最終話 止まるんじゃねえぞ

 夜10時。夕方までプールで遊んでいたせいか、軽い疲労感がある。

 予定がなければ、ベッドにダイブしたのだが。


「みなさん、こんばんはですの。夢咲かなでですわ」


 僕の女子になりきっていた。


「今日は、ひびきさんと雑談コラボしますですの」


 昨日から告知していたのと、舞姫ひびきとのコラボなので配信を休めなかった。


『舞姫ひびきです。お邪魔してます。はぁっ、ちょっと眠いでーす』


 謝罪配信以来、初めての配信である。

 おそるおそるコメント欄を見てみると。


『かなでちゃん、おかえり』『かなでちゃん、あいかわらずかわいい』『女子よりも女子っぽいな』『ひびきちゃんもよう来たわ』『てぇてぇ』


 好意的は反応が多かった。


(あれだけ本音をぶちまけたのにな)


 今から思い出すと恥ずかしくて、頭をかきむしりたくなる。


 しかし、現実を直視せねば。

 けっして、悪いことばかりではないし。


 たとえば、チャンネル登録者数が急増している。2日で一気に4000人近く増え、なんと5000人を突破した。美心も同様である。


 理由はわからない。

 できるかぎりは分析した方がいいのかもしれないが、いまはネットとは距離を置いている。

 

 ほとぼりが冷めない状況でSNSを見ようものなら、心ない意見を目撃する確率も高い。


 せっかくVTuberを再開すると決めたんだ。

 メンタル管理的に良くない行動は、しばらく慎もうと思っている。


(今ここにいるリスナーさんを大切にしたいし)


 吹っ切れた僕は。


「ひびきちゃん、今日のパンツの色は?」

『……かなでさんの…………えっち』


 美心のささやき声がコメントの嵐を生む。


『ひびきたん、助かる』『あたし、キュン死した』

 ひびきが多くのファンを魅了したと思えば。


『勇者かなで爆誕』『かなで、ぬっ○ろす』『なぜ、ひびきたんのママのパンツを聞かない?』

 僕は愛憎入り混じった反応をされるのだった


 配信開始から10分少し雑談し、ようやく今日のメインテーマに入る。


「今日、ひびきちゃんとマネちゃんと、プールに行ってきたのですわ」

『……あたし、かなでさんに水着を選んでもらったの』

「ひびきさん。清楚で似合ってましたわ」

『かなでさんに褒められて、うれしい』


 チラチラとコメントを見て、気づいた。

『百合にしか見えんが、男女なんだよな』『おいらの中ではトランスジェンダーTSの認識だから、ギリセーフ』


 男だとバレて、トークが難しくなった。リアルの秦詩音を感じさせたら、興ざめさせてしまう。


(なら、完璧に夢咲かなでを演じればいいか)


 前向きに考えることにした。


「ひびきさん、白ビキニだったのですけれど。清楚な見た目で、海に降臨した巫女さんみたいでしたわ。キレイで、うらやましかったですの」


 エロおじさんだと思われたらアウトだ。

 女子が言ってもおかしくない発言を心がける。


『水着情報、助かる』『かなでちゃん、女子にしか見えない』『こんなにかわいい男の子はいない』


 リスナーさんの好感度が回復したかも。


 胸をなで下ろしていたときだ。

 ボイスチャットアプリが着信音を鳴らす。


 誰かが僕たちの配信に訪ねて凸してきたらしい。


(予定にないんだが、誰だ?)


 相手の名前を見て、僕は叫びそうになった。


(あいつ、プールでの伏線回収してきやがったし)

 

 無視してもいいが、あとで難癖つけられたら面倒くさい。

 僕はからの通話を受け入れると同時に、配信画面に彼女のアイコンを映し出した。


『こんしゃん。星空シャンテだじぇ』


 配信に乱入してきたのは青葉萌歌、いや、星空シャンテだった。


「シャンテさん、どうしましたの?」


 僕が事情を聞いたら。


『ボクを仲間外れにするなんて、ロックじゃないじぇ』

「うっ」

『なに、その反応。プールで、ボクに会ったよねっ⁉』


 シラを切ろうと思ったのに。


『シャンテさん、ひびきです。今日はありがとね』

『ひびきちゃん、水着最高だったじぇ』

『……ありがとう』

『今度は黒ビキニよろ』


 美心が沈黙したので、僕が助け船を出す。


「シャンテさん。セクハラはやめてくださいまし」

『なっ、プールでハーレムしてた奴に言われたくないじぇ⁉』


 シャンテが叫んだ。


『かなで○す』『百合ハーレムじゃないから助からない』『シャンテにまで手を出しやがって』『マジで、かなで絶許』


 コメント欄が荒ぶる。

(慎重にヘイト管理してたのに、どうしてくれんだよ⁉)


 頭を悩ませていたら。


『シャンテとかなではリアル知人なの⁉』


 とあるリスナーさんから、もっともな疑問が出た。

 無名VTuberの配信に人気VTuberが現われただけでも珍しい。

 ひびきとの会話を通して、リアルでも面識があると明らかになってしまった。


 ウソをついても仕方ない。問題ない範囲で公開しよう。


「実は、シャンテさんとはリアルでも知り合いですの。まあ、人気VTuberだったとは最近まで知りませんでしたけど」

『そうそう。あたしもホントにびっくりした』


 美心が相づちを打って、助かった。


『そうなんだじぇ。ボクたち友だちなんだじぇ』

「……えっ、友だちだったんだ」

『にゃ? ボクに喧嘩売ってる?』

「いえ、ワタクシ、友だちが少ないので、どこからが友だちかわからなくて……」

『かなでさん、ロックだじぇ』


 僕の適当な言い訳で納得してくれたので、楽な人だ。


『このまえの謝罪配信も見事にロックだったじぇ。ボク、本音ダダ漏れするの、最高に好きだし』


(こいつ、ロック言っておけば、なんでもありだと思ってんじゃね?)


