エピローグ

第36話 オフコラボ(プール)

 タイルの上を歩く。真夏の太陽が猛威を振るっていて、足の底が軽く痛い。


(早く来てくれないかなぁ)


 女子の着替えは時間がかかるので、仕方ないのはわかっている。

 それでも、午後2時すぎの炎天下のプールで待つのは地味にしんどい。


 プールで遊ぶ人たちに羨望の眼差しを送ること数分。

 突如、目の前に絶景が出現した。


 三角形の布に包まれた、ふたつの丘。秘匿された部位を隠す白布と、天然の肌が織りなす魅惑の大地。さらに、束ねられた銀色の糸で彩られていた。


「……詩音くん、どうかな?」


 上目遣いで、水着姿を披露する神楽美心みこさん。神々しすぎて、白ビキニの巫女みこさんへジョブ・チェンジした。


 胸は大きく、丸みを帯びた体形なのに、エッチじゃない。あくまでも、清純である。我がドルチェの清純担当ですからね。


「……僕の目に狂いはなかった」

「ありがとう。詩音くんが選んでくれたからだよ❤」


 謝罪配信の翌日、つまり、昨日、僕は美心が水着を買いのに付き合った。

 どうして、そんな事態になったかというと。


   ○


 謝罪配信のあと。


『ふたりとも〜ドルチェ活動再開を祝して、オフコラボのしようと思うの〜』


 マネージャが切り出した。


『今度はなんだ?』

『プールだよ〜夏だしね』


 僕としては反論はないのだが、美心がモジモジしている。


『どうした?』


『あたし、去年の水着がキツくなったの』と、美心さんはおっしゃられる。たぶん、体の一部が成長したのかな。


 すると、マネージャがすかさず僕を見て。

『詩音ちゃん、美心ちゃんと一緒に水着を買いに行くこと~命令だから、わかってるわよね~』

 命令をした。

 先日、社長を○したときの恐怖もあり、断れなかった。


 というわけで、デパートの水着売り場へ。

 まず、美心がいくつか候補を選んだ。白ビキニや、花柄のワンピース、黒の三角ビキニ、ピンクの紐ビキニの4つだった。


『詩音くん、なにがいいかな?』


 なんと、彼女は僕に決定権を委ねた。

 僕は迷った。美心のイメージに合うモノか、あえてギャップを狙うか。そこで脳裏をちらついたのが、紐パンを試着したときの美心さん。


 紐パンはすばらしかったのですが、今度は清純系バリバリな美心さんを拝みたい。

 さんざん悩んだすえに、白ビキニに。

 そうして、今に至る。


   ○


 白を選んで、結果的に正解だった。昨日の僕を全力で褒めたい。

 美心の勇姿を拝んでいたら。


「詩音ちゃん、『オフコラボのときでも、できるだけ自分は女』と言っていたのは、誰だっけ~?」


 後ろから突っ込まれた。

 我がマネージャ、のほほんとしていて抜け目がない人である。


(そもそも、『できるだけ』としか言っていないし)


 僕は開き直って、細野の方を振り返る。

 こっちも破壊力が抜群だった。


 花柄の模様がある、ピンクのホルターネックビキニ。たわわな果実が布からこぼれ落ちそう。

 桃色の髪も健康さがはじけんばかり。


 同級生なのに、あいかわらず大人の魅力にあふれている。美心に負けじと男の注目を集めていた。


 観賞していると、美心が笑顔で僕を見る。

 なぜか怖いんですけど。


 細野と美心に挟まれて。


「……ごめん。素の人格が出ちゃってた」


 僕はVTuberらしい言い訳を決める。


「まあ、いいわ~。今日は仕事を忘れて、楽しみましょ~」


 マネージャに許された。

 胸をなで下ろしていたら、なんと細野は僕の腕を手に取る。


(アカン、アカンです。腕が谷間に埋まってます)


 ただでさえ35℃を超えているのに、さらに体が熱くなる。


「ちょ……細野さん?」

「いろいろ迷惑をかけたから、特別サービスなのよ~」


 お姉さん同級生はにっこり。


 迷惑とは、社長のことを言っているのだろう。

 まあ、不快な思いをさせられたので、会社として対応してほしい気はある。爆乳も助かる。

 けれど、細野個人とは関係ない。会社の失態の責任を従業員が取るなんて、とんだブラック企業だ。いや、ブラック企業だったか。


「その件は、もう解決しただろ?」

「……あくまでも、今日は特別だから~今日だけ。美心ちゃん~こわいし」


 細野が指摘したとおり、美心の顔が怖い。出会った頃みたいに無表情だし。


「むー、日和さんずるい」


 美心は反対側から僕の腕を取り、ギュッと体を押しつけてきた。

 究極の至福物質を両腕に感じ、意識が飛びそうになる。


(これはオフコラボ。オフコラボなんだ!)


 冷静になろうと。


「みんなで仲良く楽しもうな」


 僕自身に言い聞かせたつもりが。


「ご、ごめんなさい」


 美心は自分が責められたと勘違いし、ペコペコ謝る。


「別に、美心に怒ってたわけじゃないから」


 僕は美心の頭を撫でながら言う。


「……ふう」


 すると、彼女は相好を崩す。

 機嫌を直してくれて、よかった。


「じゃあ、そろそろ泳ごうか」


 3人で歩き始めたときだ。


「ふーん、ハーレムなんて、ロックじゃん」


 知り合いの声が聞こえた。前の方からだった。


 3人の派手めなギャルがいる。

 青葉萌歌は中央で、惜しげもなく体を披露していた。


「……僕、はハーレムらしい」

って、プークスクス」


 鼻で笑われた。


「いや、こっちにも事情があるんだよ」

「ふーん、そっちの事情かぁ。なら、しゃーねえじゃん」


 青葉はあっさりと納得する。

(VTuberの活動に関係しているのだと考えたのかな?)


「ねえねえ、萌歌っち。いつから陰キャちゃんたちと友だちになったん?」

「最近、いろいろあってさぁ」

「いろいろって……もしかして、彼みたいなのがタイプだったの?」

「ちげーし。そんなんじゃないじゃん」

「萌歌っち、ムキになっちゃって、かわいいんだからぁ」


 青葉は友だちに追及され、顔を真っ赤にしている。


「じゃあ、あーしは行くから」


 逃げるように青葉は背を向ける。

 数歩先でギャルは振り返り。


「この落とし前は、近いうちにつけさせてもらうじゃん」


 捨て台詞を吐いて、去って行く。


(落とし前か……)


 なにをしてくるんだろうか?


 つい身構える。

 青葉萌歌と星空シャンテには、苦い目に遭わされたからしょうがない。


(あいつノリだけで動く奴だからな)


 ああ見えて、チャンネル登録者数70万人を突破したVTuberだなんて、いまだに信じられない。


 僕たちを評価しているのは事実だ。悪い奴ではないともわかっている。

 だからといって、そう簡単に割り切れるわけでもない。


 いろんな思いを抱えたまま、これからも僕たちは青葉と接していくのだろう。


「まったく、青葉に会うなんて運が悪すぎる」


 ため息を吐いていたら、顔に水がかかった。


「詩音ちゃん、楽しもうよ~」


 細野がプールに手を突っ込んで、僕に水をかけたのだ。


「そうね。あたしも友だちとプールに来たの初めてだから。思い出にするの」

「そういえば、僕もだ」


 美心の純粋な笑顔がまぶしかった。

 夕方になるまで、プールを満喫した。

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