第95話 BBQ宴会やるぞー!

 

 時刻は夕方にさしかかり、暮れる太陽は浜辺を橙色に照らしていた。


 昼間はあれだけ多かった海水浴客もこの時刻になると殆どいなくなっており、ビーチには寄せては返す波の音だけが奏でられている。


「よしよし……良い感じだな」


 そんな静けさの中で、私服に着替えた俺は火ばさみを片手に炭をいじっていた。

 炭に火を着けるのは慣れていないと少々手間だが、着火剤と細く丸めた新聞紙を用意してある俺に隙はない。


 しっかりとオレンジ色に熾った炭に団扇で丁寧に風を送り、もはや火は理想の段階へと成長しつつある。もうそろそろ俺の手を離れるだろう。


「わああああああ……! さ、最高です! 浜辺でバーベキューなんて幸せを私が味わっていいんでしょうか……!?」


「はは、勿論だって。沢山準備したんだからガッツリ楽しんでくれよ」


 傍らにいる私服姿の紫条院さんが、燃えさかる大型炭焼きコンロを見て目をキラキラさせながら感嘆の声を上げる。その無垢で素直な興奮こそが、頑張って準備してきた俺への何よりの報酬だった。


 俺と紫条院さんが浮きマットで遊び終わった後――


 ややドギマギしながらも気分をリセットして浜辺に戻った俺達は、銀次たちと合流し、シャワーと着替えを挟んで夕飯の時間に入ることにした。


 計画段階では帰りの途中でファミレス等に行く案も出たが、俺が浜辺でのバーベキューを提案すると紫条院さんがめっちゃ喜んで賛成してくれたので、そういう事になったのだ。


(今回は『お約束』推しだったからな。アニメや漫画の定番に則るなら昼飯は海の家、夕飯はバーベキューが鉄板だからこその提案だったけど……目論み通り紫条院さんが喜んでくれて良かった)


 そして、他のメンバーもそのお約束に対しての憧れを少なからず持っていたからこそ、満場一致でバーベキュー案が可決されたのだ。やはりこういうレジャーだと野外メシの人気は凄い。


「俺もテンション上がる反面、ちょっと恐れ多い感じがして震えるぜ……。海で同級生とバーベキューなんて、チャラい大学生サークルにしか許されないみたいな敷居の高さがあったし……」


「ええ、何気にここに集まったのは友達の少ない面々ばかりですからね。ダークサイドがライトサイドの真似事をしていいのかという春華の気持ちはよくわかります」


 私服姿になっている銀次と風見原がしみじみと言う。

 二人ともリア充の所業を前にして戦いているが、だからこそ顔には隠しきれない興奮がある。生まれて初めてのパーティーピープル的体験に、気持ちが弾みまくっているようだ。


「という訳で唯一のリア充である舞は仲間外れです。羨ましいのでバーベキューは肉抜きでピーマンと玉ねぎだけ食べてください」


「ええええ!? ちょ、何それー!? 私は運動部ってだけで特別に友達が多いわけじゃないって!」


「運動部に所属して活躍しているだけでライトサイドですって。この場にいる面子以外に友達がいない私や春華とは比べものにならないキラキラ度です」


「あ、あの、美月さん……ちょっと私、図星を突かれて胸が痛いんですけど……」


 風見原の言葉に、紫条院さんだけじゃなく同性の友達がお互いしかいない俺と銀次もうぐっと呻いて胸を押さえる。


 最近クラスの連中ともそれなりに話すようにはなったけど、友達が増えたかと言うとまた違うもんな……。


「ふふ、お嬢様や皆さんが喜んでくれて実に良かったですな新浜様」


 近くで折りたたみ式テーブルを設置していた夏季崎さんが朗らかに笑う。

 本日は世話になりっぱなしなこの人は、企画者として設営の準備を主導していた俺を手伝ってくれていたのだ。


 そもそも俺が事前に海の計画を伝えた時から、炭焼きコンロやテーブルセットを紫条院家から提供するように手配してくれたりと、出発前の段階から非常にお世話になっている。


「ええ、夏季崎さんも色々ありがとうございます。なんかもう、今日は俺の発案した計画のせいで過剰に労働させてしまってすみません……」


「ははは、子どもはそんな事を気にしないでいいのですよ。今貴方がすべき事は、今日という日が良い思い出となるようにしっかりとお友達と楽しむ事です」


 アロハ姿のマッチョ運転手さんは、優しい声でそんな言葉をかけてくれた。

 前世では周囲に殆どいなかった『ちゃんとした大人』に俺は尊敬の念を抱き、胸中で礼を重ねた。


(良識のある人だなあ……。未成年の新入社員に飲酒を強要してたあのクソ上司どもとは比べものにならねえ……)


