第11話 学園長リーニャ とんでもねえ化物を召喚する


「さ、お兄ちゃん、こっちだよ」


ルーニャの学校案内が始まった。

手入れの行き届いた前庭には可憐な花がこぼれ咲き、その奥のゆるやかなスロープを進んだ先に現代的なデザインの真新しい白い校舎がそびえ立っていた。昇降口の間口は横に広くて、下には大きな緑色のマットが敷かれている。その先に下履きから上履きに履き替えるための木製のすのこが置かれており、脇には整然と並んだ靴箱のマス目がずらりと並んでいた。おそらく全生徒に一つずつマスが割り当てられているのだろう。その一つ一つに生徒番号と名前の書かれた札が貼られている。学園長リーニャの話が正しければ、すべてで15000人分あるはずである。


「お兄ちゃんの上履きは私が持ってきたから、ここで履き替えてね」


ルーニャは手提げ鞄の中から大きなサイズの上履き用サンダルを出して、すのこの上に置いた。


「うむ……。ここで靴を履き替えるのか。オーレンシアとは違う変わった文化だな」


日本式の学校に慣れないレオ・バロウは言われるままに靴を履き替えた。

シュナもそれに続く。彼女はこの生活にはもう慣れているのか、その動きにぎこちなさはない。

レオ・バロウはゆっくりと周囲を見回した。

エントランスは天井も高く、採光のための大きな窓があり、開放感があった。


「ここはまるでアットルムの王宮のようだな。玄関だけでも立派なものだ」


そうしていよいよ一階の通路に足を踏み入れると、すぐに曲がり角の向こうのほうから少女達の声が聞こえてきた。


「来たよ、来たよ……。足音がする」

「キャー! 大英雄様よ!」


果たして角を曲がると、そこにあったのは鉄格子のめ込まれた教室であった。教室の中にはおりに入れられた猛獣のように美少女たちが閉じ込められている。鉄格子の隙間から物乞いのように手を伸ばして自分の存在をアピールする少女もいれば、大人しく自分の席に座っている少女もいる。またある少女はガタガタと鉄格子を揺らして、不満を叫びながら力尽くで脱出を試みようとしていた。

入り口の上部には「1年1組」と書かれたパネルが掲げられている。

同じようにその奥には「1年2組」「1年3組」…と教室が通路に沿って遥か先まで延々と続いている。


最初にレオ・バロウと目の合った少女が話しかけてきた。


「アンタが、噂の大英雄? へえ、けっこうイケてるじゃん」


ギャルっぽい少女であった。

他の生徒はだいたい学校指定の制服を着ているのに、この少女は引き千切ったようなデニムのホットパンツをはいている。上半身は胸元の深く開いた赤いジャージを着ており、教室の中ではかなり目立っていた。肌は引き締まった小麦色で、しなやかなモデル体型に、金髪ボブのヘアスタイルである。スッキリとしたフェイスラインとシャープな瞳が印象的だった。


「アタシが可愛がってやろうか? マッチョは好みなんだ」


「すまないが、俺のことを恋愛対象として検討しているならば、そういう目では見ないで欲しい。俺にはすでに愛する人がいるのでな」


「は?」


少女はキッと不快そうにレオ・バロウをにらみつけた。


「別におめえが恋愛対象だなんてアタシは一言も言ってねえよ。自意識過剰なんじゃねえの? だっせー」


だがレオ・バロウは動じない。


「気を悪くしたなら謝ろう。何せこの学校に男は俺1人だけだと学園長から聞いたものでな」


「だからって、ここにいる女がみんな自動的にお前にれるとでも思ってるのかよ」


ドンッと横から誰かがギャルを突き飛ばした。


「いってー! 何すんだこのアマ!」


「おだまりなさいっ」


ギャルの美少女を押しのけて次に鉄格子の向こう側に現れたのはお嬢様風の美少女だった。

ピカピカにみがかれた黒革のローファーに、ひらひらふわふわのチュールスカート。この少女も学校指定の制服を着ていない。サラサラの美髪が清潔そうな白いブラウスの肩口で丁寧に切りそろえられている。肌は白く透き通るようで、顔立ちもよく、奥二重のすっきりした瞳が印象的だった。

彼女はうやうやしく一礼すると、スカートの端を軽く持ち上げた。


「はじめまして、レオ・バロウ様。私とお友達になってもらえませんこと? 私はそこの薄汚いギャルとは違って正統派清楚系お嬢様なんですのよ。コホン、レオ・バロウ様は清楚系の女の子にご興味はありまして?」


「いや、すまないが、特に興味はない。俺にはすでにルッテという愛する女性がいるのでな。それ以外の異性に興味はないのだ」


レオ・バロウは憮然ぶぜんと答えた。

だが少女は意に介さず、気を引くような催促さいそくの眼差しを向ける。


「でもでも、それはきっと私のことをまだよくご存知ないからですわ! もしよろしければ今度、私と一緒にお茶でもしませんこと? お紅茶を飲みながら私と知的で教養あふれる会話をすれば、レオ・バロウ様もきっと私の純真無垢じゅんしんむくでエレガントな魅力に気づかれるはずですわ!」


