、決まった時間になると、帰っていくような、そういう家庭でしたよ。あのお宅は。」

宮司のお爺さんは、杉ちゃんの話にそういうだけだった。

「まあ、私が見て、知っていることはその限りです。後は、どういう家庭だったのか、あま理よく知りません。暮らしているのは、女性が一人と男性が一人ということは知っているんですが、それ以外のことは、私も知らないのでして。」

確かに、宗教的な人が、一般家庭に手を出すのは、戦前であれば色いろやれたかもしれないが、今はそうでもなくなっている。宮司のお爺さんも、昔であれば手を出したんですけどね、と言っていた。杉ちゃんは、その「おかしな家」を細々と観察した。杉ちゃんには読み書きができないので、その家の玄関先に何か貼り紙をしてあることはわかっても、なにが書いてあるのか、読むことはできなかった。多分、宮司のお爺さんが言う通り、何か教室を開いているのだと思う。其れが、何の教室なのか、よくわからない名前になっているけど。

「あとは、我々がやりますから、お二方はお帰りになっても結構ですよ。ご協力、ありがとうございました。」

と、警察の人は、杉ちゃんと宮司のお爺さんに向って、そういうことを言った。二人は、わかりましたと言って、事件現場を後にした。

「ほんと、おかしな事件だったぜ。人がたくさん出入りしていると宮司のお爺さんが言っていたのに、なんで、人が死んでいたにおいに気が付かなかったんだろう。」

製鉄所に行った杉ちゃんは、変な顔をして水穂さんたちに言った。その日は水穂さんもせき込むことはなく、有希にかけてもらった、ストールにくるまって、布団に座っていた。

「まったくねえ。きっとねえ、そういう家は、人には見せられないお教室だったのよ。例えばお箏を

習うとか、そういうこととは偉く違う習い事よ。どんな習いごとでも、人には見せられないっていう習い事は、避けた方が良いわねえ。」

有希は、水穂さんに薬草のお茶を渡しながら、そういう事を言った。

「そのお茶、どこで手に入れたの?ただの緑茶じゃないだろう?なんかリンゴみたいなにおいするぜ。」

杉ちゃんが有希にそういうと、

「ああ、カモミールティーよ。カモミールっていう、体と心に作用するっていうお茶。ピーターラビットのお話にも出てくるわ。ピーターが体を悪くしたときに飲んだお茶と同じもの。」

と、有希は答えた。ということつまり、胃腸に良いということである。

「その、カモミールティーはどこで手に入れたの?」

杉ちゃんは聞くと、

「ええ、家の近所にお茶屋さんがあるんだけどね。最近は緑茶とか紅茶の販売だけじゃ追いつかないみたいだから、こういうものもやり始めたんですって。まあ、お茶屋さんが、販売しているっていうんだから、きっと間違っていないわよ。」

と、有希は答えた。

「お茶屋さんがやっているから、ちゃんとしたものですか。やっぱり何をするにあたっても、権威のあるもののそばにくっついていることを証明しないと、今の時代はダメなのかな。」

水穂さんは、有希からもらったお茶を飲みながら、そういうことを言った。

「まあそういう事だよな。ひとりで独学ってのも確かにあるけどさ、そういうのはすぐにつぶれてしまうような気がする。」

と、杉ちゃんが言った。

「そうよねえ。でも、杉ちゃん、それが全部悪いというわけじゃなくて、其れがものすごいことになる人だって沢山いるんだから、馬鹿にしちゃだめよ。」

有希がそういうと、玄関先から、こんにちはと声がした。

「今日は。市民会館で講演があって、序に寄ってみたのよ。水穂さんの具合は大丈夫?」

といいながらやってきたのは、天童先生であった。四畳半に入ってきて、水穂さんを見た天童先生は、「今日は、大分安定しているようね。私も施術してよかったわ。又体調が悪くなってきたら、いつでも相談に乗るから、いってちょうだいね。」

とにこやかに笑って言った。

「ありがとうございます。水穂さんも、先生にやってもらって、かなり楽になってくれたようです。ほんとにあの時は急に呼び出したのに、来てくださってありがとうございました。」