「さて……手伝える分の準備も整いましたし、私めは少し離れたところで休憩しております。あまりハメを外しすぎない範囲でお楽しみください」


「あら? 夏季崎さんはここで食べていかないんですか?」


「いえいえ、お嬢様。こういう場で保護者が近くにいるのは無粋というものです。夕暮れの海を眺めながらコーヒーでも飲んでおりますので、何かありましたら呼んでください」


 言い残して、夏季崎さんはその場を後にした。


 ああやって今日は一日中俺達を見守ってくれていたのだと思うと、本当に頭が下がる。筆橋が漏らした『運転手さんって言うよりすっごく気が利く執事さんみたいだよね……』という言葉に頷きしかない。


「よし……それじゃ最後の準備に入ろうか。食材のカットはどんな具合だ?」


「はい! 新浜君が火を熾してくれている間にバッチリです!」


 包丁を拭いている紫条院さんの傍らにあるテーブルには、適切な大きさにカットされた牛肉、玉ねぎ、ピーマン、人参などが山盛りに置かれていた。

 知ってはいたが、流石の腕前である。


 本当は俺が全部家で下ごしらえしても良かったが、こうやって皆でやることも楽しみだと考えて現地調理としたのだが、和気藹々といた雰囲気を見る限りどうやら正解のようだった。


「ふふ、でもこうやって皆で作ってると楽しいよねー! 文化祭思い出すよ!」


「あー、風見原がタコの足と一緒に自分の指を切り落としそうになった事とかな」


「ええ、あの時は血相を変えた春華に羽交い締めにされましたね。背中に当たるダブルメロンのとてつもない感触に、思わず包丁を取り落としかけたものです」


「しみじみと言ってないで反省しろよお前……」


 そんな事情から食材カット係に加わっていない風見原が、マイペース全開でのたまう。まあ、あの胸のインパクトに一瞬思考が持っていかれるのは無理ないけどさ。


「けどよ、肉も野菜もこんなに大きめに切って良かったのか? これじゃ火が通りにくくね?」


 銀次の言う通り俺の指示で肉や野菜は厚めにカットして貰っている。

 確かに焼き肉ならやや火が通りにくい形だが――


「ああ、問題ない! これを使って焼くからな……!」


 俺はおもむろにバッグからとある調理器具を取り出す。

 誰もが目にした事はあっても、なかなか使う機会のないロマンあるアイテム――すなわち、バーベキュー用の鉄串である。


『おおおおおおおっ!?』


 バーベキューを本当に憧れた形で実現させるワンポイントアイテムを見た友人達が、熱烈な反応を示して目の色を変える。

 

 そう、バーベキューと言っても、多くの場合野外でやる焼き肉に近くなる。それはそれで勿論良いものだが、映画や漫画に出てくるような鉄串のバーベキュー触れる機会はとても少なく、その分俺の中での憧れは前世から強かった。


 なぜ串に刺すだけでここまで心が惹き付けられるのかはわからないが、ともあれこの場の面子の反応を見るに、このロマンは少なからず共有しているものらしい。


「ふふふ、このロングな鉄串に肉やら野菜やらをカラフルに刺して、バーベキューソースで焼き上げてから手に持って熱々をかぶりつく! そんでもってキンキンに冷えたコーラをきゅーっと飲む……! どうだこういうの!」


「さ、最高すぎて言う事ありません! 新浜君ってとんでもなく素敵な男性なのではないでしょうか!?」


 興奮しすぎた紫条院さんが、別の意味に取ってしまうような大仰な褒め言葉を口にする。鉄串を用意した程度でここまで言って貰えるなんて、とんでもないコスパの良さである。

 

「はは、まだまだ序の口だ! 砂糖醤油もあるから焼きもろこしや焼きおにぎりも出来るし、甘い物なら焼きバナナとか、焼きマシュマロで作るチョコとビスケットのスモアも用意してるぞ!」