「だから言っておるだろう。俺には……」


ガシッ


「きゃっ」


また別の少女がお嬢様を押しのけて前に出てきた。


「どけよっ。本当に清楚な人間は、自分のことを清楚だと言ったりしないんだよ!」


次に出てきた少女はちゃんと学校指定の制服を着ていた。だが、見慣れないオプションが首に付いている。それは大きな鉄の輪っかで、そこから千切れた鎖が胸元に垂れ下がっていた。

少女は後ろ手に持っていた黒い革紐かわひもむち芝居しばいがかった調子で鉄格子の向こう側から差し出すと言った。


「おお、偉大なる大英雄様! どうぞ“学校案内”は不正な手順で役目を与えられた学園長の娘などではなく、貴方様の奴隷であるこの私めにお命じください!」


どこか虚弱そうで栄養が十分に足りていないような、病的に白っぽい肌をした少女であった。髪は黒いセミロングで、毛先が野性的にばらけていた。長い前髪の奥ではガスの炎のように青い瞳がじっとレオ・バロウを見つめている。長い睫毛に囲まれた蠱惑こわく的な瞳であった。

レオ・バロウはその黒いむちを受け取らなかった。


「俺は奴隷など求めてはおらぬ。お前は自分の意志を持って、これからは自由に生きろ」


奴隷少女は口を半開きにしたまま固まった。

そしてにわかに焦り出す。


「そ、そんな、殺生せっしょうな! 私は自ら好んで大英雄様の奴隷になりたいのです! どうぞ私めを大英雄様の奴隷に!」


奴隷少女は地面にいつくばってペコペコと頭を下げた。


「だが断る! 俺もルッテも奴隷制度は好まぬ! 人の社会にはたしかに身分というものが存在する。それは仕方のないことだろう。だが、たとえ王族であろうと平民であろうと、お互いの役割を深いところで認め合い、互いに誇り高く生きるべきだ!」


「んー! でしたら大英雄様のペットに! せめてペットにして私を可愛がってくださいまし!」


「会話になっておらんぞ。話の通じないやつめ!」


そこへまた別の少女が奴隷少女に体当たりをした。


「どいて!」


「ふぐあ!」


奴隷少女が横に吹き飛ぶ。

次に横から飛び出してきたのは小ぶりな美少女だった。

まだあどけなさの残る線の細いかおにうっすらと赤味が差している。ゆるやかなカーブを描いたふわふわの髪と、くりくりとした愛らしい瞳が印象的である。


「レオ・バロウ様、どうか私のラブレターを受け取ってください、お願いします! 私、レオ・バロウ様の大大大ファンなんです!」


「俺はまだこの学校に来たばかりだが? 俺のことをよく知りもせずに一体どんなラブレターを書いたというのだ?」


「それはその……私は読書が好きなものですから、色々な恋愛小説を読んで、私なりに想像力を働かせながら……」


「ラブレターを書くのは、本当の俺を知ってからにしてもらいたいものだな」


レオ・バロウはファンの美少女のラブレターを受け取らなかった。

そこへ横からさらに別の美少女が入り込んでくる。

和服姿の、目の細い美少女だった。

 

「なあ、どうだい、キミ? 私と一緒に茶道部に入ら……」


「入らぬ!」


レオ・バロウが一喝いっかつしたあたりで、教室内が再びざわめきだした。

レオ・バロウの後ろから学園長リーニャの姿が見えたからだ。


「貴女たち、黙りなさい!! レオ・バロウ君が困っているでしょ!」


「学園長、現れたな! 横暴だぞ! 自分の娘ばっかり贔屓ひいきしやがって! この鉄格子を外せ!」


「そうですわ。チャンスはこの学園の全ての生徒に平等に与えられるべきですわ! 今すぐ責任をとって学園長を辞任なさい!」


「私は学園長の奴隷じゃないぞ! 誇り高き大英雄様の奴隷だ! この牢獄から出せ!」


「大英雄レオ・バロウ様ー! 学園長をやっつけてー! きゃー!」


「それより、茶道部に入らないかい?」


ダンッ!