有希が、急いで天童先生にお礼を言った。

「先生の施術というのは、水穂さんの体に直接作用するもんなんですかね?」

と、杉ちゃんが聞くと、天童先生は、

「いいえ、霊気というのは、直接体に作用するものじゃなくて、体が、本来元気になろうとする、エネルギーを補充するだけの事よ。だからあの時、霊気を施術したら、水穂さんが中身をはきだせたのよ。」

と答えた。

「へえ。そういうことって、何か図式で表せたりするのかな?」

「まあ、そういうものじゃないわね。人間にはもともと元気になろうとする力があって、私たちはその後押しをするだけ。後は本人の力に任せてる。」

「なるほどねえ。」

と、杉ちゃんは言った。ちょうどこの時、有希のスマートフォンが音を立ててなった。

「あら嫌だわ。私のしたことが。こんな時に、ニュースアプリの通知が来るなんて。失礼に値すると思うから、音消しておくわね。」

有希がスマートフォンをとって、ニュースの通知を消そうとすると、

「物騒な世の中ね。今日、日吉神社付近で変死体ですって。」

と、送られ来たニュースを呼んでしまった。

「日吉神社なら、さっき僕が通ってきたところだよ。もうマスコミに知られてしまったかあ。もうちょっと後にしてくれればいいのになあ。多分、日吉神社の付近っていうんだからあの家だろう。宮司のお爺さんが、若い女の人が何人も集まっている、変な教室をやっていたっていうあの家だ。」

と、杉ちゃんが言うと、天童先生が、一寸、その記事読んでみてという。有希は、わかりましたと言って、記事を読み始めた。それによると、遺体で発見された男性は、名前を鈴木祥太さんというありふれた名前だ。家族構成はお姉さんと二人暮らしだ。お姉さんの鈴木祥恵さんは、そのあたりでは、ヒーラーとしてかなり有名な人物だったようだ。彼女に施術してもらったり、ヒーラーの養成レッスンを受けた女性は、何人かいるらしい。カウンセリングとか、ヒーリングとか、そういうものを教えるスクールは、それだけでは何をやっているのかわからない感じの社名が付くことが多いが、鈴木祥恵さんの教室も、そういう感じの名前だった。

「なるほど。そういうことか。なんだかわけのわからない教室みたいな感じだと宮司さんは言っていたが、そういうものをやっていたんだね。しかしなんで、そういうことやっていた女性が、弟さんを何十日も放置していたんだろうか?」

杉ちゃんが、腕組みをしてそういうと、

「時々あるのよ。こういう事。」

天童先生がそういうことを言った。

「私もね、鈴木祥恵さんにお会いしたことあるんだけど、彼女は、セラピストとしての腕もあったし、セラピーを教授する能力もあった。其れで、その中で弟さんにもセラピストとして接していたのが間違いだったんじゃないかしら。」

なるほど、そういうことか。確かに、教育者というのは自分の家族にまで教育者の顔をしてはいけないといわれている。

「セラピストとしては、有能だったけど、ご家族にはそれが効かなかったということでしょうか?」

勘の鋭い水穂さんが天童先生に聞いた。

「ええ。彼女は弟さんの体調の事でずいぶん悩んでいたようだから。多分、彼女、弟さんをケアすることはできなかったのね。」

天童先生がそういうと、

「そうですか。其れで周りのひとたちも、彼女の支えなしでは生きていけないと思っていただろうから、弟さんがなくなられても、きっと公に出来なかったんでしょうね。其れが彼女たちによくある、マインドコントロールというのかもしれない。」

水穂さんは、小さくため息をついた。

「だけど、悪いことは悪いことだぜ。彼女が幾ら偉い人と言われてもだよ。」

杉ちゃんはそういうが、有希も、天童先生も、そうとは言え無いという感じの顔をしていた。確かにいそうかもしれないけれど、彼女のような存在に頼らないと生きていけない人は今は大勢いると天童先生が言った。

「まあいずれにしろ、彼女は捕まるだろう。マインドコントロールもそれで解かれると思うけど。」

と杉ちゃんはいうが、ほかのものは頷かなかった。


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晴れの日に 増田朋美 @masubuchi4996

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