「わあああああ……!!」


 感極まった浜辺の天使が、文字通り嬉しい悲鳴を上げる。

 誕生日ケーキを目の前にした子どものような『嬉しい!』が顔いっぱいに表われる無垢な様が、本当に愛しい。


「おお……流石新浜君ですね。春華を喜ばせたいのもあるでしょうが、流石の用意周到さです」


「以前はむしろズボラだったのにいつの間にか準備魔になったなお前! 俺もペコペコだし遠慮なく頂くぜ!」


「いやー、本当に新浜君って気が利くよね! 文化祭の時も思ったけど、イベントの設置や盛り上げに慣れているっていうか!」


 みんなして褒めてくれるのは嬉しい事だったが、宴会の準備に対する手腕を褒められるほどに過去の苦労を思い出し、俺の内心にはひっそりと苦い気持ちが広がっていた。


 かつての上司や先輩であるオッサン達は、何故か花見やバーベキューなどの屋外で酒を飲むイベントをやたらと好む傾向にあったのだが、予約するだけで済む居酒屋と違ってこれが非常にメンドい。

 

 レジャーシートを広げる場所取り、バーベキューが可能な場所の下調べ、必要な器具やケータリングの手配もキツいが、普通に過不足なくこなしても宴会に慣れすぎた上司たちはなかなか満足せず、『ありきたりすぎる』『お前には上司をもてなそうという気持ちが足らない』と罵倒されるのが一番辛かった。


 そうして、俺は上司達の満足度を上げるために『質の良いサプライズ』を求めて、宴会に応じてちょいちょい工夫を凝らし始めた。


 ビンゴ大会などの余興は基本として、花見の席には風情のある桜色の日本酒を用意して方々に酌をして風流感を演出し回ったり、バーベキューには生ビールサーバーをレンタルしてきたり、アメリカンスタイルな骨付きステーキを焼いて見せて切り分けたりと、限られた予算内で色々やったものだ。


(おかげでオッサン達はあんまり不満を言わなくなったけど……そのせいで毎度毎度俺が宴会の幹事をやらされるハメになったのは本当に最悪だった……)


 まあ、そういう経験から『イベントに集まる人らはどうすれば喜ぶか』というノウハウが多少学べて、今それが活かされているのだから良しとしよう。


「飲み物は皆が買い出してくれていっぱいあるからな! 今日は喉が渇いただろうしガンガン飲んでくれ!」


 指し示したクーラーボックスには、様々な種類の缶ジュースが敷き詰められた氷の山に埋まるようにしてぎっちり入っている。お祭りなどでもよく見かけるこれは保冷に優れるだけでなく、見た目的にも涼感を演出してくれる。


「はい、勿論です! あ、どうせならアレやりましょう! なんだかもうパーティーみたいですし新浜君が音頭を取ってください!」


「え、俺が?」


 紫条院さんの言うアレが何かはすぐにわかった。

 俺は一瞬目を丸くするも、他の面子からも『お前がやらなきゃ誰がやるんだよ?』と言いたげな目で見られ、苦笑しつつ了解の意を示す。


 そして、俺達はクーラーボックスから思い思いにジュースを取り出してプルタブを開ける。プシュッという小気味良い音が、静かな夕方の浜辺に響いた。


「ほんじゃまあ、今日のシメだ! 各自好きに食って好きに飲んで、最後までしっかり楽しむように! それじゃ……乾杯!」


『乾杯っ!』


 かつて前世で何度となくやらされた乾杯の音頭。

 上司達からの説教やグチに塗れた苦痛の宴会の時とは全く違う晴れやかな気持ちで、俺はその言葉を口にした。


 しかし――この時の俺はまだ知らなかった。


 ハプニングの種とはどこにでも転がっており、予想もしない形でそれが芽吹くのを待っている事を。


 この和やかなシメのバーベキューパーティーが、盛り上がりを通り越してオーバーヒートしてしまうなど、神ならぬ身である俺にはまるで予想もつかなかったのである。




【作者より】

私が回答した第6回カクヨムWeb小説大賞インタビューが掲載されました。

https://kakuyomu.jp/info/entry/webcon7_interview2_vol3

正直かなり恥ずかしいのですが、出版社の担当者様から「ちゃんと宣伝してくださいね!」と言われたので悶絶しつつ晒しておきます。

 

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