学園長リーニャは魔法杖で床を強く叩くと、炯々けいけいとした眼光で教室の中の美少女達をにらみつけた。


「やはりこの生徒たちは私が実力で黙らせるしかないようですね」


学園長リーニャは魔法杖にめ込まれた紅玉こうぎょくに魔力を込めはじめた。


「……閉ざされし異界にて重苦に封縛ふうばくされし、陰惨いんさんにして慈悲じひ無きものよ……」


学園長リーニャの全身が紫色のオーラに包まれて、彼女の前方の通路の床に闇黒の魔法陣が出現した。

妖しげな紫煙しえんがどこからともなく現れたかと思うと、その中心部へと凝集ぎょうしゅうしていく。


「……我が魔力にて運命の輪を惑わす力を顕現けんげんするがよい……15000の乙女の魂をなんじ狂宴きょうえんにえと捧げよう……! くくく、くはははは!」


教室の中に閉じ込められている美少女たちが騒ぎ出した。


「てめえ、おい学園長! なんてもんを呼び出してんだ!」

「あの禍々まがまがしい魔法陣はまさか……!」

「ひいい!」


レオ・バロウは本能的に身構えながらも、隣にいるルーニャに問いかけた。


「ルーニャ、冥界ではあのような邪悪な召喚魔法も使えるのか?」


「ま、お母さんくらいの凄腕の魔術師じゃないと、できないけどね!」


ルーニャはなぜか得意げな面持ちである。


「レオ、アイツはヤバいから少し離れたほうがいいかもしれないぞ」


シュナが少しおびえた声でレオ・バロウの手を後方に引いた。


学園長リーニャはニヤッと余裕の笑みを浮かべると、両手をかかげて高らかに叫んだ。


「底無き虚無の深淵より出でよ、魔界の傀儡師くぐつしリデモン・グフラ!!」


黒い霧に覆われた奇怪で邪悪な化物が魔法陣に姿を現した!

およそ地上の進化の系統樹には存在しないであろう冒涜ぼうとく的なその姿を見たものは、人の理性を超越した異次元の存在を知ったことにより恐怖と狂気にとらわれるだろう。

その化物の無色のゼラチン塊のような頭部の表面は常に激しく痙攣けいれんし波打っていた。その内部には無数の眼球らしきものが微振動しながら遊泳している。薄い粘膜ねんまくに覆われた胴体部分は皮膚がブヨブヨとしており、またその皮膚はいたるところでめくれあがって、その裏側は黄緑色のメロンの果肉のように見えた。その肉の中からゴムのようにしなやかでありながら金属のように光沢を持つ長い触手が無数に伸び出しており、まるでそれぞれが独立した生物のようにいやらしく淫邪いんじゃにのたうっている。その触手が床や壁に触れたとき、そこには黒い粘液が残り、物体を腐食させながら触手の先端まで飴のような黒い糸を引く。それは見ているだけで吐き気をもよおすような嫌悪感を抱く光景だった。また辺りにはシンナーとミントを足したような匂いが充満し、頭の中にはじゅるじゅるという不快な音が響いて、耳を塞いでも聞こえてくるのを止めることはできなかった。


「なんなんだ、この気持ちわりいい化物はああ!」


ギャルの美少女が叫ぶ。

清楚なお嬢様も戦慄の眼差しでおののいた。


「私、あれを図書館の文献ぶんけんで見たことがありますわ! たしか、あの化物の触手にからめ取られると意識を奪われてただの肉人形にされてしまうはず!」


奴隷少女がその言葉に敏感に反応した。


「肉人形だって!? 自分の意志とは裏腹に身体をもてあそばれるというのか? ゴクリ……。いや、私は誇り高き大英雄様の奴隷! あんな化物にくっしたりはしない!」


ファンの美少女が言った。


「後で絶対に天使様に言いつけてやる!」


和服姿の少女も叫んだ。


「わびとさびだよー。茶道は、わびとさび!」


学園長リーニャは高らかに声を上げた。


「天使を呼ぼうとしたって無駄ですわ。今、このエロエロ地獄を監視しているはずの天使ルルリエ様は不在中なのですから。レオ・バロウ君の『勇者の剣』を故郷のオーレンシアから取り寄せるためにね!」


「ふざけるな!」


「なんてこと! 私たちに救いはありませんの?」


「いやだー! 私は大英雄様の奴隷がいい!」


「さいあくよー! 誰かたすけてー!」


「茶道部、茶道部!」


とてつもなく不穏な空気を感じ取って、さすがにレオ・バロウも静観していているわけにはいかない気分になってきた。


「うーむ、これは放置しているべきではないな。力尽くでも止めるべきか……」


レオ・バロウが前に進み出ようとすると、突如として大きな物音がした。


バキバキッ!

バコッ!


「何の音!?」


学園長リーニャは天井を見上げた。

すると校舎の天井に亀裂きれつが走った。

通りのいい声がその方向から廊下内に響いてきた。


「教育者の長でありながら、このような卑劣ひれつな振る舞い、たとえ天使が許しても、この吾輩が許しはせぬ」


その声を聞いて瞬時に教室内の美少女たちが色めき立った。


「こ、この声は、まさか!」


「ああ、まさか!」


「おお! あのお方ならば!」


「たすけてくださいー!」


「わびとさびー!!」


やがて天井のパネルがボロボロと魚のうろこみたいにがれ落ちてきて、大きな震動とともに、何者かが二階から飛び降りてきた。

瓦礫がれき粉塵ふんじんの舞う中に、黒い人影が二つ。

まなじりを吊り上げながら学園長リーニャは魔法杖を盾のように前方に持って身構えた。


「まさか私の結界を破壊して出てくるとはね! なかなかやるじゃない……!」


「この程度の結界で吾輩を封じ込めようなど笑止千万しょうしせんばん! 我が覇道はどうさまたげるものは無し!」


落ちてきた影の一つがエネルギッシュな声で叫んだ。

その正体とは……!?



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1億人を救った大英雄は地獄墜ちして美少女たちから拷問を受けるようです 水素カフェ @suiso_cafe

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