「ありがとうございますですの。公開告白は恥ずかしかったですけど、褒められて少しは救われましたわ」


 とりあえず、お礼は言っておく。


 そのあとも、星空シャンテは好き放題言って、数分後に通話を切る。

 しばらくして配信を終えた。


 精神的に疲れたので、紅茶を入れる。

 芳香に癒されていたら、ふたたびボイスチャットが着信音を鳴らす。


 今度はマネージャからだった。少しして美心も通話に入る。


『業務連絡なんだけど、新社長が決まったわ~』


 つまり、おっさんはクビになったのか。


『わたしの姉なんだけど、今度紹介するね~』

「姉って……お姉さん、たしか大学生だよな?」

『うん。若いかもしれないけど、わたしの上位互換だから喜んでいいわ~』


(上位互換だと⁉)

 もしかして、細野よりも胸が大きい?


『詩音くん、エッチなこと考えてる』


 美心に心を読まれた。


『次回の本音トークで、かなでの魂がエッチなのを暴露するとして~』

「マネージャさん、炎上したら責任取ってくださいね」


 細野は僕の抗議を無視して。

 数秒のタメを作り。


『父から資金援助してもらえることになったの~』


 声を弾ませて言う。


「おおぉ」「すごいです」


 美心と感嘆の声が揃った。

 前社長時代が地獄なら、これからは天国かもしれない。


『予算的に3D化も夢じゃないわ~』

「3D?」

『大手でも、人気が出てこないと、3D化してもらえないのに?』

『まあ、難しいよね~以前、3Dモデルを作ったのに、VTuberのデビューが中止になって、運営が100万円も損したって、ネットで話題になったし~』

「それは悲しいな」

『前社長が迷惑かけたし、お詫びの意味もあるから3D化にしてあげられるよ~』


 いまの僕たちは2Dモデルで活動している。


 3D化されれば、3次元でキャラを動かせる。

 夢咲かなでの肉体を使って、歌やダンスもできるのだ。歌系VTuberとしては魅力的すぎる申し出だ。

 しかし。


「ごめん、3D化はまだ早い」

『えっ? どういうこと~?』

「気持ちはありがたいけど、僕、自分の力でチャンスを掴んでいきたいんだ」


 春からのVTuber活動に思いを馳せ、僕は決意を述べる。


「いまの僕はVTuber駆け出し。もっと、もっと勉強して、トークを磨いたり、ゲームの腕を高めたり、アニソンを覚えたり。まだまだ、やることは多い」

『『……』』

「もちろん、僕は企業勢だ。自分の満足だけを求めるんじゃなく、会社の利益も考えないといけない」


 前社長のやり方は問題だったが、会社である以上は利益が必要だ。


「でも、実力に合わないことをして、結果的にダメになるんだったら、今のままでいい。そう考える」

『……うん、あたしも詩音くんの意見に同意する』

『そこまで考えてくれてるんだったら、わたしは反対しないわ~』


「ありがとな」と感謝を伝えてから。


「僕には目標がある。3D化してバーチャル空間で、ドルチェのライブをしたい」


 僕は未来への夢を語った。


 ボーイソプラノ時代の過去を追い求めるのではなく。

 未来を変えていきたいから。


「だから、チャンネル登録者数50万人になったら、3D化してほしい」

『50万ですって~?』『詩音くん、すごい』


 ふたりは叫んでから。


『日和さん、あたしも50万人を目指す。ふたりで3D化をしてみせる』

『わたしが断るわけないじゃない~』


 3人の気持ちが一致する。


「50万人まで止まるんじゃねえぞ」


 僕は声に力を込めて、言葉を紡ぎ出す。


「願って、行動すれば、夢は叶う。夢咲だけに、夢を咲かせてみせるっての」


 数秒の沈黙ののち。


『そうね。あたしも。まだまだ、未来を掴んでないから』


 美心は元気いっぱいに希望を語る。


「だな。未来は僕たちの手の中にある。大変な道のりかもしれないけど、みんなで協力して、世界を変えていこう」

『うん。あたしはバーチャルの活動を通して、嫌いだったリアルを変えられた。でも、まだ、道の途中だから』


 音声だけの通話。なのに、美心の瞳が輝いているのが、想像できた。

 僕は彼女の声に、自分の気持ちを重ねる。


「僕もだ。失って、また、チャンスを拾って。崩壊の危機があって、今こうしていられる」


 物理的に距離が離れていても、美心と細野が近くに感じられた。


「僕たちは同じ箱ドルチェの仲間。一緒に変えていこう」


 その後。3人で、今後の目標を話し合う。


 気づけば、明け方になっていた。

 何時間も話すうちに、リアルなのか、バーチャルなのかわからなくなっていく。


 世界の境界は曖昧なのかもしれない。

 通話を終え、薄れゆく意識の中、僕はそんなことを思った。


 ~完~

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元ボーイソプラノの僕がバ美肉VTuberになったら、同じ箱にクラスの陰キャ女子がいたのだが 白銀アクア @silvercup

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